第30話 ぬいぐるみはかく語りき

 よし よし

 ロザリアがぬいぐるみの手でアレクサンドラの頭をなでる。

「姉さん・・・」

 むぎゅぅ・・・

 アレクサンドラがあまりにも強く抱きしめたので、ぬいぐるみの顔が潰れてしまった。

 疑似痛覚は作成していないので痛みはないはずだけれど…

「ちょっと!サンドラちゃん、ストップ!ストップ!」

 アレクサンドラの胸の中でぬいぐるみがバタバタともがく。

 やっぱり、自分の顔が潰れるというのは気持ちの悪いものらしい。

「ご、ごめんなさい、姉さんっ。」

 慌ててアレクサンドラは手を放した。


「いいのよ、サンドラちゃん。で、何やら物々しい方々に囲まれている気がするのだけれど、ご紹介いただいてもいいかしら?」

 そうだ、すっかり再会の空気にのまれてしまっていた。

「それでは私から。ロザリアさん、初めまして。異世界からやってきた勇者、ユメと申します。」

「あぁ、先ほどの声の方ね。貴方が私を蘇生してくれたの…ありがとう、見ず知らずの私に…心から感謝するわ。」

 ロザリアは表情がかえられないことに気付いたのか、ややオーバー気味に手をバタバタさせたアクションをしながら話しかけてくる。その姿が、なんとも可愛いくて仕方がない。

「いえいえ。私はアレクサンドラ先生の弟子ですから。ロザリアさんは師匠のお姉様。縁のない間柄というわけでもございませんので。」

「あら、あら、まぁ、まぁ。サンドラちゃんが弟子を!?弟子なんて面倒くさいからやだーってのが口癖だったのに。」

「ちょっと!?姉さん!」

 アレクサンドラが顔を真っ赤にしている。

「それでは失礼して持ち上げますね。」

 そう言って私はロザリアを抱っこするように抱えた。

「奥に座られている方で、向かって右がフランク王国第13代国王ルートヴィヒ様。」

「えええ!?王様!?これは失礼しました。」

「よい、ロザリアよ。堅苦しい礼儀など不要。此度こたびの蘇生、成功して何よりであった。よき再会の一幕も見れて満足じゃ。」

「ははーっ!」

 ロザリアはうやうやしくお辞儀をするのだが、ぬいぐるみの姿なので、なんとも締まらない。

「王様の左隣が内務大臣のニコラウス様、さらにお隣が近衛兵隊長のフリードリッヒ様。そしてさらにお隣がオルデンブルク伯爵様。」

 3人はロザリアに向かって初めまして、とあいさつをする。

「国のそうそうたる重鎮ばかりじゃない…」

 ロザリアは呆気あっけにとられているが、私は紹介を続ける。

「手前のトイフェルさんとアレクサンドラ先生は省略して、トイフェルさんの隣にいるのが宮廷魔女のフェルディナンドさん。」

「わぁ、フェルちゃんお久しぶり!どう?玉の輿狙うんだーっ、若い子なら最高だー、って口癖のように言ってたけど、いい人見つかった?」

「ちょ、ちょっと!ロザリア先生!いま、その話はこ、困ります!」

 フェルディナンドは顔を真っ赤にしつつ、首がちぎれんばかりにブンブンと横に振った。

 ははーん、さてはフェルディナンドさん、トイフェルさん狙いなのかな?

 しかし、ロザリアさんのことを「先生」と呼ぶってことは王立魔法学院時代を知っているってことよね?…もしかして先生同士だったのかな?これは…同僚の女教師が教え子を奪いあ…っと、いけない。いけない。すぐ妄想しちゃう癖、治さないとね…。


「そして最後に、こちらが私の娘のメアリーです。メアリー、ご挨拶できる?」

「うん。…初めまして、ロザリアさん。私の名前はメアリー、15歳です。」

 完璧な挨拶!

 私も親として鼻が高い!

「まぁ、可愛らしいお嬢さんね!そのお耳は、ハーフエルフかな?」

 一瞬、メアリーがピクッと身構えた。

 まだ人間によってハーフエルフが迫害されたというトラウマが完全に払拭してはいないのだろう。でも、

「とっても素敵よ。」

 というロザリアの言葉に、メアリーはニッコリと笑って応えた。


「でも、ユメさんとメアリーさん、随分と歳が近そうだけれど、親子…なの?」

 ああ、そうですよね。年齢、一歳違いですもん。

 まぁ、そうきますよね。

「王様、事情を話してもよいですよね?」

「ああ、構わんとも。」

 私は王様に言質げんちを頂戴した。トイフェルは何か言いたげだったが(私はあえて無視したのだけれど)、王様の言葉に口をはさめず、大人しく引き下がった。


「なんですって!?」

 私からことの顛末てんまつを聴いたロザリアの声が部屋に響いた。

「トイフェル君、ちょっとそこに正座!」

「は、はい。先生…。」

 トイフェルがシュンとして正座している。ぬいぐるみの前で…。

 なんともシュールな光景である。

 あれ?この世界も正座させるんだ…と私は妙なところで驚いた。

「いいですか?トイフェル君、先生は何度も言いましたよね?」

「はい…。」

 あの威張っていた姿からは想像もできない。

 でもこれが本来のトイフェルの姿なんだろうな、とも思った。


「ロザリア先生、あの、お説教はまたあとで。王様の御前ですし。」

 ぬいぐるみの可愛さがまったく感じられないほど、怒号を飛ばし続けるロザリアに私は恐る恐る提案した。

「そ、そうね。」

 王や大臣たちの御前だということを思い出したロザリアが恐縮する。

 結構、天然なところがあるのかもしれない。

 親しみやすそうなお姉さん、といったところだろうか。


「はっはっは。儂としてはトイフェルが説教される姿なぞ想像すらできなんだから、なかなか楽しませてもらっておるぞ。」

「王様、そんな…」

 トイフェルが困ったような顔を王様に向ける。


「ところでユメ殿、真面目な話じゃが、ロザリア嬢はこの姿でどれほど生きられるのかね?」

 王様はにこやかな笑顔から一転、神妙な顔になり問いかけてきた。

「すみません、それは私にもわからないんです。今日かもしれない、明日かもしれないです。本来の肉体に霊体を移したわけではありませんので長くはもたないとは思うのですが…。」

 私は自分のふがいなさから申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「よい、よいのだ。蘇生ができただけでも奇跡なのであるからな。」

「そうね、人形に霊体を移すことは私のお願いでもあったのだから、気に病まないで、ね?」

 王様もロザリアさんも優しいなぁ。

「ただ、蘇生魔法の秘密を守らなければならない以上、ロザリアは誰かがしっかり見守らねばならぬだろう。誰が適任であるか…。」

 王様が考え込む。

 トイフェルか、妹のアレクサンドラか。

「王様、提案よろしいでしょうか?」

 アレクサンドラが控えめに挙手をする。

「よい。よいぞ、無礼講だ。遠慮なく申せ。」

 王様は優しく話しかける。

「ねえさ…ロザリアの意見を優先すべきとは思いますが、私たち…すなわち、オルデンブルク伯爵家が引き取るとなると、情報漏洩の死守は難しいと思います。伯爵様や私のもとには毎日のようにたくさんお客様がいらっしゃいますし…。私はトイフェルさんが見守るべきと思います。」

 王様はうん、うん、頷きながら

「トイフェルはどうか?」

 と尋ねた。

「私にとっては願ったり叶ったりでございます。その、ロザリア先生は…」

 トイフェルが恐る恐る尋ねる。

「いいよ。お説教もし足りないしね。」

 トイフェルが破顔する。なんとも、わかりやすい人だ。

「でもあの、王様。お願いがあるんですが…」

「なんじゃ?ロザリアよ、申してみよ。」

「サンドラ…アレクサンドラが私に自由に面会できるように取り計らってくださいませんか?」

「よかろう。あとで、一級特別通行証を渡そう。」

 これには大臣たちが皆仰天。私も後で知ったのだけれど、この一級特別通行証、王城内は王宮宝物庫や王様をはじめ各人の私室への立ち入り制限はあるものの、王宮内ほぼすべてフリーパスで入れる通行証だからだ。


「ねぇ、ユメ。」

 ここまで大人しくしていたメアリーが私の袖を引っ張った。

「どうしたの?メアリー?」

「うんとね、トイフェルさんって、これからはロザリアさんと一緒なのよね?」

「そうね。情報漏洩を防ぐためにもロザリアさんを守り抜くためにも、片時も離れられないわね。」

「だったら、トイフェルさんはお城の中を歩くときも、お仕事の時も、お話合いの時も、ずーっとロザリアさんを抱えて、寝るときも抱っこして寝るのかなぁ?ぬいぐるみと一緒に一日過ごすなんて小さな子どもみたいだなぁって。」


――!?!?


 その場にいた全員が、クマのぬいぐるみを抱えて一日過ごすトイフェルを想像した。

「ぶ!ぶわっはっはは!」

 トイフェル以外の全員が爆笑に包まれた。トイフェルはというと、その重要なことに今気づいたのか、顔が真っ赤である。

「はっはっは、よい、よいのぅ。なぁに、他の者にはトイフェルがぬいぐるみを片時も離すことのできない奇妙な呪いにかかってしまった、しかも時折ぬいぐるみに話しかけてしまう呪いだ、とでも説明しておこうかのう?」

「お、王様ぁ…そんなぁ~。」

 トイフェルが情けない声を上げる。

「じゃがな、その呪いができるだけ長く続くことを儂は願っておるぞ?」


 それにしても、メアリーったらなんというクリーンヒットのパンチを…。

 まぁ、間接的に実の両親を殺したともいえるトイフェルに、メアリーが恨みを持っても仕方がないのだけれど。

 まさか、天然でそれをやってのけた?

 謎だわ。

 でも、とにかくひとつ言えるのは…


――メアリーったら、末恐ろしい子っ!

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