第23話 のんびり生きちゃダメですか?

 いいじゃない いいじゃない!

 女同士なんだし…


「せっかく家族になれたのに。私、家族が出来たら一緒にお風呂に入るのが夢だったのになぁ…。」

 私はやや大げさに落ち込んで見せる。

「え?ちょ、ちょっと、ユメ?」

 そんな私を見て、本気で狼狽うろたえるメアリー。ああ、なんていい子なの!

 なかば無理やり脱衣室にメアリーを連れていくと、抵抗するのをあきらめたのか大人しくなった。


「ユメ、いい?絶対に、こっち見ちゃダメだからね!?絶対だよ?絶対の絶対だよ!」

 メアリーがしつこく念を押してくる。

 ん?もしかして…

 私はメアリーのワンピースのすそをつかむと

「えーい!」

 と言いながら、一気に上へ引き上げた。


「キャンッ!」

 服をはぎ取られたメアリーは、子犬のような悲鳴とともに床にしゃがみこんだ。

 15歳の少女をショーツ一枚にするだなんて、言葉だけだと変態・犯罪臭がするのだけど…それはさておき、なぜかこういう時の私の不安とか予想って当たるのよね。

 メアリーはほとんど日焼けしていないのか、肌は透き通るように白い。胸はとてもつつましやかだけど、これはこの先成長するのかな…?。じゃなくって!


――案の定、その身体は傷痕だらけだった。


 きっと幼少期に迫害された痕なのだろう。

 出血や化膿かのうはしていない。だけれど、見ているだけでとても痛々しい。

「うぅっ。ダメって言ったのに…」

 メアリーは涙目になりながら、私を非難する。私はそんなメアリーを、そっと優しく抱きしめる。

「傷痕、見せたくなかったんだよね。わかるよ、女の子だもん。」

「私、こんな私、…うぅっ。」

 私は素早く状態確認魔法スタータスプルフーンを唱えた。

 肌には傷痕が残っているものの、筋肉や骨、血管や神経には問題がない。

「メアリー、無理やり脱がせたのは悪かったわ。でもね、あなた、忘れているわよ。」

「ふぇ?」

 べそをかきながら、メアリーが私の顔を見た。

「ひとつは、私がアレクサンドラ先生の弟子にして、最高の修復魔法を使える医者だということ。もうひとつは、あなたに幸せをあげると約束したこと!」


 修復魔法リパラ

 私が呪文を唱えると、あっという間にメアリーの傷痕は消え去り、艶のある綺麗な肌になった。

「え?…傷が?あれ?」

「あなたの傷は、全て修復したわ。んー…と言いたいところだけど、心の傷だけは治せないんだけどね。そこはごめんなさい。」

 照れ隠しに私はペロッと舌をだす。

「ううん、ユメ!ありがとう!凄く嬉しい。なんだか心も軽くなった気がする!」


 トラウマを消し去ることは出来ない。

 いや、もしかしたら何かの魔法で消し去れるのかもしれないけれど。

 それは私の判断で消していいのか分からない。

 でも、メアリーならきっと過去を克服できる。だってとても強い子だもん。


 夕食を食べ終えると、メアリーは不思議そうな顔を浮かべた。

「おかしいなぁ。いつもは、この半分でお腹いっぱいになっちゃうのに…。」

 確かに、メアリーはシチューを何度もおかわりしていた。

「誰かと楽しく食事をすると、たくさん食べられちゃうものよ。メアリー、御馳走様♪」

 私はそう言ってごまかしたが、実は私にはその理由は分かっていた。

 お風呂に入る前に唱えた状態確認魔法スタータスプルフーンで、メアリーの内臓…特に胃と腸が損傷していたのだ。内臓が損傷するような暴力なんて、考えただけでゾッとする。私は修復魔法リパラでメアリーの肌をきれいにするのと同時に、内臓の修復も行っていたのだ。

 彼女が少しやせ気味だったのは、満足な食事を与えられなかったのかと思っていたが、迫害されていた時に負った内臓のケガが原因だったのだろう。

 しかしそれもこれまでのこと。

 これからは年相応の食事をとって、きっとすくすく成長してくれるだろう。


 メアリーは肌の傷が消え、たくさん食事をとるようになって、みるみる表情が明るくなった。本当に良かった。これだけでも、私が異世界に転生した価値はあった…心からそう思う。

 しばらくすると、メアリーは家事全般のほか、診療所も手伝ってくれるようになった。

 人見知りはまだまだ治らないけれど、町の人たちもメアリーをとても可愛がってくれる。いい傾向だ。

 ほんと、万事上手くいって何より。

 能力値最大カンストは何かと不便だけれど、使い方次第で何とかなりそう。あとはもう、のんびりと生きていこう、この異世界でメアリーと一緒に…。


――のはずだった。


 その日も普通に診療所を開け、常連のおばあちゃん達の膝や腰を治療し、お昼ごはんを食べ終えた時だった。


『ユメ…ユメ聴こえる!?』

 脳内に人の声が直接聴こえてきた。

「だ、誰?」

 辺りを見渡すが、メアリーしかいない。

「ユメ、どうしたの?」

 メアリーが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 以前、神様と話したときとよく似ている。相手は見えない、声がするだけ。しかし、この声は…

「もしかして、アレクサンドラ先生!?」


『良かった、聴こえているわね。ユメ、ゴメンなさい。あなたのことが、あの魔法使いの知ることとなってしまったの。伯爵様は参考人として王宮に呼び出されたわ。私もいずれ…。お願い逃げて!そこから!彼に自白魔法を使われたら、あなたがミューレンの町にいることがバレてしまうから!あっ…』

 プツン・・・

 唐突に声が途切れた。

「先生!先生!?」

 突然誰もいない方向に向かって叫びだした私を見て、メアリーはすっかり混乱している。

 先生の言った「あの魔法使い」…間違いない。宮廷魔法使いこと、粛清しゅくせいのトイフェルだ。

「メアリー、わたし町長さんのところに行ってくる!」

 言うが早いか、私はフリーダ町長の家に向かって走り出した。

「わ、私も!」

「ごめん、メアリー。たぶん…だけど、しばらく診療所を閉めないといけないの。急いで予約が入ってる患者さん達にそのことを伝えてくれない?メアリーにしかできない、大事な、大事なことなの!」

「う、うん。」

 メアリーは私の気迫にされたのか、素直にうなずいた。

 人見知りが完治していないメアリーには酷なこと。しかし、今は時間が惜しい。


 私はフリーダ町長の家に飛び込むと、これまでの経緯をかいつまんで説明した。町長はうんうんと聴いてくれる。

「それで、ユメはどうしたいんだい?」

「そ…それは…。」

 どうしたい、私は?私の望みは…?

「あの…先生は逃げなさいっておっしゃっていましたけれど、私は伯爵様と先生を助けたいです。私のせいで2人に迷惑をかけてしまうなんて、そんなの絶対に嫌です。」

 そこには一抹いちまつの不安もあった。

「でも、ミューレンの町の皆さんに迷惑をかけたくないです。だから、私、町を出ます。メアリーは…厚かましいお願いなのですが、落ち着いたら必ず迎えに来ますので、町長さん、その面倒を見ていただけませんか?」


「ユメさん…。」

 フリーダ町長は柔らかくもしっかりとした口調で私に話しかける。

「それは、あなた一人で決めることではないと思うのだけど…?」

 その言葉と同時に部屋のドアが勢いよく開いた。

 そこには息を切らしたメアリーがいた。

「メアリー!?あなた…」

「おつかい、全部終わった!ユメ、今の聞こえた。どういうこと!どうして私を置いていくの!」

 メアリーは涙を浮かべながら、しかし怒った口調で私に詰めよった。

「だって、これから危険なことがおこるかもしれないのよ?あなたを巻き込めないわ!」

 私だって離れたくない。

 でもせっかく平和に暮らせるようになったメアリーを危険な目に会わせたくない。

「嫌だよ、ユメ!『お前はここに居なさい、大丈夫だから』そう言って、とと様もかか様も帰ってこなかったの!もう、家族とお別れするなんて嫌だよぅ…。」

 うわああああ。

 メアリーは大声で泣き出してしまった。

 家族に置いていかれることは、メアリーにとって一番のトラウマだったのだ。

 私は自分の浅はかさを深く反省した。


 メアリーひとり守れなくて、何が能力値最大カンストだ。

 いざとなったら、王宮を破壊してもメアリーの事は守ってみせる!

 私は覚悟を決めた。 

「メアリー、今から行くところはとても危険なの。」

「それでもいい!」

「また、痛い思いをするかもしれない。」

「我慢する!」

 メアリーの意志は固い。

 すぅーっと私は深呼吸した。

「一緒に行ってくれる?メアリー。」

「うん!」


「フリーダ町長、ごめんなさい、さっきの話は…」

 私はフリーダの方を向いて頭を下げる。

「ああ、構わないよ。2人で行ってきなさい。それとね、ユメ。」

「はい、何でしょう?」

「この町を出ていく…なーんてことは、私が許さないよ?町のみんなも同じさね。少しの間だったけど、みんなユメに迷惑をかけてきたんだ。今度はユメが迷惑をかけたところでおあいこじゃない?」

「でも…」

「伯爵様もアレクサンドラ先生も助けて、笑顔でここに帰ってくる。どうせ頑張るなら一番のハッピーエンドを目指そうじゃないの?」

「フリーダ…町長…うっ」

 今度は私が泣き崩れそうになった。

「ありがとうございます。ご厚意、感謝します。」


――絶対、無事に帰ってきます!

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