第16話 温泉と井戸と浄化の魔法

 ちゃぷっ ちゃぷっ

 露天ろてん風呂ぶろに手を入れたり出したりする。

「あぁああ…。最っ高だわ。」


 エレン村に到着とうちゃくするなり、ソフィアは何やら立派りっぱな建物に入って行った。そうかと思うとすぐに出てきて、案内あんないされるがまま私たちは、早速さっそく温泉おんせんに入りに行った。

 となりではソフィアも露天ろてん風呂ぶろかっている。

 なんというか…筋肉質きんにくしつではない、だがきたえられたスレンダーな体型たいけい

 無駄むだ脂肪しぼう一切いっさいない感じなのに、女性ならではのやわらかさも感じる曲線美きょくせんび

 女同士どうしなのにドキドキしてしまう。

 これ以上見つめ続けると、なんだか百合ゆりな感情がいてきそうだし、そもそも失礼だ。私はソフィアから目をそらし、茜色あかねいろまりつつある空を見上げた。


 しかし、なんと素敵すてき温泉おんせnなのだろう。

 特に色やにおいはしないお湯。

 だが、肌触はだざわりはとろっとろでとても気持ちが良い。

 ここまでの歩きたびつかれがぶ気持ちだ。(実際じっさいは体力値が最大値カンストなので、ほとんどつかれを感じていないのだけれど)

「んっんんんー」

 私は両手を上げてびをした。

 ミューレンの町に住み始めてからも、ここエレンの村の温泉にはちょくちょく入りに来よう…私はかた決意けついした。


 露天ろてん風呂ぶろまわりは木々や花が自然な感じでえられていて、とてもながめがよい。

 こんな手の込んだつくり、前世の日本だと超高級ちょうこうきゅうなお宿でしか見られないやつだ。

 あれ?そういえば、ここまだオープン前じゃなかったっけ?

「ねぇ、ソフィア。この温泉宿おんせんやど開業かいぎょう前なのでしょう?お風呂ふろに入っちゃっても良かったの?」

 ソフィアは戦士長せんしちょうの娘。何かコネでゴリ押ししたのではないかと不安になった。

大丈夫だいじょうぶよ、ユメ。村の警備隊けいびたいは、任務後にんむご温泉おんせんに入れるという特典とくてんきなの。おかげさまで、無報酬むほうしゅうなのに警備隊けいびたい志願者しがんしゃが増えたわ。」

 ソフィアがフフッと笑う。

「でも、私は警備隊けいびたいじゃないわよ?」

 ソフィアは良くても、私は不味まずいのではないか?

「それも大丈夫だいじょうぶよ。ユメはめずらしくミューレンの町に行く人ですもの。ユメの口からミューレンの町の人たちにここの温泉おんせんが良かったよって評判ひょうばんを広めてくれたらうれしいな…と。だから今日は村長むらおさにお願いして、特別待遇とくべつたいぐうにしてもらったわ。」

「そ、そうなんだ。ありがとうございます。」

 なるほど。村に着くなり、ソフィアが入った建物は村長むらおささんの家だったのね。

 つまるところ、広告こうこく宣伝費せんでんひわりに無料むりょう招待しょうたいというわけだ。このソフィア、なかなか商魂しょうこんたくましい。

 エルフってもっと高飛車たかびしゃ浮世離うきよばなれしたイメージ(偏見へんけん?)があったけれど、こんな人もいるんだなとしみじみ思った。


「ねぇユメ。どうしてユメはミューレンに行くの?観光かんこう?」

 私はこれまでのいきさつを簡単かんたんに話した。もちろん異世界転生者てんせいしゃというのと、トイフェルや夜天やてん装備そうびの話は内緒ないしょで。

「ふぅん、それでスローライフを求めてミューレンの町にね。うん、あそこお医者いしゃさんがないはずだし、いいと思うな。」

「うん。」

 前世で言うところの僻地へきち離島りとう赴任ふにんするお医者いしゃさんのような感じだものね。

医者いしゃってことは、ユメは浄化じょうかの魔法を使えるの?」

一応いちおう、使えるよ?あ…もしかして井戸いど水に?」

「うん、お願いできるかな。さてと、私はそろそろ上がるけど、ユメは?」

「じゃぁ私も。」


 温泉宿おんせんやどから出て、20メートルくらい歩いたところにその井戸いどはあった。

「ここよ。」

 私自身、前世は都会とかい育ちで、井戸いど実物じつぶつを見るのは初めてだが、田舎いなか風景ふうけい時代劇じだいげきでよく見るような物と同じつくりだ。

 こしの高さまでレンガがまれ、井戸いどの上には滑車かっしゃが付いている。

 さっそく滑車かっしゃについたおけで水をくみ上げた。

「まずは成分せいぶんを調べるわね。」

 そう言って私は井戸いど水に何がふくまれているかを調べる呪文『インスペクティオン』をとなえた。

 以前、アレクサンドラ師匠ししょうが私の身体しんたい状態じょうたいを調べるために使った魔法、そして私が師匠ししょうに最初に教えてもらった魔法だ。

 人の体にも使えるし、生物せいぶつ無生物むせいぶつ問わずなんでも使えるので汎用性はんようせいが高い。

 結果けっか脳内のうないにプリントアウトされるような感じでイメージがボウッと浮き上がる。

「マグネシウムとナトリウムとカルシウムは少し多い気がするけれど、健康けんこうがいするほどじゃないわね。」

 しかし、気がかりなあたいがあった。

 おかしい、井戸いど水に大量に含まれるものではない…。

毒薬どくやくとかそういう成分せいぶんはあった?」

「いえ、毒薬どくやく検出けんしゅつされませんでした。あの…本当に浄化じょうかの魔法を使いますか?」

「どうして?」

「うーん…そうですね。説明せつめいするよりはやった方が早いかもです。とりあえず、おけんだ水でやってみますね。」


 この世界の医療いりょう行為こういは魔法が中心とはいえ、精製水せいせいすいがあるにしたことはない。

 なので、私も医者いしゃはしくれとして、水質すいしつ浄化じょうかの魔法は師匠ししょうから習っていた。

水質浄化ライニグン!』

 私が呪文じゅもんとなえると、おけまれた井戸いど水が一瞬いっしゅんボウッと光り、水から光をはなきりいてきて、そしてすぐにそのきりは消えた。

「終わった…の?」

 ソフィアがのぞんできた。

「はい。もう、不純物ふじゅんぶつは入っていません。安全あんぜんに飲めますけれど…美味おいしくないと思いますよ?」

 私はねんのためくぎをす。

「まさか!浄化じょうかした水なら美味おいしいに決まってるでしょ!?」

 そう言ってソフィアは手近にあった柄杓ひしゃくおけから水をすくって飲む。

「う…美味おいしくない…」

 ソフィアが眉間みけんにしわをせながら言った。

「でしょう?えっとね、ソフィア。お水って無味むみ無臭むしゅうだけれど、わずかにふくまれるミネラルっていう成分せいぶんがあるから美味おいしいと感じるの。でも、私の浄化じょうか魔法まほう医療用いりょうようなので、そのミネラルすらも取り除いた精製水せいせいすいになってしまうのよ。」

「ユメの言う精製水せいせいすいというのがよくわからないのだけど、水の美味おいしさを取りのぞいた水になる、そういうことなのね。」


 この異世界では精製水せいせいすいという言葉は一般的いっぱんてき馴染なじみがかったのか。でも、ソフィアの理解りかいが早くて助かった。

 ちなみに、水質浄化ライニグン魔法は、フィルターで不純物ふじゅんぶつをろする原理げんりに近い魔法で、魔力値が小さいと不純物ふじゅんぶつは完全に除去じょきょできない。

 しかし、魔力値最大カンストの自分がとなえる水質浄化ライニグン魔法だと、一切いっさい不純物ふじゅんぶつが無い超純水ちょうじゅんすいになってしまう。

 医療用いりょうようとしては有用ゆうようでも、飲んで美味おいしい代物しろものではない。

 勿論もちろん魔力まりょく制御せいぎょのスキルがないので、ミネラル成分せいぶんだけを残して美味おいしい水を生成せいせいする…などといった調整ちょうせいはできない。


「これがユメのしぶっていた理由なのね」

 ソフィアは得心とくしんしたようだ。

「そうなの。ごめんなさいね。水の美味おいしさって口で説明するよりも、飲んでみたほうが早いと思ったから。」

「ううん。ありがとう。納得なっとくしたわ。あの、ユメ、美味おいしくなくてもいいから、井戸いど浄化じょうかだけはできないかしら?」

 あとは自然しぜん地下水ちかすいまれば元に戻る、ということだろう。

 汚染おせんされたままなのが不安なのもよくわかる。だけど…

「ごめんなさい。今はまだ、できないわ。その前にもう一度温泉おんせんに行ってもいいかしら?」

 何が何やらさっぱりわからず、ソフィアがこまったような顔をしている。

 そんなソフィアに私はニッコリと笑顔えがおこたえる。

「安心して。今日中に井戸いど問題もんだい解決かいけつするはずだから!」

 私の自信じしんたっぷりの顔に負けたのか、ソフィアはもう一度温泉宿おんせんやどに連れて行ってくれた。


 温泉宿おんせんやどのスタッフにはソフィアが話をつけてくれた。

 なんだかわがまま言ってもう一度入りに来たみたいでもうわけない…。

 ってちょっと待って!

「え?入るんじゃないの?」

 脱衣場だついじょうで服をぎ始めたソフィアをあわてて止める。

「ご、ごめんね。言葉足らずで。」

 そう言って私は素足すあしになると露天ろてん風呂ぶろへと向かった。

「インスペクティオン」

 私は温泉おんせん成分せいぶんを調べるため、魔法を使った。

 やはり…。


「ソフィア、村長むらおさに会わせてくれない?」

 真剣しんけんな私の顔を見て、ソフィアも何か感じ取ったのだろう。

「うん…。あ、でも今の時間はかく隊長たいちょうが集まって会議中かいぎちゅうかも…。」

「だったら、なおのこと都合つごうがいいわ。お願い、ソフィア。これは大事なことなの。井戸いど水のなぞけたわ。」

「う…うん。」

 私の気迫きはく気圧けおされたのか、ソフィアは意外いがいにもすんなりと受け入れてくれた。


 とはいえ、エルフの大事な部族ぶぞく内の会議かいぎに、余所者よそものが参加するというのは異例中いれいちゅう異例いれいだろう。

 あんじょう、私の飛び入りをとがめる声があちらこちらから上がる。

 ソフィアも戦士長せんしちょうの娘だが、この会議かいぎでは立場たちばがないも同然どうぜん。私のとなりですっかり委縮いしゅくしてしまっている。

 私もこういう雰囲気ふんいき苦手にがてだ。

 前世でも会社の会議室かいぎしつで、重役じゅうやくかこまれてわけからず叱責しっせきされ続けたことがあったっけ…。今思い出しても、あれが何だったのかよくわからない。

 でも、この場の対処たいしょ方法ほうほうとして正しいのは「強気つよきに出る」ことだろう。

 相手も、小娘こむすめがいきなり強気つよき物申ものもうしてくるとは思わないだろうし。

 私はありったけの声をしぼってさけんだ。


――みなさん!いて

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