第44話 異世界の保健体育
えっと えっと
どういうことだろう?
「だってユメったら、底抜けにお人よしなんだもん。私たちが不慮の事故かなにかで死んじゃったら、きっと蘇生の魔法を使おうとするでしょう?」
う…、確かに反論できない。
たとえ口でやらないと言っても、実際その場に居合わせて悲しむ人たちを見た時に使わないとは言い切れない。
「使ってはいけない理由の一つはユメ、あなたの生活が
「そ、それは確かに…。」
先生に続いてオルデンブルク伯爵が口を開く。
「そして、ユメがそんな面倒くさいことに巻き込まれるのを、私たちがよしとするわけないだろう?もし、蘇生魔法を使ってもその場で自害するよ?」
「…。」
こんなに外堀を埋められては、私は蘇生魔法を使うことができないじゃない。
「人はいつか死ぬんだ。それは10年後かもしれないし、もしかしたら明日かもしれない。でも人は死ぬからこそ、生きている時間を大切にするんじゃないかな?死んでも生き返られると思って生きていく人生にどれほどの価値があるのかな?だからねユメ、精一杯生きて、生きてきた証を無駄にしないためにも、どうか死んだときはそのまま弔ってほしいんだ。賢いユメならわかってくれるよね?」
「はい…。」
オルデンブルク伯爵の言うことはもっともだ。
命は軽視してはいけない。
ここは簡単に復活できるゲームの世界じゃないんだ。前世とは違う異世界だけれど現実の世界なんだ。
「わかりました。肝に命じておきます。」
私はそう言って神妙な面持ちで頷いた。
ポンッと伯爵が手を叩く。
「さぁて、真面目な話はここまで。実はだね、先ほどシェフから極上のアップルパイを3切れくすねてきたのだけど、どうだい?」
あぁもぅ、こういうところが伯爵様ずるいの、良い意味で。だからほんと、大好き!
私とアレクサンドラ先生は顔を見合わせて同時に言う。
「いただきます!」
翌朝、朝食をいただいてから私とメアリーはオルデンブルク伯爵家を出発した。
メアリーとレフィーナはまだまだ遊び足りなそう。
「メアリー、遅くても夏にはミューレンの街に遊びに行くから!」
「絶対、絶対約束だよ?レフィーナ!」
私の魔法を使えば一瞬でここまで来れちゃうんだけれど、そんな無粋なことは言わない。微笑みながら二人の別れを見守るだけだ。
「またね!」
レフィーナが元気良く手を振る。
それではメアリー、私と一緒に言いましょうか?
――行ってきまーす!
伯爵邸を出発し、しばらくは街道を歩く。
懐かしいな、初めてミューレンに出発した時から何も変わらない光景…って、当たり前だわ。色々ありすぎて何年も過ぎた気分だけど、まだほんの少し前のことなんだもん。
周囲に人が見当たらないのを確認してから、私は転移魔法を使った。
次に向かったのはエルフのミュルクウィズ部族の村、エレン。
村の入り口の少し街道側に転移する。
「わぁ、森の中だね!」
ついさっきまでは広い草原の中にいたのに、今は大きな木々に囲まれているので、メアリーは興奮している。
「すごい、すごーい!大きな樹だね!」
「エルフの人たちはこの大きな樹に軽々と登るんだよ?」
「うわぁ…さすが森の人って呼ばれるだけはあるね!」
エレン村は特に外敵を警戒している村ではないが、入口には当番の門兵さんが2人立っている。
「こんにちは。」
笑顔であいさつすると、門兵は私の顔を見て思い出したようだ。
「こんにちは、ユメ様!ようこそ、エレンの村へ。もしかして、往診…ですか?」
そういえば、村を出る際にそういう約束をしていた。
「そうですね、私たちの
「わかりました!」
門兵のうち一人が元気よく返事をするなり足早に駆けていった。
私は先にソフィアの家を訪ねる。
ソフィアはちょうど仕事に向かうために家から出るところだった。
「ユメ!ユメじゃないの!元気にしていた?」
「はい、おかげさまで。あ、こちらの子は娘のメアリーです。」
「は、初めましてっ。メアリーです…。」
「む!?娘ぇ!?」
あー、ごめんなさい、そうですよね。そうなりますよね。
もはやお約束とさえ言える反応。
「はい。身寄りの無かったこの子を、私が養子として引き取りました。とっても優しくて賢い子で、家事は何でもできるし、料理は美味しいし、お仕事も手伝ってくれるので助かっちゃってます。」
「そうなんだ!私はソフィアって言うの。メアリーちゃん、よろしくね!」
私にベタ褒めされたメアリーは顔を真っ赤にしている。
でも、大げさでもなんでもなくて本当のことだもん。
「あ、あの…ソフィアさんはハーフエルフは大丈夫…ですか?」
見るからにハーフエルフの外見をしているメアリーだけれど、そのことにソフィアが何も触れないので、メアリーは確かめたくなったようだ。
「うん。大丈夫というか、ここの部族の皆、ハーフエルフに偏見は持っていないわよ?むしろ、エルフと人間が子をなせるのは、とっても珍しいの。だからメアリーちゃんはご両親の愛の奇跡、異種族の間に生まれた奇跡なの。誇ってもいいくらいだわ!」
そうか、そういう考えもあるのか。
自分の存在をこれまでで一番の言葉で肯定されたメアリーは、とびきりの笑顔を見せた。
仕事に向かうソフィアを見送り、村長の家に着くと、何やら50人くらいの行列ができている。
「ユメ様、お待ちしていました。皆、往診の日を心待ちにしておりましたので…」
え?もしかして、この行列…みんな患者さん!?
いやいやいや、えええ!?
どうやら村長の家の一室を即席の診療所にしたようだ。
「あはっ、あははは。どうも~。」
ひきつった笑いを浮かべながら、村長の家に入る。
村長さんには始祖の守りのお礼をしっかりとしたかったのだけれど、患者さんを待たせるわけにもいかないので、挨拶は早々に切り上げて、さっそく診察に取り掛かった。
ってこれ、いつ終わるの…?
いや、まぁ全能力値
それでも、お世話になったこの村のためです!頑張ります!
という心の中の葛藤がありつつ、私は怒涛の勢いで治療していった。中には私が治療できない分野の患者さんもいたので、その人たちには手早くアレクサンドラ先生の病院への紹介状をしたため、渡す。
朝からずっと続けて治療に専念し、全員を診終わった頃には日が大きく傾いていた。
「宿に泊まるの?今日もウチに泊まればいいよ。」
というソフィアの言葉に甘えて、私とメアリーはソフィアの家で一泊させていただくことになった。
と、その前に!忘れてはならないのがここの温泉!
村長さんが根回ししてくれていたのか、今回も無料で温泉に入れた。
仕事帰りのソフィアも誘って3人で温泉に。
そして朝の一件があってから、メアリーはソフィアさんにすっかり懐いてしまった。
いや、メアリーがいろいろな人に心を開いてくれるのは嬉しいよ?嬉しいんだけど…さ?なんだかこう、取られたみたいで複雑な心境。
3人で露天風呂に浸かっていると、メアリーが私とソフィアさんを交互に見始めた。
「どうしたの?メアリー。」
「う…うん、えとね?エルフってその…ムネ大きくならないの?」
思わず私とソフィアはぶはっと噴き出した。
「な、な、なにを言ってるのかな?」
確かに私は巨乳とまではいかなくても、ソフィアさんほど慎ましやかというわけでもない。
もし、エルフがヒトよりもスレンダーになりがちだったら、ハーフエルフの自分はどうなるの?というのは素朴な疑問、と言えなくもないわね。
「えっと、メアリーさん。確かにエルフの胸の平均的なカップはヒト種よりも小さめですね。どこから説明しましょうか…。メアリーさんは、エルフもヒトも元は四足歩行の動物から進化した、というのはご存知ですか?」
驚いた!この異世界にも進化論ってあるんだ。
「なんとなく聞いたことはあります。」
「うん。進化する前の四足歩行時代はお尻が顔と同じ高さにありました。そのお尻を見て、雌が赤ちゃんを産める準備ができているかどうかを雄は判断していたんです。今でも猿などにその習性が見られますね。」
これは私も前世で聞いたことがある。猿のお尻が赤くなるのは発情期なんだって。
「ところが二足歩行をするようになると、お尻と顔の高さが変わりました。そこで二足歩行をするようになってからは、お尻の代わりに胸が膨らむようになったんです。」
「そうなんですね。」
「そしてここからが重要なのですが、エルフとヒトの決定的な違いは寿命です。長命のエルフは、子孫を残すことに積極的ではありません。故に、赤ちゃんを産み、育てる準備ができたというサイン、つまり胸が膨らむことも消極的になった、というのがもっぱらの学説ですね。」
なるほど、なるほど。
「ハーフエルフは…どうなんでしょう?」
メアリーが自分の胸に手を当てる。
「話に聞くところによると、ケースバイケースだそうですよ。エルフでもヒトでも大きかったり小さかったり個人差があるでしょう?でも、大きくなりたいと思うのはヒト寄りの考えですから、大きくなる可能性はありますね。まぁまだ若いんだから今からを楽しみにしましょう?」
「はい!」
ひょんなことからこの世界の生物と保健を学んでしまった。どちらも専攻してはいなかったけれど、こうして聴くと興味深い。そしてこういう知識を私はメアリーに全く教えてあげられないので、ありがたいです…はい。
翌日、エレンの村の人たちにお別れを告げ、森の中を歩く。
誰もいないのを確認して、今日も転移魔法で移動だ。
村を出たのはついこの前だというのに、もう何か月も帰っていない気持ち。でもようやく帰れる
――私とメアリーのマイホームに転移!
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