第22話 秋桜色の髪のメアリー
嫌い 嫌い
人間が嫌い。
エルフが嫌い。
私を否定するみんなが嫌い。
メアリーの頭にはいつもこの事が浮かんでいる。そして今、目の前には見たことのない人間がいた。
この人間もきっと私を
虐める人、嫌い、嫌い、嫌い、きらいぃ…
いきなりのことで私は戸惑った。
「あ、あのフリーダ町長、この子は…?」
「この子がメアリーよ。メアリー、ユメさんにご挨拶なさい。」
フリーダ町長が優しく微笑みかけると、メアリーはボソボソと何かを口にした。
なんとなくだけれど「はじめまして」と聞こえなくもなかった。
メアリーは肩までの
年齢は私よりも若干幼く見える。
特徴的なのが耳で、人間よりは先が
なるほど、メアリーが先ほど話題にあがったハーフエルフなのだろう。
それにしても開口一番、人間が嫌いとは…何かあったのだろうか。
「初めまして、メアリーさん。私の名前はユメです。」
メアリーはまたボソボソと何か言っている。
私との受け答えを完全に拒絶しているわけではなさそう。もしかしたら人間不信なだけで、根は悪い子じゃないのかもしれない。
「メアリーさんは、人間が嫌いなの?」
「嫌い!」
メアリーは私にも聞こえる大きさの声で即答し、私を
「どうして嫌いなのかな?教えてくれるかな?」
私は
「人間は私を
「え?」
「メアリーや。私がユメさんに話してもいいかい?」
フリーダ町長が口を挟む。
メアリーはフリーダの方を向いて、コクンと
「ユメさんはご存じないようでしたが、この国…いえ、正確にはこの国の一部の地域でハーフエルフは
「
私は驚いた。この異世界、会う人会う人みんないい人ばかりで、種族差別といった険悪な事柄などは無縁だと思い込んでいた。
フリーダ町長の説明によると、大昔、この世界は
混沌の20年と呼ばれたその時代、世界のどこかから魔族と呼ばれる種族が世界に現れた。魔族はモンスターを
このままでは人類もエルフも含めて、ありとあらゆる種族が絶滅してしまうと皆が
ここまではおとぎ話のようなファンタジーのお話。そしてメアリーに関わる問題はここからだった。
魔族は整った顔立ちにツンと
もっとも、魔族の肌は青白いのに対して、ハーフエルフの肌は人間の肌と差がないので、肌の色で種族の違いは歴然としている。しかし、一部地域でハーフエルフは「悪魔の子」と
エレンの村のように人とエルフの親交があるところはそんな迫害とは無縁。けれど人とエルフがいがみ合っている地域もあり、ここで生まれたハーフエルフは人からもエルフからも迫害を受けるのだそうだ。
「フリーダ町長、それではメアリーさんも…。」
私は恐る恐る尋ねた。
「ええ。幼少の頃から
何てこと!何の罪もない小さな女の子なのに!
私は悲しさと同時に怒りも湧いてきた。
「そうだ、ご両親は!?メアリーさんのお父さんとお母さんは?」
そう言った私に向かって、フリーダ町長は悲しそうな顔を浮かべて首を横に降った。
この子は、与えられるべき時に、愛情を与えて貰っていないのだろう。親からも、周囲からも。こんなにも人間不信にさせたのは大人のせいだ。
私は胸が苦しくなり、気がつくと涙を浮かべながらメアリーを抱き締めていた。
「ちょっと!離して!やめて!」
メアリーが腕のなかで大暴れする。
やっとの思いで私の腕を振りほどいたメアリーはさっきより険しい表情で私を
「私は人間が嫌い。だからあなたも嫌い。」
メアリーの生い立ちを聞いた私は、どんなに
「ねぇ、メアリーさん。人間のことが嫌いなら、どうしてここにいるの?フリーダ町長もライアンも人間じゃない?」
そう尋ねると、メアリーの顔がみるみる真っ赤になっていった。
「ふ、フリーダは家に泊めてくれるし、ライアンはご飯を食べさせてくれるし…ボソボソ…」
その言い方に思わずプッと笑ってしまった。
「ゴメンね、メアリーさん。あなたを馬鹿にして笑ったわけじゃないの。人間のことが嫌いになったのは、あなたの生い立ちを聞くに仕方のないことだわ。でもね、あなたの心は傷ついても真っ直ぐに育っていることが分かったから、ちょっと嬉しかったの。」
メアリーは不愉快そうな顔を浮かべる。
「あ、あんたに何が分かるのよ!とと様もかか様も死んじゃって、誰も助けてくれなくて、世界に一人ぼっちになった気持ちなんて、あんたには到底分からないでしょ!」
メアリーは悲鳴に近い声でまくし立てた。
私はメアリーの両肩に手を置いて、
「メアリー、私もね10年前に両親を亡くしたの。」
「え?」
メアリーは肩から力が抜け、両目が大きく見開かれて私を見つめる。
「私もね、この世界にたった一人ぼっちだったの。もしかしたら今頃、お腹を空かせて倒れていたかもしれない。モンスターに食べられていたかもしれない。」
「それって…」
「私とあなたは似た者同士だわ。違ったのは、私はたまたま運が良かっただけ。手を差し伸べてくれる人に出会えただけ。私が今まで幸せに過ごしてこれたように、メアリー…あなたにだって幸せに過ごす権利があるの。私が貰った幸せを今度はあなたにあげる。あなたがこれまで受けた苦痛の分、私はあなたに手を差し伸べるわ。だからね、メアリー…私と一緒に暮らさない?」
「う…わたっ…わたし…」
メアリーは
「なぁに?」
そんなメアリーに私は優しく声をかける。
「わたっ、わた…う、わぁぁぁぁ…」
メアリーは声をあげて泣きじゃくった。
泣いて泣いて泣き疲れて眠るまで、私はそっと彼女を優しく抱きしめた。
メアリーをソファーに寝かせ、その横に私は座った。
「寝顔、可愛いですね。」
私は赤ちゃんを寝かしつけるときのように、規則正しくそして優しく、ぽーんぽーんと肩を叩きながら、町長と話し始める。
「でしょう?この子、根は良い子だから。それにユメさんもしっかりしているから、引き合わせたら上手くいくんじゃないかと思ったけど、予想以上だったわ。」
「町長さん…。」
なるほど、全部お見通しだったわけだ。
フリーダ町長、したたかすぎる。
「それで、ユメさん。メアリーを引き取りたい?」
「はい。放っておけないですし。でも、どうなるのでしょう?養子ですか?私、そのあたりに
メアリーに提案したのは私だ。私から
このまま町長の家から診療所に出勤、でもいいのだけれど、どうせなら一緒に暮らしたかった。
私だって、
「そうね。養子がいいでしょうね。ユメさんは成人ですし。」
オルデンブルク伯爵の身元証明のおかげで、養子縁組の手続きはスムーズに進んだ。メアリーは人間不信が完全に治ったわけではないが、私にはすっかり心を開いてくれた。
「ねぇ、これからはメアリーって呼んでいいかな?」
「うん、私もユメって呼ぶ。」
2人並ぶと親子というよりは姉妹だ。
実際、メアリーは15歳だったので1歳しか違わないのだけれど。
フリーダ町長はいずれメアリーが自活できるように、家に住まわせていた間、家事をあれこれ教えていたらしい。
特に料理の腕前は絶品で、これは期待に胸が膨らんじゃう。
「ユメ、それは嫌!」
夜も更けてきた診療所の奥側。
メアリーは私に向かって悲痛な叫び声をあげた。
「どうして?いいじゃない、狭くないんだし。」
「嫌なものは嫌なの!」
――いっしょにお風呂に入るのは!
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