第29話 蘇生のまほう

 ふわ… ふわ…

 ほのかに光る玉のようなものが部屋に漂い始める。


 この光景、皆にも見えているみたいで、各々あたりをキョロキョロしている。

 霊体自体は本来は見えるものではない(らしい)のだけれど、こうやって肉眼で見えてしまうのは私の魔法のせいなのだろうか。


 やがて小さな光球は私の前に集まりだした。

 ひとつ、ふたつ・・・やがてそれは西瓜くらいの大きな光球になった。

「おぉ・・・」

 皆、初めてみる光景に、口から自然と感嘆の声が出ている。


 集められるだけ集めたロザリアさんの霊体。

 でも、これだけだと意思疎通ができない。

「ロザリアさんの霊体と会話がしたい」

 私は願いを口にし、思い描いた。

 この世界に霊体と会話できる魔法があるのなら、これで意思疎通ができるはずだ。


『え?ちょっと、ちょっと、どういうこと!?』

 突然、脳内に声が聴こえた。

 その声は、そこはかとなくアレクサンドラ先生に似ている。

 どうやらこの声は私にしか届いていないらしく、皆は行く末を固唾かたずをのんで見守っている。

『何も見えないよ・・・?あれ?手足も動かせない。なんで?』

 声の主はひどく混乱している。

 無理もない事だし、このまま長引かせるのは申し訳ない。


「ロザリアさん。こちらの声が聴こえますか?」

 事情を知らない人が傍から見ると、私は光る球に話しかけている滑稽こっけいな人に見えるだろう。

『わわっ!?だ、誰ですか?どこから話しかけてるのですか?あれ?私の名前ご存じなの?』

「順を追って説明いたしますね。まず、私の名前はユメと申します。異世界からやってきた勇者です。」

『・・・へ?勇者様!?』

 うんうん、驚くのも無理はないよね。

「まずはロザリアさん、大変申し訳ないのですが、あなたはお亡くなりになられています。私はいま、あなたの霊体と会話しています。肉体を感じられないのはそれが原因です。」

『亡く・・・あ、え?私って死んじゃったの?・・・』

「覚えては…いらっしゃいませんか。」

『えっと、そう・・・ですね。王立魔法学院を解雇されて王都で暮らし始めた頃をなんとなく覚えているのですが…』

「なるほど、王立魔法学院を解雇され、王都で暮らし始めた頃の記憶、なんですね。」

 私はロザリアの言葉をもう一度繰り返した。

 これはロザリアの声が聴こえていない王様やトイフェルたちに状況を説明する手間を省くためだ。

 私がロザリアの霊体と会話ができていることへの驚き、それとロザリアの声が聴こえないことへのもどかしさの両方に、皆は何とも言えない表情になっている。

 しかし、この前後の記憶がなさそうなのは、霊体の欠如によるものだろうか…?一瞬考えたが、今の私では分からないことなので、会話を進めることにした。


「ロザリアさん、単刀直入にお尋ねします。蘇生魔法を受けられる意思はありますか?」

『えっと、状況が呑み込めていないのだけれど…。まず、私は何かが原因で死んでしまったのよね?』

「はい。」

『そっか…。死んじゃったんだ。でも蘇生魔法だなんて夢物語だと思っていたのだけれど…勇者様、貴方なら使えるのですか?』

「はい。」

『でも、これってきっと膨大な魔力とか何かそういうのが必要ですよね。私のために勇者様が大変な思いをされるのは不本意です。』

「蘇生は望まれない、のですか?」

 ええ!?という声が上がった。もちろん、トイフェルだ。

「ユメ殿、本当ですか!?せめて、ロザリアと…話だけでも…」


「ロザリアさん、トイフェルさんがお話をしたいとのことなのですが」

『え!?トイフェルくん、そこにいるの!?』

「いますよ、私の目の前に。」

『うーん、それはお話したいかも…。でも…。』


 ロザリアがとても迷っているのはひしひしと感じられた。

 自分が死んでいたという事実。

 全世界、全魔法使いの悲願である蘇生魔法。その対象が自分でいいのかという驚き、戸惑い。

 ロザリア自身が優秀な魔法使いだからこそわかる、蘇生魔法が如何に術者に負担をかけるかということ。

 そして、ロザリアの記憶に残っている時期は、おそらくトイフェルと男女の仲になっていたであろう頃。不幸のどん底から幸せをつかんだ頃。

 蘇生は望まない、でもトイフェルと話をしたい。理性と欲の葛藤…。


『勇者様、私は完全な形での蘇生は望みません。でも、もし勇者様のご負担にならないのであれば、人形のような依り代に霊体を移して、一時的にトイフェルくんとお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?』

「それは、やってみないとわかりませんが、それでよろしいのですか?」

『はい。本当は蘇生は望みません。でも、勇者様の目の前にトイフェルくんがいること。きっと彼なりに私が死んで思い悩んで苦労して努力してきたのでしょう。その気持ちを無下にしたくありません。肉体の再構築が無いのなら、勇者様の負担も少ないと思いまして…』

「…わかりました。」

 実際、私にかかる負担はどれほどなのか見当もつかない。でも全能力値が最大カンストの私なら…というのは慢心だろうか。


「ユメ殿、ロザリアは…ロザリアは何と…?」

 トイフェルが恐る恐る尋ねてくる。

「彼女は蘇生を望みませんでした。」

 トイフェルががっくりと肩を落とす。

「でもね、トイフェルさん。一時的にお話ができるよう、なにか人形のようなものに霊体を移して欲しいとのことでした。」

 トイフェルの顔が一瞬明るくなり、そして再び暗くなった。

「それは…蘇生しても長くは持ちませんね。彼女本来の肉体ではないのですから…。」

「…はい。」


 自身の肉体であれば霊体は霧散しない。

 でも、自身の肉体でないものに入れられた霊体は、死亡していることに変わりはなく、結果として死後のように霊体は霧散・あるいは何かに同化していく。つまり、そう長くは持たず、再びロザリアは霊体も死んでしまうのだ。

「ロザリアらしいですね…わかりました。お願いします。」

 トイフェルの両目には今にもこぼれ落ちそうなほど涙が溜まっていた。


「誰か、人形を持ってまいれ」

 王が命令すると、程なく侍従が人形を持って来たのだが、その人形に私は衝撃を受けた。

 いや、確かに人形は人形なんだけど…。


 それは全長60cmくらいの大きなクマのぬいぐるみだった。

 前世で世界を席巻したトゥデイ・ベアというぬいぐるみによく似ている。


 私はもっと、こうフランス人形みたいな…いや、まぁもふもふで可愛いんだけど。

 そうなんだけど、そうじゃないと言うか。

 って、誰もツッコまないの?

 そういうものなの?

 私の感覚の方がおかしいの?


 ものすごくツッコみたい気持ちを抑えつつ、私は努めて冷静にロザリアの霊体を…クマのぬいぐるみ…に移した。

 光る球、ロザリアの霊体がスッとぬいぐるみの中に消えていく。


 疑似視覚作成、同調…

 疑似聴覚作成、同調…

 疑似触覚作成、同調…

 疑似味覚作成、同調…

 疑似嗅覚作成、同調…

 疑似声帯作成、同調…

 疑似頭脳作成、同調…

 疑似関節作成、同調…

 疑似筋肉作成、同調…


 ぬいぐるみに感覚器官、および最低限の肉体を疑似的に作成し、私はそれを霊体とつなげた。つなげたと言っても、イメージしながら言葉にするだけなので、本当に上手くいったかは分からない。


 クマのぬいぐるみは一瞬、強めにボウッと光ったかと思うと、すぐにその光は消えた。

「ロザリアさん、どう…ですか?」

 私は恐る恐るクマのぬいぐるみ…もとい、ロザリアに声をかけた。


――ぴょこん


 クマのぬいぐるみは頭部を持ち上げると、周囲をキョロキョロしはじめた。

「うっわぁー、すごいね、コレ…うん、見えるよ。聞こえるよ。」

 きっと目を丸くしていることだと思うのだけれど、ぬいぐるみが故に表情はつぶらな瞳のままだ。

 おおおーというどよめきが起こる。

 そして一目散にトイフェルが駆け寄ってきた。

「先生!ロザリア先生!ろ…」

 最後の方は号泣して声にならない。

 王様や側近たちは、驚きながらもトイフェルとロザリアの再会にもらい泣きしているようだった。

「わぁ、トイフェルくん、大人になったねぇ。その制服、宮廷魔導士になったんだねぇ。頑張ったね、よしよし。」

 そう言ってロザリアは可愛いぬいぐるみの手で、ぽんぽんとトイフェルの頭を優しく叩いた。

 途端、トイフェルは収拾がつかないほど泣き出した。


「ねえさん…」

 アレクサンドラが口に手を当てながら、一歩づつロザリアに近づいてくる。

「おや?その声、サンドラちゃん!サンドラちゃんも大人になったねぇ。なるほど、私が死んでから時間が経っていたってのを実感しちゃうよ。」

 ロザリアはいたって飄々ひょうひょうとしている。

 トイフェルとアレクサンドラはロザリアの死後長い時間が経った分、重ねてきた思いもあるのだろうが、ロザリアにとっては寝て起きたくらいの感覚なのだろう。

「ねえさんっ…ねえ…さ ん。」

 アレクサンドラも声を詰まらせ、泣きながらそっとロザリアを抱きしめた。


――おかえり…なさいっ

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