第四十三話 女同士の露天風呂

 俺が肉体も男なら、間違いなくもっと興奮しまくってたんだろうな。これがある意味、女性の体を持つという特権のような気もするけど、女の体で心は男だっていうトランスジェンダー男性ならどうなんだろうな? 性同一性障害と解離性同一性障害の違いなんて知らないけど、何れにしても心身ともに男性なら、股間を誤魔化すのが大変だったろう。それくらい全裸になったカンナの肢体は素晴らしく艶めかしい。


「やめてよ、もう。海来はなんでいつも私の身体をそうやってジロジロ見るの?」

「えっ? ……そ、そうだよね、あんまりジロジロ見るもんじゃないわよね」

「そうなんだけど……」


 そう言って、カンナは僕の方を見て少し不思議そうに首を捻る。


「海来、出来るだけ普通にした方がいいかもよ?」

「普通? なんか、変かな?」

「だってさぁ、いつもなら、見て減るもんじゃないからもっと見たいの、みたいに子供っぽく海来は言うじゃん」


 そ、そうなのか……、そんなの知らんし。でも海来もカンナの身体を見るのが好きなんだな。ということは、もっとじっくり見てもいいってことか。こいつは好都合だぞ。


「そ、そうだよね。あたしってばなんかやっぱりいつもと違うよね、うん」

「……まぁ、仕方ないか。とにかく海来もさっさと脱いでお風呂入ろうよ。あたし先に行くね」


 と、カンナは脱衣場から浴場の方へ一人入っていった。僕はまだ着ていたセーターもジーパンも脱いでなかったので、急いで脱衣。僕は滅多に表に出てくることのない人格だから、このチャンスを逃してはならんのだ!



「見て見てー、ここから見える海の景色最高だよー」


 そう言ってるカンナの肉体美は最高だよ。露天に浸かったまま、その露天の外、壁際から海を見て立っているカンナの姿を少し下から見上げる僕はもう幸せいっぱいだ。見事なまでにくびれた腰から、急激なサインカーブ曲線の盛り上がりで下半身へ続くライン、そして二つに割れたヒップの丸みは余りに張りがあってかつ柔らかそうで、見事な芸術作品だ。一体どうやったらそんな美尻になるのか……、そんじょそこらのグラビアアイドルですら敵うまい。


「ほらー、海来も早く来なよ」

「あたしはまだそんなに温まってないからさぁ、寒いし」

「じゃあ後で海来も見てみ、絶景だからさ」


 そう言いながらこっちを振り向いたカンナの胸も、その美尻に勝るとも劣らない芸術作品。適度に大きくて、乳首がきちっと水平方向を向いていて、とにかく形が完璧で文句つけるやつがいたら馬鹿だと思うくらいの美巨乳。海来すげーよ、これほどの肉体美の女性とお付き合いしてるなんてなんて羨ましい……、あんまり表に出たくないけど、カンナといるときだけでも上手いこと表に出られないかなぁ。


 と、見惚れていたら、カンナが私のいる露天風呂に入ってきて、真隣りに座って身体を密着させてきた……、うはぁ、たまんねぇ。


「ここって、いいお風呂だね。熱海なんて初めてだけど、最高じゃん。やっぱ日本人は温泉だよねー」

「そ、……そうだね」


 お風呂もいいけど、カンナにドキドキするよ。なんか身体が固まっちまう。当たってる右腕に感じるカンナの肌もスベスベだし、これほんとに男の体だったら大変なことになってるぞ……。


「なんか海来と二人っきりになっちゃったね」

「あ、ほんとだ。さっきまで何人かいたのに」

「……海来」


 えっ? ……偉くカンナの顔が近づいたなと思ったら、カンナ、目を閉じてる……、って、まさかキスすんの? ……えっ? キスしちゃっていいのか? そりゃ、海来とはそういう関係だけど、僕とは……、でもしないと疑われるから……、えーい、やっちゃえ!


 ……むぐっ。カンナの舌が入って……、げっ? ……ちょ、ま、待って、カンナの手が僕の胸に。それは駄目だって!


「どうしたの?」


 僕はキスを中断して、胸を触ってきたカンナの手もそれを断るようにして、自分の手で押しのけた。駄目なんだ、自分の体が女だってことには耐えられなくて……。でも、これじゃ変に思われる。


「……ああ、なんか、その……、まだそんな気分にはなれないっていうか」

「そっか。……ごめんね、海来の気持ちがわからなくて」


 なんだか、カンナが悲しい顔してる。不味いなぁ、別に悲しくさせたいわけじゃなくて、僕は自分の体が嫌なだけだから。キスならいいけど。……じゃぁキスしてあげよう。


 また舌が絡まって、ほんとに変な気持ちになりそうだ。……あ、そうだ、僕が触られるのは嫌だけど、カンナの胸を僕が触るんだったらいいか。ていうか触りたい。すっげー柔らかいんだろうな……。よし触っちゃえ。


 ――ってあれ? 右手が動かない。くそっ、なんで右手が動かないんだ? 左手は……、って、左手も動かないぞ? どうなってんだ? どっちの手も全然動かないぞ?


 ……それ以上やったら、許さないぞ!……

「えっ?」


 まさか海来? どうやって?


「海来? どうしたの? 何に驚いてるの?」

「あ、いや別に。私ちょっと、サウナに入ってくるよ」


 そう言って、僕は急いで露天風呂から出ると、カンナはただ不思議そうに私に視線を送るだけだった。ともかく、両腕が全く動かないのは、海来がやってるに違いないと思ったので、サウナで海来と会話することにした。僕は口で喋らないと頭の中の海来とは話が出来ない。サウナ室の外から覗くと、中は上手い具合に誰もいない。


「ちょっと海来、腕を開放してくれ」

 ……分かったわ……


 やっと動いた腕でサウナ室の扉を開けて中に入った。室温計は70度を超えている。


「腕だけ海来が支配するなんて、一体どうやったんだ?」

 ……知らないわよ。カンナのおっぱいまで触ろうとするなんて信じられない下衆男ね。何考えてんのよ? ったっく。慶一郎がエロ好きっていうのは知ってたけど、カンナは私の恋人なのよ? 慶一郎は関係ないでしょ?……

「そ、それはそうだけど、カンナは僕のことなんか知らないわけだし、この体は海来としか思ってないんだから、しょうがないじゃんか」

 ……ほんとにもう、慶一郎なんて心底大っ嫌いだわ。どうして私の別人格があんたみたいな人なのか、わけ解んない。ジロジロ、カンナのことを涎垂らしてエロ目線で見てるし、ほんとに最低。いい加減にしてよね……

「わかったよ。悪かった悪かった。それよりさ、どうなの? 過去のことは大体思い出せたのか?」

 ……うん、思い出せたよ。それで、教えて欲しいんだけど、慶一郎が知ってる真実って何なの? 私がお姉ちゃんを殺したのは間違いないんでしょう?……

「やっぱりそうか。海来は自分が姉を殺したとしか思えないんだな?」

 ……だって、その記憶しかないわけだし、はっきりと私が包丁で刺したってイメージが残ってるから……

「その記憶しかないってことは、そこから先は僕しか思い出せないことになってるみたいだな」

 ……どういう意味?……

「つまりさ、僕らの記憶はお互いが同じ記憶を持っている部分と、そうでない部分があるってわけさ。どうなってるんだかよくわかんないんだけどさ、綺麗サッパリ人格で記憶が分けられているわけでもない。ややこしい話だけどさ」

 ……そうね。それで、要するにお姉ちゃんを私が包丁で刺したその後を私が覚えてなくって、慶一郎は覚えてるって言いたいわけね?……

「そうさ。結論から言えば、海来はお姉さんを殺してはいない。よく考えてみてよ、小学校五年生の女の子が、包丁で人殺しするにはどうするかも知らないのに、出来るわけないじゃんか」

 ……え? だってあたしがお姉ちゃんの胸に包丁を刺したんだよ?……

「無理だよ。何度も何度も刺したとかなら話は別だけど、たった一度、心臓の位置すらわからないのに、非力な小学生の女の子が一回刺しただけで殺せるわけがない。違うんだよ、姉を殺したのはあの男なんだ」

 ……それは違うわ。あの男は私の横で見ていただけで何もしていない。それにあの捜査資料にも私が刺したと書いてあったんだから……

「それは、一回刺した後のことを海来は覚えてないからさ。その後、あの男は海来には無理だと判断して、海来の包丁を持つ両手の上からあの男が自分の手を覆い被せてお姉さんの胸に突き刺したのさ。だから、包丁にはあの男の指紋がついていない。それで、警察はあの男が殺人犯だとは断定できなかったんだ。警察では海来が自分で刺したと話してしまったわけだし。真実とはつまりそういうことなんだよ」

 ……待って、たしかに私は刺したのは一度しか覚えてないわ。だけど、それでお姉ちゃんが死ぬって分かってた。だから、実質的には私がお姉ちゃんを殺したのと何も変わらない……

「そいつは違うね。実際には殺してないんだからさ。それに、お姉ちゃんに死んで欲しいなんて海来は思ってなかったわけだし。だろ?」

 ……それはそうだけど、でも……

「まだ先があるんだぜ。海来は覚えてないから仕方ないけど、お姉さんはどういうわけだか人格が僕に変わっていることが分かってたんだ」

 ……え? どういうこと?……

「どうして分かってたのか、それはさっぱりわからないんだけど、お姉さんは死ぬ直前、僕にこう言ったんだよ、海来を守ってあげて、って。ということはお姉さんは僕達が人格乖離していたことを知っていたとしか思えない」

 ……まさか、そんな……

「いいや、それははっきり聞いたよ。で、そう言われて、僕はその時とっさに思いついて、アパートの隣の部屋に駆け込んだってわけさ。さっさと男を警察に逮捕してもらわないと海来があの男に襲われると思ったから。どう? 思い出せないから俄には信じられないかも知れないけど、真実はそういうことなんだよ。僕には海来に嘘は絶対に言えない、同じ脳みそなんだから、海来自身が思い出す可能性もあるわけだし」

 ……ありがとう。確かに慶一郎は私には嘘はつけないよね。そっか、私はお姉ちゃんを刺し殺していたわけではなかったんだ。刺したのは事実だから、それは罪だと思うけど、殺してはいなかったのね。よかった……

「そういうことだから、死ぬなんて絶対に考えるなよ」

 ……わかったわ。それはもうない……

「じゃぁ、俺、取り敢えずもう引っ込みたいんだけど、確か二人で同時に交代したいって強く思ったら交代できたはずだと思うんだけど、今やってみる?」

 ……うーん、それはもう少し後でいいよ。慶一郎、カンナの裸見たいんでしょう?……

「ええ?」

 ……いいよ、見るだけならね。どうせしばらく出てこれなくなるんだろうし、今回限りということで、カンナのすっごい肉体美を見てきていいよ。ただし絶対触んなよ。キスも駄目だからな。やったら体全体動かなくしてやるから……

「じゃぁ、お言葉に甘えて、拝見させてもらいに行きます」


 ところが、サウナから出ると、カンナは脱衣場に出てしまっていたので、それを追いかけた僕がカンナの裸をじっくり見たのは、カンナが服を着るまでの一分にも満たなかった。ただし、僕の特技は記憶することだからそれで十分だった――。

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