第41話 勝てずの先に
わぁあ! わぁあ!
屋敷からエルフと人間の「勝どき」のような歓声が聞こえてくれる。
もちろん、私はこれっぽっちも勝ったとは思っていない。
いや、戦いに勝って勝負に負けたってこういうことなのかな。
ともかく、微塵も嬉しくないし、むしろ悲しい…悲しすぎる。
でも、まだだ。まだ終わっていない。
あの二人の思いを託されたんだ。
それを終わらせないと…。
「皆さん、まだその防御結界の中にいてください!」
喜びのあまりこちらに駆け寄ってきそうな人もいた。まだこちらに来られては作業に支障が出る。
私は大声を張り上げて皆の動きを止めた。
「え?もう倒したんでしょ?」
という声がちらほら聞こえる。
「まだです。まだ、先ほどのモンスターの核、デーモン・コアをこれから極大魔法で消滅させます。危ないので、そこから出ないでください!」
『
「えぇ!その宝石、壊しちゃうの?」
「勿体ない」
なんて好き勝手な人たちなのだろう。これが悪の元凶だというのに。
このままゆっくりしていると、大反対が起きそうだ。
「メアリー、防御結界の中に入っていてね。動ける?」
おそらく悲しみのどん底にあるだろうメアリー。
いろいろな思いが一気に噴き出たのか、少し焦点が定まっていない彼女を促し、玄関まで見に来ていた長老に託した。
デーモン・コアのところに戻ると、脳内に声のようなものが響いてきた。
『ニクしミアえ』
『イかレ、カなシメ』
『ワレをダイじニアツカエ』
これはデーモン・コアの意思?
ああ、もしかしたらエルフが人間を憎んでいたのも、人間がエルフを憎んでいたのも、このデーモン・コアが原因だったのかしら。
デーモン・コアが洗脳をかけ、自分にとって都合のいい状態に作り変えていたのだとしたら…そう思うと私は無性に腹が立ってきた。
「もう、終わりよ。あなたたち、命を奪いすぎたわ。」
独り言をつぶやき、左右両手に一個づつデーモン・コアを掴む。
「えい!」
という掛け声とともに、デーモン・コアを上空に放り投げた。
『マほウナドきカヌ』
『ムだナコトダ』
『ダレモワれヲコワセヌ』
再び声が聞こえる。
そうね、きっと並の魔法使いなら壊せないんでしょうね。
でもね、私の攻撃魔法は能力値
――熱線よ!出でよ!
前世で流行っていたアニメに、手のひらからビームのようなものを放ち攻撃するというのがあった。私はそのイメージで上空に向かって熱線を放出する。
呪文は適当。適当な呪文であれば出力が低下するのだけれど、私の場合はむしろ出力が低下したくらいでちょうどいい。大惨事にならずに済むから。
上空に向けた手のひらから、半径10メートルくらいの範囲が光った。
起点にいる私からはよく見えないけれど、巨大な光の円柱ができて空に伸びていることだろう。
熱線というにはあまりにも規模が大きいそれ。デーモン・コアは焼かれ、溶け、蒸発していくのが光の向こうに見えた。
「グ!グアあアアぁアア!」
文字通りの断末魔。
デーモン・コアが完全に消滅し、声が聞こえなくなったのを確認した私は、熱線の照射をやめた。
終わった、これで。
全てが終わったんだ…。
熱線が消え去り、とても澄んだ空を見上げたまま、私は動くことができなかった。両目からはとめどなく涙があふれてくる。
誰かが近づいてくる。
そして背中から腕を回し、私の身体をそっと抱きしめた。
「お疲れさま、ユメ…」
メアリーの優しい声に私の心が痛む。
私はメアリーのほうを向き、両ひざをついて声をあげて泣いた。
「ごめん、メアリー、ごめ…なさい。うわぁぁ。」
嗚咽が混じり、言葉にならない。
そんな私をメアリーがもう一度優しく抱きしめる。
「わた…わたし…」
本当に泣きたいのは私じゃなくてメアリーのはずだ。なのに私は泣くのを抑えられない。
ゆっくりと優しく、メアリーの手がそんな私の頭をなでてくれる。
まるで赤ちゃんをよしよしするかのように。この瞬間は、親子が逆転してしまったようだ。
「ユメ、ありがとう。」
落ち着いたメアリーの優しい声。
「でも、私あなたのご両親を殺しちゃった。」
もう二度と会えない。蘇生もできない。
「何を言ってるの?パパもママも死んでたのよ?殺したのはユメじゃないわ。」
そうは言っても…。
「それにね、ユメ。あなたはこれ以上ない葬儀をしてくれただけよ?」
「え?」
どういうこと?私お葬式なんてしてないけれど…。
「ユメの使った魔法ってなぁに?」
私はハッとした。
魔法の名前は「神聖なる葬送」。それは死者の霊体をあるべき姿に導く魔法。
囚われ、不条理に使われていた霊体を解放する魔法。
メアリーがいてくれなかったら、メアリーじゃなかったら、私は罪悪感で心が潰れていただろう。
――ありがとう、メアリー。
その夜、私は夢を見た。
ファントム・デーモンに囚われていたテオドールさんとステファニーさんが私の記憶を覗いたように、私もファントム・デーモンの記憶を覗いたんだと思う。そんな自覚はなかったけれど、無自覚で触れた記憶が夢として現れたんだろう。
それはまるで映画の中にいるようだった。
何もかも現実のようだけど、何に触れることもできない。
声も出せない。
ただ、そこで物語が始まり、終わるのを見届けるだけ…。
アヴァロンの南の地。
仕事帰りだろうか。テオドールさんとステファニーさんが仲睦まじく、家に入っていく。
家の中は明るく、奥では幼いメアリーが「おかえりなさい」と言いながら、二人に抱っこをせがんでいた。
家のドアが閉まると、周りは暗くなった。
私は足元に視線を向けてギョッとしたが、そこには一人の男が潜んでいる。
「テオドールのやつめ、けしからん。ここの作物は随分と育ってるじゃないか。俺の畑は不作だというのに…。」
なんという言いがかりだろう。
いや、これもデーモン・コアの悪影響なのだろう。人の悪い感情につけ込み、それを引き出していくのが得意な奴だから。
「エサダ。ヒサシブリノエサダ。」
どこからともなくデーモン・コアの声がする。
「コッチニコイ。コッチニイイモノガアルゾ。」
潜んでいた男は少しボーっとした表情になりながら、声に導かれるまま歩く。
家の敷地のはずれまで歩くと、男は我に返った。
歩いていた間の記憶がないのだろう。不思議な表情を浮かべて周りをキョロキョロ見ている。
そして、男は自身の足元がボウッと光っているのに気づいた。
「お宝か?へへへ。こいつぁ、楽しみだな。」
目の色を変えて地面を掘ろうとした次の瞬間、男の霊体が肉体を抜けてデーモン・コアに取り込まれた。
私は駆け寄って助けようとしたが、ここは夢の中、記憶の中。
何もできず、男が倒れるのを見届けるしかなかった。
ふっと場面が変わる。
先ほどの男の記憶が途切れ、次の人の記憶に変わったようだ。
私の目の前にいるのはエルフ族の男性。
この人も何やらブツブツ言っている。
「ステファニーのやつめ、人間なんかと結婚しやがって。由緒ある家柄の俺の求婚を断って、人間なんかと結婚するなんて許さねぇ。」
ここからは先ほどと同じ展開だった。
デーモン・コアの声に導かれ、デーモン・コアのある所まで歩いていき、デーモン・コアに霊体を捕食される。
そしてまた一人、また一人…。
デーモン・コアは霊体を取り込むたびに力を増していく。
あの時、長老が話してくれたとおりに、テオドールさんとステファニーさんの家の周りで、次々とエルフと人間が倒れていく。
――そしてとうとう運命の日がやってきた。
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