第43話 奇跡というのでしょうか

 冷たい 冷たい

 墓石の周りに風が吹く。


 墓石といっても、前世の墓地で見たことのある直方体に加工した御影石ではなくて、自然なままの岩石。無骨ながらも、でもどこか温かみを感じる石だった。

 この周りだけ、雑草がなく、かわりに色とりどりの花が咲いている。きっとエルフの長老さんが手入れをしてくれていたのだろう。


 私はお墓の前でそっと手を合わせる。

「ユメ、それはなあに?」

「あぁ、これね。私がもといた世界では、お墓の前でこうやってお祈りをするの。亡くなった方への報告だったり、鎮魂だったり。」

「じゃぁ、私も。」

 そう言ってメアリーは自分の手も合わせる。


 前世の墓前では無口で心の中で祈ることが作法だと聞いたことがある。

 でもメアリーははっきりとした口調で語りだした。この世界ではそういうものなのかもしれない。

「パパ、ママ、私をこの世に産んでくれて、育ててくれてありがとうございました。パパとママがファントム・デーモンから私を守ってくれたこと、嬉しかったよ。」


「あのね、私はこれからユメの娘として生きていきます。ユメはとってもいい人だから、どうか心配しないで。また来るね、パパ。ママ。愛してる。」

 メアリーの頬をスッと一筋の涙が流れた。


 私もメアリーにならって思っていた言葉を口にする。

「テオドールさん、ステファニーさん、どうか私がメアリーの母親になることをお許しください。そして今後は私の愛情全てを彼女に注ぐことを誓います。加えて、メアリーに降りかかる災厄を、全て排除することも誓います。ですから、どうぞ安心してお眠りください。」


 ふわっと優しい風が私とメアリーの周りを取り囲み、通り過ぎて行った。

「ユメ…」

 その言葉に顔をあげると、墓石のところにテオドールさんとステファニーさんが立っていた。二人ともとびきりの優しい笑顔で。

「え!?」

 驚いた次の瞬間、まばたきをすると二人の姿は消えていた。

 二人の霊体は、間違いなく私が消し去ったはず。だから霊体というのはあり得ないのだけれど…何だったのだろう?

 よくわからない。でもこれを人は奇跡、と言うのかもしれない。

 ともあれ、墓参りを終えた私たちは帰宅の途に就くことにした。


 まっすぐ我が家に帰りたいところだけれど、まずはオルデンブルク伯爵邸に。

 伯爵様とアレクサンドラ先生は、王都のゴタゴタに巻き込まれていた当事者だから今さら説明の必要は無いし、伯爵夫人のアリアナさんとレフィーナも二人から説明を聞いているから、ことの顛末てんまつは知っているはず。

 それでも、顔を見せずに帰るのは不義理でしょう。

 そう思った私は、アレクサンドラ先生に通信魔法で30分後に転移魔法で行くことを告げた。

 すぐにでも行けるのだけれど、さすがに突然では伯爵邸の皆さんに迷惑をかけてしまうもんね。いや、30分後もどうかと思うけど…。


「ねぇ、ユメ。伯爵様って、あの王都で一泊させて頂いた伯爵様よね?」

 少し待ち時間ができたので、私はメアリーとお話をして時間をつぶすことにした。

「うん、そうだよ。お屋敷はほら、王都に行く前に、最初の転移魔法で移動したあそこだよ。」

「ああ、あの大きなお屋敷ね。えっと、ウィリアムさんと綺麗な女性はアリアナさん、それとレフィーナさんって私と同じくらいの歳の子がいたわね。」

 おお、メアリーの記憶力の良いこと!

「そうよ。ウィリアムさんは執事長、アリアナさんは伯爵夫人、レフィーナちゃんは伯爵令嬢で14歳だからメアリーのひとつ下だね。」

「お友達になってくれるかなぁ…。」

「大丈夫よ。だって、私がこの世界に転生して、右も左もわからなかったときに助けてくれたのがオルデンブルク伯爵様やレフィーナちゃんなの。今思えば、素性の知らない人間を泊めてくれるなんて、本当に心が広いわ。」

「へぇえ!すごいね。」

 転移魔法を使った時は伯爵様とアレクサンドラ先生を助けるのに頭がいっぱいで、ゆっくりメアリーに紹介もできなかった。次はちゃんとお互いに紹介しよう。メアリーはこんなに優しい娘なんですもん。間違いなく受け入れてくれるはず。


「あれ?ねぇ、ユメ。」

 メアリーが小首をかしげる。

「どうしたの?」

「伯爵様はユメのことを娘と思っているって王宮で言ってたよね?」

「あー、うん、そうね。」

「てことは、レフィーナさんとユメは姉妹で、ユメの娘の私から見たら、レフィーナさんはおばさん…?私より年下だけど?」

 ぶっ。

 メアリーがあまりにも真面目に言うもんだから、笑いをこらえきれずに噴き出してしまった。

「あはは!そうね、そうだわ!メアリー、それぜひレフィーナに言ってあげて。すごく困った顔すると思うからっ!」

「えぇ~?人が困ることを言うのは嫌だよぉ。」

 ほんと、このメアリーの天然なところにはつくづく癒される。


 他愛のない会話。

 こんな当たり前の日常が一番幸せって思える。

「さぁ、そろそろ行きましょうか。」

 そう言って立ち上がり、お尻についた土と草を手で払った。


――オルデンブルク伯爵邸の入り口に転移!


 私とメアリーはほんのわずかな間、白い光に包まれる。

 光が消えると、そこはアヴァロンではなくオルデンブルク伯爵邸の門のところだった。


ませ、ユメ様。メアリー様。」

 ウィリアムさんが恭しく頭を下げて出迎えてくれる。

「こんにちは、ウィリアムさん。ごめんなさいね、いきなり行きたいとわがままを言ってしまって…。」

「いえいえ、お気になさらず。ここはユメ様の家も同然でございますから。自宅に帰るのに、突然帰ったところで誰も迷惑とは思いませんぞ?」

「ありがとうございます!」

 あぁ、もう優しいなぁ。

「お帰り!メアリー!」

「お帰りなさい。」

「レフィーナ!伯爵様にアリアナさん、アレクサンドラ先生も。お邪魔します!」

 伯爵一家総出の出迎えだなんて、なんてVIP待遇なのだろう。


「あらあら、ユメ?お邪魔しますだなんて他人行儀なこと言い方されると悲しくなるわよ?」

 アリアナさんがウインクしながら言う。

 そう、そうだね。

 伯爵家の皆さんは家族のようなもの、ここは自宅のようなところ。

 私はメアリーの顔を見る。メアリーも察してくれたらしく、二人で口をそろえていった。


――ただいま!


 オルデンブルク伯爵邸では、至れり尽くせりのおもてなしと、とても豪華な食事を頂戴した。

 メアリーとレフィーナは思った通りすぐに打ち解け、まるで10年以上の仲良しさんのように遊んでいる。今もレフィーナが屋敷の中を案内するというので、一緒に屋敷内を探検中、といったところ。

 私は「あとで話が…」とアレクサンドラ先生に呼ばれたので、先生の部屋に来たところだ。


 コンコン


 部屋をノックすると

「どうぞ、入って。」

という声が聞こえた。

 中に入ると、先生のほかに伯爵もいた。

 デジャヴかな?なんだか前にもこんな光景が…。


「すまないね、ユメ。呼び立ててしまって。」

 伯爵がそう言って、手で椅子に座るように促してくる。

「いえ、失礼します。」

 私が椅子に座ると、どうぞとアレクサンドラ先生が淹れたてのカフィーを置いてくれた。

 そう、これこれ。珈琲によく似た飲み物!

「実はね、ユメにお願いがあるのよ。」

「は、はい。私にできることでしたら、なんでも仰ってください。」

 先生がとてももったいぶった言い方なのが気になる。


――あのね、もし私たちが死んでも蘇生の魔法は使わないでね?

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