第21話 せいれいの気持ち
さぁ、さぁ
中に入って下さい。
私はベンさんの背中を押すように
この異世界の医療は前世とはずいぶん違う。
もちろん「
例えば、前世の
でも、異世界では魔法で状態を確認するだけ。そして治療も状態にあわせた魔法を唱えるだけなのだ。
だからなのか、医者の資格というものがない。
領主の開業許可さえあれば、私のような異世界に来たてほやほやの新米魔女でも診療所を始められる。
とは言え、診察魔法はLv10の高等魔法。決してハードルが低いというわけではないのだけど…。
ベンさんを椅子に座らせて、乱雑に巻かれた包帯をそっと
手の甲から、肘にかけて痛々しい
私は
怪我と一口で言っても、怪我の要素にはいくつかの種類があるので見た目では判断しない、魔法で調べなさい、というのはアレクサンドラ先生に教わっていた頃、口酸っぱく言われ続けたことだ。
私もその教えに忠実に
魔法を唱えた結果、脳内に浮かび上がったのは
・
・体力値 -10
・
レベル3の
次に「
こちらで浮かび上がったのは
・火の精霊の
もしまだ火の精霊そのものが残っていたのなら、まずはそちらを取り除かないといけない。せっかく治療してもすぐに
今回は
そして、もうひとつ浮かび上がったのは…
「ベンさん、一つお尋ねしますけれど、もしかして飲酒しました?」
「な、なぜそのことを!?」
ベンはひどく
「ベンさんの体内から未分解アルコールが検知されたんです。」
「あー、朝御飯の時にな、いつもは
ベンさん、根は好い人なのだろうけれど、この事を知ってしまった以上、私は
「いいですか、ベンさん?アルコールはストレスを発散したり、血行を良くしたり、良い面もありますけれど、反面として注意力や判断力が鈍ったり正確な動作ができなくなったりするんです。この左手の
「む、むぅう。」
図星だったのだろう。ベンはぐうの音も出なかった。
ちなみに、このアルコールの
さて、どうしたものか。すぐ治療して「飲酒してお仕事してはダメですよ?」と、それっぽいお説教して終わり、でもいいのだけれど…。
なんとなく、ベンさんは後日またうっかりをやらかしそうだ。一杯のエールは水みたいなものって言ってたし。
私はちょっとお
「火の精霊の力も使われたようですが、
「ち、違う!あいつらは悪さはせん!」
精霊というのは、この異世界に存在する生命体。
主な精霊は六大精霊と言って、木、火、土、光、水、風の属性を持っており、精霊使いはこの精霊たちの力を借りて、魔法のような力を
精霊に関するありとあらゆる知識はアレクサンドラ先生に習っていた。
「わしが、わしが悪かったんじゃ。酒で足元がふらついて、炭の中に倒れそうになったところを、精霊たちがわしの左手を支えて助けてくれたんじゃよ。でも火の精霊は触れただけで
精霊と精霊使いは強い信頼関係がないと、その力を行使できない。
だから精霊が精霊使いに悪さをするなんてありえない。
私はそれを知った上であえて言ったのだ。
「ベンさん、精霊さん達の気持ちを考えたことはありますか?ベンさんの左手、相当痛いと思います。でも、やむを得なかったとはいえ、ベンさんの左手に火傷を負わせた精霊たちの心は、もっと痛いのではないでしょうか?」
ベンさんがはっとしたような顔つきになる。
「たった一杯、水のようなものと
ベンさんは泣きそうな顔になりながら
「そうじゃのう、ワシは本当に悪いことをした…。」
ベンさんが心から反省したところで私は治療の魔法を唱えた。
今回唱えたのは
本来であれば皮膚や筋肉、血管に神経など、ありとあらゆる体組織を気にしなければならないのだが、その点魔法は便利だ。
あっという間にベンさんの左手は再生され、元の手に戻った。
「そうだ、ベンさん。もし万が一、この先お仕事前にうっかりお酒を飲んじゃったら、診療所に来てくださいね。アルコールを体内から除去する魔法を使いますので。」
「いやいや、もうこりごりじゃ!しかしお主…16歳と聞いておったが、成人したての
でしょ?と言わんばかりに私はニッコリ笑顔で返した。
ベンさんもガッハッハと大声で笑い、診療所内は和やかな雰囲気に包まれた。
その日から、ベンさんの治療の噂を聞きつけた人たちが大勢診療所にやってきた。(正直、診療所が
どうやら私の
それを完璧に元通りにしてみせたのだから…。まぁ、能力値
色々と不便で都合が悪い能力値
患者さん達のお話を聞くと、薬屋のノアさんがいなくなってから、町の医療事情は
確かに、ここから一番近い医者がいる町はチューリヒ。馬車でも2日はかかる。
病気や怪我のとき、私が来るまでは症状が軽い人はひたすら我慢して自然治療。我慢できないものは買い置きの薬。それでもダメなときは馬車にのせてチューリヒに向かっていたのだそうだ。
「ユメさんが来てくれて、ほんっと助かっとるよ。」
早くも常連になったおばあちゃんは、口ぐせのように私に言ってくれる。
前世では得られなかった仕事のやりがいを毎日感じ、私はついつい診療所に夢中になってしまった。
そして、それはひとつの小さな、でも私にとってはわりと重大な問題が起きてしまった。
――家事をやる
「ふふふ。それで、私のところに相談に来たのね?」
「はい、フリーダ町長。お恥ずかしながら…。」
フリーダ町長の家には、雑務を請け負っているライアンがいる。もしかしたら、家政婦の
「ユメさん、具体的には何を頼みたいの?」
「えっと、そうですね。診療所の方は一人で大丈夫なんですが、食事の
「なるほどねぇ。」
そう言って、フリーダ町長はしばらく考え込んだ。
「家事全般をこなせて、定職についていない人ねぇ。心当たりはあるのだけれど…。その前に、一つ聞かせて。ユメはハーフエルフをどう思うかしら?」
え?はあふえるふ?
「あ、あの、すみません、はあふえるふが分からないのですが、どういう方…なのでしょうか?」
私の言葉にフリーダ町長は固まったかと思うと、苦笑いを浮かべた。
「あらあら。ユメ、ごめんなさいね。ハーフエルフというのは、エルフと人間の混血の種族よ。」
なんだ、そうなのか。だから、ハーフなんだ。
「えっと、よくわからないのですけれど…。父母の愛を受け、神様から授かった命に
そもそも私なんて異世界人だ。種族がどうのこうのなんて私にとっては
「良い答えね、ユメ。あなたなら、メアリーを任せられそうね。」
フリーダ町長はハンドベルを鳴らしてライアンを呼ぶと、メアリーを連れてくるように言った。
5分後、部屋に現れたのは暗い表情の女の子だった。
そして開口一番、彼女はこう言った。
――ヒト、嫌い…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます