第17話 温泉探偵ユメ・解決編

 くだひゃい? くだひゃい?

 エルフの隊長たいちょうたちはみなひそひそ声で「いまんだ?」「くだひゃいって言ったよな?」と話している。

 顔から火が出る思いだったが、会議の場が少し静かになったのはありがたい。

 私って別に「肝心かんじんなところでセリフをむドジっ子」という属性ぞくせいはないはずなのに、なんで今日にかぎって!…でも、結果オーライとしよう。言ってしまったものは仕方がない、うん。

 そう自分で自分を納得なっとくさせた。


「皆さん、初めまして。私の名前はユメ。オルデンブルク伯爵家はくしゃくけのアレクサンドラ先生の弟子でしです。」

 隊長たいちょうたちの表情ひょうじょうがぐっと変わった。

「おお、あの高名こうめいなアレクサンドラ先生のお弟子でしさんということは…おじょうさん、あなたも医者いしゃなのですか?」

「はい。」

 隊長たいちょうたちにどよめきが走る。

「あの、それではユメさん。腹痛ふくつうの者をてやってはくれませんか?」

「はい。勿論もちろん、そのつもりです。その前に皆さんにお話をしておかないといけないことがあります。」

 なにを話すのだろうか…と隊長たいちょうたちは身を乗り出してきた。

 ようやくこちらに耳をかたむけてくれるようになった。アレクサンドラ師匠ししょう知名度ちめいどが高くて助かった…と胸をなでおろす。


 私は一呼吸ひとこきゅうついて、続きを話し始めた。

「今回、腹痛ふくつう原因げんいんになったのは井戸水いどみず高濃度こうのうど無臭むしゅう硫黄いおうが含まれていたことが原因げんいんです。」

 無臭むしゅう硫黄いおうというのは前世には存在しなかった物質ぶっしつだ。

 そもそも硫黄いおうなのに無臭むしゅうなどありえない。

 私も初めて聞いた言葉だが、井戸水いどみず水質すいすつ調査ちょうさのために『インスペクティオン』の魔法をとなえたさい、この単語とその性質せいしつ脳内のうないに浮かんだのだ。

「ユメ、あなた毒薬どくやくいって言ったじゃない。」

 ソフィアが反論はんろんした。

「ソフィア、無臭むしゅう硫黄いおう毒薬どくやくではないの。自然に存在そんざいする物質ぶっしつで、有用ゆうようなものでもあるから。ただ、大量たいりょう摂取せっしゅするとおなかこわすみたいね。」

有用ゆうようってどんな風に有用ゆうようなのよ?」

 ソフィアが食い下がる。

「えっとね。無臭むしゅう硫黄いおうは口から摂取せっしゅしなければ…たとえばはだに少しれる程度ていどでは害はありません。むしろ、無臭むしゅう硫黄いおうが含まれているお湯にかると、はだ保温ほおん保湿ほしつ効果こうかられたり、新陳代謝しんちんたいしゃが良くなってはだなめらかになったりします。そしてこの無臭むしゅう硫黄いおう、ここエレン村の温泉に高濃度こうのうどで含まれているんです。」

 隊長たいちょうたちがザワザワし始める。

「ユメ、それってもしかして…」

「ええ。おそらく、宿の建設けんせつのため温泉おんせん拡張かくちょうしたさいに、温泉おんせん井戸水いどみず水脈すいみゃくつながってしまったのではないかと思います。」


「ちょっとよろしいかな?」

 一人のエルフとしてはやや屈強くっきょう身体からだつきの男性が手をげた。

「はい。何でしょう?」

「私は温泉宿おんせんやど工事こうじ責任者せきにんしゃのブラムスともうす者。水脈すいみゃくと言うのは初耳はつみみなのだが、いったいどういう物なのかな、おじょうさん?」

 私もくわしくはないけれど、前世で土木どぼく関係かんけいの人に教えてもらった知識ちしきを思い出しながら説明せつめいする。

「ええと、森に雨がると雨は地面じめんに消えていきますよね?もちろん、森の木々が根から吸収きゅうしゅうする水もありますが、木々が吸収きゅうしゅうできなかった水は、地面じめんの下で水たまりになったり、川のように流れたりするんですよ。」

 こまかく言うと間違まちがっているかもしれないが、そこは私もうろ覚えだし、この場は大まかに伝わればいいだろう。

「おじょうさん、うそはよくねえですよ。地面じめんの中に川や水たまり…そんなのがあればすぐに気づくさぁ!」

 ブラムスが眉間みけんにしわをせる。

 うん、わかる。私も最初ピンとこなかったもん。

「川や水たまり、といっても皆さんが普段ふだん目にするようなものではありません。砂などの目があらくて水が通りやすいところにまったり流れたりするんです。」

 そう言って私は目の前にすわっている女性エルフの目の前にすわった。

 女性エルフの目の前には水差みずさしと陶器とうきのコップが置かれている。

「お借りしますね。」

 女性エルフはあっけにとられているのか、無言むごんのままうなずいた。

「皆さん、この陶器とうきのコップは水がみ出しませんよね?陶器とうき原料げんりょうである粘土ねんども水を通しません。ブラムスさん、工事をしたさい粘土ねんどが出てきませんでしたか?」

 ブラムスが思い出したような顔をした。

「そう言えば、ぬるっとした土が出てきたな。そういやぁ、そのすぐ上の砂がやたらと湿しめっているとは思ったんだが。」

「それです!!」


 後になって知ったのだが、エルフは森にくわしい「森の民」と言っても、知識ちしきがあるのは地面じめんより上の部分だけ。

 地下の構造こうぞうはよく知らないらしい。

 そこにミュルクウィズぞくはじめての大規模だいきぼ建設けんせつ工事こうじでよく分からないまま水脈すいみゃくつなげてしまった、というのが今回の事件の原因げんいんだった。


 ここから先はエルフのえらい人たち会議かいぎで話し合う事。私は私の出来ることをしよう…と村長むらおさの家を後にして、私は腹痛ふくつうになったエルフさんたちの家を訪問ほうもんして、治療ちりょうを行った。

 原因げんいんがわかっているので、対処たいしょは楽である。

 私は体内の毒物どくぶつを消し去る魔法を応用おうようすることにした。

 魔法がわは何が毒物どくぶつで何が毒物どくぶつでないかを自動判別じどうはんべつしてはくれないので、魔法を使うがわが何を除去じょきょするかを選択せんたくする。今回は無臭むしゅう硫黄いおうのみを選択せんたくし、体内から除去じょきょすればよい。

 これならば、魔力値最大カンストの私が使っても、体内に残留ざんりゅうした無臭むしゅう硫黄いおう除去じょきょされれば終わりなので、身体からだに他の影響は出ない。

 患者かんじゃが皆、症状しょうじょうが軽くて回復かいふくを行う必要が無かったのは僥倖ぎょうこうだ。私が回復かいふく魔法を…例えば腹痛ふくつうく魔法を使おうものなら、魔力値最大カンストのため身体を破裂はれつさせてしまうので…。


 一仕事ひとしごと終えると、ソフィアの自宅でたいへんもてなされた。

 森の民だけあって、森のめぐみがたくさん。

 野ウサギのソテー、木の実のスープ、季節きせつ果実かじつをふんだんに使ったスイーツ。

 伯爵家はくしゃく貴族きぞく料理も大変美味おいしかったが、こちらの料理は野趣やしゅあふれていて、負けずおとらずの美味おいしさだった。

「ねぇ、ユメ。今日は私の部屋で一緒いっしょに寝ましょう?」

 そろそろ就寝しゅうしんの時間だが、ソフィアはまだお話をしたいらしい。

「いいよ。」

 ああ、こういう『友達とのおとまり会』というのにあこがれていたんだよなぁ…。社畜しゃちくボッチだった前世からは考えられない。


「ユメ、今日はありがとね。」

「ソフィアったら、それ今日5回目だよ?」

 そう言って私はクスクス笑う。そんなに気を使わないでよ、という気持ちも込めて。

「ううん、あのね。今回の一件いっけんで私たち…最初はチューリヒの町の人をうたがっていたじゃない?もしユメが解決かいけつしてくれなかったら、おそからぬうちに町の人たちとの間でいざこざが起きていたと思うわ。そうなっていたら、取り返しのつかないことになっていた。だからね、本当に感謝かんしゃしているの。」

「うん。」

「私たちはエルフであることにほこりを持っているわ。先祖せんぞ代々から受けがれてきたそのほこりをけがさないでくれた。これはね、ユメが思っている以上に感謝かんしゃされるべきことなの。」

「そう…なんだ。」

 私自身は、旅の途中とちゅうで事件にき込まれて、たまたま自分の能力をかして解決かいけつできただけで、これといって大したことをした覚えはないのだが…。でも、これ以上は押し問答もんどう有難ありが感謝かんしゃの気持ちをいただこう。


「ねぇ、ソフィア。ひとつお願いがあるんだけど。」

「なぁに?ユメ。何でも言って!私ができることなら何だってするわ!」

 そんな完璧かんぺき美人びじんの顔で何でもする、と言われるとこちらが赤面せきめんしてしまう。

「また、ソフィアのおうちに遊びに来てもいいかな?」

「そんなことでいいの!?いつでも、いつでも大歓迎だいかんげいよ、ユメ!好きな時に遊びに来て。そしてまた温泉おんせんに入りに行きましょう!」


「あの、ユメ…私からもお願い…いいかな?」

「なぁに、ソフィア?」

「私と、その…あの…えっとね、お友達ともだちになって欲しいんだ。」

 私はぷっとき出してしまった。

「ひ、ひどいわ、ユメ!私の頑張がんばった告白こくはくを笑うだなんて!」

「ううん、ごめん、ごめん。そういうわけじゃないの。あのね、ソフィア。私はもうとっくに…」


――貴女あなたとお友達ともだちだと思っていたわ?

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