第42話 夢のおわり

 報復だ 報復だ

 狂気にかられた人間やエルフは手に武器を取り、テオドールさんとステファニーさんの家を取り囲む。

「俺の弟は、テオドールの家に行ったら廃人になって帰ってきたんだ。きっとなにかしやがったんだ、許せねえ。」

「ウチの妻はステファニーに会いに行ったら魂が抜かれたみたいになっちまった。仕返ししてやらねえとおさまらねえ。」

「よくわかんねえけど、あいつらが何かしたんだ、間違いない。」

「なんの魔法を使ったかは知らねえが、これだけ大勢で囲めばあの夫婦に勝ち目はねえよ。」


 人々の恐怖は狂気に…

 悲しみは怒りに…

 デーモン・コアに操られた負の感情は、みるみるうちに増幅していった。

「ヨイゾ。ヨイカンジョウダ。」

「コレダケアツマレバ、ワレハ ヨミガエルコトガデキル。」


 どうしてこの地にデーモン・コアがあったのか。

 そのあたりは謎だけれど、何らかしら…たぶん過去の勇者と魔族の戦いでコアだけが取り残されたのだろう。

 最後までちゃんと片づけてよ、と前の勇者たちには言いたい…。

 ともあれ、デーモン・コアは魔法や物理攻撃に対する耐性が強い。おそらく、当時この辺りに住んでいた人間やエルフには破壊できなかったので、この地を立ち入り禁止にして放置せざるを得なかった、そんなところじゃないかしら。

 でも、結果的に人が触れない、近寄らない禁忌の地にしたというのは功を奏し、長らくデーモン・コアは何をすることもできなかった。

 だけれど、テオドールさんとステファニーさんが住み始め、それを快く思わない人たちが来るようになるとデーモン・コアも復活のために活動を再開した。

 こんな風に人の感情を操作して、自分に都合のよい霊体を取り込んで、成長してやがて自ら動いて霊体を捕食できるように…。


 何度かの霊体の捕食で、歩くことはできなくても周囲への干渉力が増したデーモン・コアは、この場所に集まったエルフや人間の霊体をおびき寄せ、片っ端から取り込んでいった。

 夜の闇の中、悲鳴が響き渡る。


 さすがに家の外から大きな叫び声がしたので、テオドールさん達は目を覚ました。そしてメアリーに

「お前はここに居なさい、大丈夫だから。」

と言い残し、二人は家を飛び出た。


「テオドール、何かがおかしいわ。魔力眼を使ってみる。」

 魔力眼には霊体を視認できるほか、暗闇での視力を高める効果もある。

「そ、そんな…」

 驚愕するステファニーさん。

 その目に映ったのは、正体不明の霧のような怪物に襲われるエルフや人間たちだった。

「テオドール、あなたも魔力眼を!」

「ああ、わかった!…って、なんだこりゃぁ!?今まで敷地で倒れてたのも、こいつが原因だったのか!?」


「フハハハ コレデ、ウゴケルゾ!」

「フッカツダ!セカイニ、サイヤクヲ!」

 いつの間にかファントム・デーモンから足のようなものが生えている。とうとう完全に復活してしまった。

「ソコニモ、マダ ガアルナ。」


 ファントム・デーモンの言うところの食べ物、それはつまり霊体のことだ。

 復活した二体のファントム・デーモンはゆっくりと、しかし確実にテオドールさんとステファニーさんに向かって歩き出した。


「こっちに来るわよ!テオドール!」

「あいつらは、危険だ。俺の直感がそう言ってる。ステファニー、メアリーを連れて逃げろ!」

「何言ってるの!あなたも!」

「危ない!」


 一体のファントム・デーモンが、ステファニーさんめがけて拳を振り下ろす。

 とっさに拳の下敷きになる直前のステファニーさんを突き飛ばし、テオドールが防御態勢をとった。しかし、ファントム・デーモンに物理的な防御は無効。

「ぐ、ぐああああ!」

 拳はテオドールさんの体をすり抜けた。肉体へのダメージは与えなかったが、霊体は捕食される。

 私もあのおぞましさを思い出し、ブルッと震えた。

「テオドール!よくも、テオドールを!」

 ステファニーさんが起き上がり、ファントム・デーモンを睨みつける。


「ヨイゾ、モットイカレ。」

「オマエタチノ レイタイハ マズイ。デモ コレデ ウマクナル。」


 ステファニーさんは、ファントム・デーモンに触れてはいけない、触れたら霊体を捕食される、ということを知らない。

 だから、彼女はテオドールさんを助けるためにファントム・デーモンに突っ込もうとした。


「ステファニー!俺のことはいい!それよりももう一体が家に向かってる!」


 驚いた。あの一級魔法使いのレオンさんでも一瞬で意識を刈り取られたというのに、テオドールさんは耐えている。

 でも、ダメ!ステファニーさん…そのままファントム・デーモンに突っ込んだら、あなたも霊体を奪われてしまう!


 見ているだけしかできない自分が悲しい。

 これは今起きていることではなく、過去の記憶を見ているだけ。

 そんなのわかってる。わかってるけれど、こんなのを見せられて手も足も出せないなんて!

 もどかしくて仕方がない。


 でも、私の思いに反して事態は刻一刻と深刻化していく。

「きゃぁああ!」

 とうとう、ステファニーさんもファントム・デーモンに突撃し、その霊体に影響が出始めた。

「うおお、やめろぉ!ステファニーを離せ!」

「テオドールを解放しなさい!この化け物!」

 自分自身が危ないというのに、二人はお互いを気遣っている。


 そして霊体的に繋がり始めたのか、ファントム・デーモンの声がテオドールさんとステファニーさんにも聴こえるようになった。

「アノ イエニ マダイルナ」

「コイツラガ オワッタラ、アイツ クウ」

 テオドールさんとステファニーさんの顔にありありと恐怖が宿る。


「やめて!お願い!娘だけは見逃してっ!」

「欲しいならこの命くれてやる!だから、メアリーには手を出すなぁ!」

 そう叫んだ途端、二人の身体が太陽のように光りだした。

 いったい何が起こっているのか、私にはさっぱりだ。

 しかし、二人が苦しんでいるのと同じようにファントム・デーモンもひどく苦しんでいるのは一目瞭然だった。

「チクショウ!」

「ヤメロ!ソノヒカリハ!」

 やがて二人の光はファントム・デーモンをも覆い尽くす。


 ファントム・デーモンは憎しみや怒りといった感情を持った霊体を好む。

 もしかしたら、その逆で清らかで純粋な心、愛情には弱いのかもしれない。


「オノレ…コレデ ハ シ…バラク ウ…ゴケ…ナ……イ…」

 この言葉を最後に、「プツン」と電源を切ったかのように夢が終わり世界は真っ暗になった。


 目が覚めると、私は両目から大量の涙をこぼしていることに気付いた。

 隣で寝ていたメアリーが目を開けて、私のほうを見ている。彼女の両手には、私の手がしっかりと握られていた。

「ユメ、大丈夫?酷くうなされていたけれど…。」

 私は涙をぬぐい、メアリーの頭をなでた。

「ありがとう。大丈夫よ、メアリー。」


 一晩明け、朝になると人間もエルフも憑き物が落ちたような表情になっていた。

 どうして人間を憎んでいたんだろう?なぜエルフが嫌いだったんだろう?と。

 アヴァロンの人間とエルフは、ファントム・デーモンによってその意識を操作されて、互いを憎むようになっていたんだろう。

 その後、意識を取り戻したレオンさんに一部始終を話し、諸々の事後処理をお願いした私とメアリーはアドルフさんのお屋敷を出た。


 ファントム・デーモンを討伐できたこと、意識を刈られた人たちが回復したこと、エルフと人間が和解したこと、結果的には良いことづくめで今日の夜はアヴァロンに住む皆でお祭りをするらしい。

 私とメアリーも誘われたけれど、とてもそんな気分にはなれなかった。


 ただ出立の際に、テオドールさんとステファニーさんの親族が駆けつけ、メアリーを迫害したことを心から謝罪したことで、少しだけ心のもやが晴れた。

 だって、この人たちが心の底からメアリーを憎んで虐げようとしたわけではなかった、ファントム・デーモンに操られていただけだった、ということが分かったから。

 もちろん、この人たちがメアリーを迫害したという過去はなかったことにはできない。テオドールさんとステファニーさん…失った人は戻らない。

 それでも、今できる清算は終わったと思う。あとは私とメアリーが時間をかけて乗り越えていくだけだ。


 半日かけて、私とメアリーはアヴァロンの南の地にたどり着いた。

「これがメアリーの生まれたお家なんだね。」

「そうだよ。」

 そこには丸太を組んだログハウス風の家と小屋らしきものが建っていた。

 家は人が住まなくなると、驚くほどの速さで朽ちていくという。メアリーの生家もあちこち痛んでいた。

 周囲には畑だったところには雑草が生い茂っている。

 敷地を囲むように築かれた石垣も所々壊れていた。


 庭だったであろう場所に、明らかに後から置かれたであろう大きな石がふたつ。

 私の背丈ほどあるその石には、テオドールさんとステファニーさんの名前が彫られていた。


――お墓だった

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