第28話 綻びと繕い

 ドス ドス

 廊下を強く踏む音がドア越しから響き渡る。


「ちょっと待っていろ」

 そう言ってトイフェルはフェルディナンドを連れて部屋から出て行った。

 廊下から聞こえるのは、その彼の足音だ。


 まったく…癇癪かんしゃくを起こした子供ですか…?

 私はトイフェルの態度にあきれ果ててしまった。


「あの、アレクサンドラ先生、ちょっとよろしいですか?」

「どうしたの?ユメ。」

 偉い人たちに取り囲まれているからか、アレクサンドラ先生は私にヒソヒソ声で答える。

「どうも、私の中で勝手にイメージしていたトイフェルさんと、現実のトイフェルさんの性格にギャップがあるんですよね。前から、あんな独善的で高圧的な感じだったんですか?」

 私はどうしてもその疑問が拭えず、アレクサンドラ先生に尋ねた。

「うーん、そうね。野心家、策略家みたいな側面はあったけれど、以前の性格はもっと控えめで大人しかったと思うのよね。宮廷魔法使いのトップになった彼に誰も進言できなくなって、結果増長した…といったところじゃないかしら?」

 あり得るといえばあり得るお話。トイフェルは一介の地方の平民の出。それが今や王宮でも高い権力を持つようになったのだ。「あいつ、変わっちまったな…」になるのも無理はないだろう。

「それでも、伯爵家にお墓参りに来るときはもっとしおらしいというか、大人しいのだけれど…この場での彼の立場からくるプライドってところかしら?」

 なるほど、トイフェルの人となりがよく分かった。面倒くさい人だ…。


 数分後、3センチほどの厚みがある紙の束を持って、トイフェルが部屋に戻ってきた。

「これが死者蘇生の魔法理論だ。読んで理解できるとは思えんがな。」

 しゃくさわる言い方だけれど、逐一相手にはしていられない。

「失礼しますね。」

 そう言って私は魔法理論を読み始めた。

 最初のうちはよくわからなかったが、急速に内容が理解できるようになり、最後のほうはパラパラとめくっただけで、全て完璧に理解できるようになった。

 それもそのはず。だって私は知力が最大値カンストなのだから。


 ふう、と一息ついてから私は12ページ目をめくった。

「なるほど、肉体の修復魔法と霊体の修復魔法の重ね掛けですね。あの、ここなんですが、霊体は広範囲のスキャニングで特定の霊体、つまり蘇生対象の霊体を見つけて集め、再構築するということですよね。」

「な…一度見ただけで理解した、というのか…!?」

 トイフェルは目を丸くしている。

 当然彼は知らない。私が能力値最大であることを。

 でも、そうね。面倒くさいから、ここは普通の肯定よりも、威圧したほうがいいかも…。そう思って私は少し高飛車な言い方を選ぶ。

「分かりますよ、この程度の内容。勇者の力を舐めないでくださいね?」

 うぅ、こういう挑発って柄じゃないんだけれど…。私は心の中で号泣した。


――この理論、決定的に破たんしています


「なにぃ!?その発言、冗談では済まされんぞ!」

 トイフェルは怒りをあらわにして、私をにらみつけてきた。


 私はOLだった前世を思い出していた。

 営業職ではなかったので、クレーマーと話す機会は数えるほどだったが、それでも大声で恫喝する人と話す体験がなかったわけではない。

 あの時、一緒に対応してくれた主任はなんて言ってたっけ…。

 そうだ。声を荒げる人は、自分自身の意見に自信を持っていないか、理論で攻めることを放棄したか、大体そのどちらかだって。だから相手がたとえ折れなくても、正しいことは正しいと言わないとつけあがるだけだと。


 ふぅっと私は一呼吸ついた。

「これ、前提として霧散している霊体は単独のものでなければ集めて再構築することはできませんよね?でも、一度肉体を離れた霊体は霧散し、他の物質と融合します。融合した霊体はやがてその融合した物の霊体へと上書きされていく、それはここ77ページの引用論文に書かれいていることです。死亡した直後に蘇生をするのであれば、上手くいくのかもしれません。しかし、ロザリアさんのように死後数年が経過している人であれば霊体の再構築は難しいのではないですか?」

 私は一気にまくし立てた。

 その後も理論の矛盾を数点指摘すると、トイフェルはすっかり大人しくなってしまった。


「…よって、死者蘇生の魔法は加齢などによる寿命には対応できません。突発的な死亡は死後すぐであれば対応できますが、大規模な蘇生魔法を常にスタンバイさせておくなど実現的ではありません。」

 まるで前世でのプレゼンテーションのようだと思いながら、私は蘇生魔法がいかに使い物にならないかを理路整然と話した。


「蘇生魔法は出来なくはない、だが実現的ではない…。これはもう、プロジェクトは凍結せざるをえんのう。」

 ため息をつきながら王様が言った。

 それなりにお金や人材を割いてきたのだろう。王様とトイフェルはすっかり落胆している。

 これで終わり…かな?そう思った矢先、トイフェルが目の前に歩いてきた。

 これ以上、何の文句をつけるのだろうかと思っていた次の瞬間、額が床につくどころかおでこにヒビが入るのでは?という勢いで土下座をしてきたのだ。


「ユメ様、お願いです、心からのお願いです…。」

 涙目、しかも嗚咽おえつを交えながら絞り出すように声を出している。

 …というか、この世界って土下座…あるのね。

「もう、いいでしょう?これ以上、私は何もしてあげられないし、あなたも何もできない。」

 我ながら冷たい言い方かな、とも思ったがこれくらい突き放しておかないと、何かにつけて厄介ごとに巻き込まれそうだ。それだけは絶対に嫌。

 そんな冷たい目つきで見下ろす私に向かってトイフェルは顔をあげた。


「この城にはロザリアの遺品を大量に収蔵しています。お願いします、霊体の再構築をできる範囲でしてはいただけませんか…?」

 脅したり、馬鹿にしたり、怒ったり、泣いたり…本当に忙しい人だ。でも、少しだけほだされている自分がいることも否めない。

 トイフェルは続けて言った。

「あなたの言うように霊体は不完全にしか再構築されず、またすぐに霧散するでしょう。それでも、私は…彼女にきちんとお別れが言えなかった。これまでの数々の非礼、付して謝罪します。どうか、どうか、一言ロザリアに感謝の言葉を言う機会を…」

 前世でも面倒くさいことを引き受けて過労死しちゃったというのに、また引き受けなくてもいいことを引き受けるのを繰り返しちゃうの?

 アレクサンドラ先生からトイフェルのことを聴いていなければ、こんな風に思わなかったかもしれない。だけど、でも…。


「ああっ、もう、わかりました!わかりましたから!」

 トイフェルは諦めの極致だったのだろう。目を丸くしてこちらを見てくる。

「そのかわり、条件があります!」


ひとつ、魔法は成功するとは限らない。失敗しても文句は言わないこと。

ひとつ、伯爵様と先生にはこれ以上迷惑はかけないこと。

ひとつ、蘇生魔法を使うのはこれが最初で最後にすること。

ひとつ、ロザリアは霊体のみ蘇生し、本人に蘇生の意志を確認してから肉体も蘇生すること。本人に蘇生の意志がなければそのまま霊体は霧散させ、葬送すること。

ひとつ、蘇生魔法を私が使ったことはこの場だけの秘密とすること。

ひとつ、今回の蘇生魔法をもって国家プロジェクトは解体し、魔法使いは適材適所に配属し、国家の安定に努めること。

ひとつ、以上のことが守られなければ、個人もしくは国家が勇者の手によって消滅させられてもかまわないこと。


 最後のはもちろん脅しで、実行する気なんてこれっぽっちもない。

 ただ、私はこれ以上、厄介ごとに巻き込まれたくない、これっきりにしてほしいのだ。


「国家を滅ぼす…か。これはまた大きな代償じゃの。」

 王様が呟く。

「勇者の力に己惚れて言うわけではありません。王様、私って魔力制御ができないんです。だから、例えば水魔法ひとつでこの城を水没させてしまうんですよ。でも約束さえ守っていただけるなら、何もいたしません。」

 そう言うと王様は口髭をさすりながら私の気持ちを推し量るように見てくる。

「その気になれば、国家消滅どころか王様になり替わるのも可能なのだろう。勇者殿は権力や財に興味はないのかな?」

「権力を持つことは面倒くさいです。お金だって、生きていくのに必要な分があればいいです。繰り返しますけれど、私はただ、この世界で平和にゆるやかにのんびり過ごしたいだけなんです」


「予は国王としてはその条件を受けてはならぬ、のじゃろうな。だがトイフェルの望みをかなえたくもある。勇者殿、最後の条件、滅するのは予だけにしてはくれまいか?」

 王様が微笑みかけてくる。

「い、いけません!王!」

「何を!」

 トイフェルをはじめ、フリードリヒやニコラウス達も口々に王を諫める。

「よいのだ。大きな力には代償が伴って然りじゃ。それに皆が約束を守れば、それで済むこと。勇者殿の条件を守ること、これ即ち予への忠義と知れ!」


 少し頼りなくも思っていた王様だが、やっぱり王様は王様なんだなって思った。

 格好いい…じゃないですか。


――かくして私は蘇生魔法を唱えた

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