第15話 エルフって実在するんですね

 ガサガサ ガサガサ

 の上から風で木の葉がこすれる音にじって、不自然ふしぜんな音がする。

「わ、私はユメという者です。あやしいものじゃないです…あ、あのオルデンブルク伯爵様はくしゃくさま身元みもと証明しょうめいもありますっ!」

 相手はおそらくの上にいるのだろう。大きな葉にかくれてこちらからは姿が見えない。

 私は、何となく音と声のする方に向かってさけぶ。そして、かばんから伯爵はくしゃく身元みもと証明しょうめいを取り出し、頭上ずじょうかかげた。

「そのまま動くな。」

 ふたたび声がしたかと思ったら、私の目の前に何者かがり立った。

 の上から飛びりたであろうに、しずかに着地ちゃくちするなんて、何ともかろやかな身のこなしだ。

 いったい何者なんだろうとおそおそる見てみる。かみかたまでの長さで、色はシャンパンゴールド。絹糸きぬいとのような光沢こうたくまぶしい。

 はだき通るように白く美しい。

 ひとみの色はスプリング・グリーンで切れ長の目には長い睫毛まつげ。まるでギリシャの彫刻ちょうこくが動いてるかのような絶世ぜっせい美形びけいだ。

 ややひかえ目ながらも胸の2つのふくらみから、この人は女性だと思われた。

 いや、人…なのだろうか?

 人にしては耳が長い。えっと…たしかこういう人達って…

「エルフ…さん?」

 私は|前世のファンタジーにかんするおぼろげな記憶きおくをたぐりせた。


如何いかにも、私は森の民エルフ。」

 さすがファンタジーの異世界。

 エルフって実在じつざいするんだとしみじみ思った。

 あれ、そう言えば神様がこの世界にはエルフもいると言っていたような気が…。

「すまないが、その身元みもと証明しょうめい、本物かどうか調べさせてもらう。そのまま動かないで。」

 そう言うが早いか、エルフの女性は呪文じゅもん詠唱えいしょうし始めた。

 すると、伯爵はくしゃく身元みもと証明しょうめいがボウッと青白く光った。

「本物の証明…これは失礼しました。いきなり呼び止めたことを謝罪しゃざいします。その、このあたりでは見かけない方だったので…。」

 エルフの女性はばつが悪そうに顔を赤らめながら顔を横にそむけた。


 いきなりでおどろいたが、悪い人ではないのだろう。ん、人じゃなくてエルフ…。もう、いちいち面倒めんどうくさいので人って言うときがあってもいいよね?

 とまれ、このエルフさんは使命感しめいかん責任感せきにんかんが強い人なのだろう。

「ユメ殿どの…でしたね。」

「は、はい。ユメです。」

 どうもこのエルフさん、美人ぎて目が合うとドキドキしてしまう。

あらためまして、私の名前はソフィア。ミュルクウィズ部族ぶぞく戦士長せんしちょうアステアの娘です。」

 部族ぶぞくとか戦士せんしとか、世界の秘境ひきょうたずねるテレビ番組でしか聞かなかった言葉だなと思った。

「実は昨日、不審ふしんな事件が起きまして、こうして村付近ふきん警備けいび強化きょうかしていたのです。」

「は、はぁ…。」

 これ、もしかして危険きけんなやつじゃない?

 トラブルにまれて…って、私は小説とかゲームにはうとい方だけど、それでもこういう展開てんかいがお約束なのは知っている。

 小説は主人公が何とか解決かいけつしちゃうけれど、ここは現実。死んでしまったら元も子もない。今は目指めざせ、スローライフだもん。


「あの、おどろかせてしまったおびをさせていただきたいので、村に立ちっていきませんか?」

 ソフィアが申しわけなさそうに言った。

 やはりこの展開てんかい…。

「い、いえ、ソフィアさん。そんなにおどろいたわけでもありませんので、お気になさらず。」

「ユメ殿どのは先を急がれるのですか?」

「そういうわけでもないのですが、ミューレンの町まで行く予定でして。今日中に次の宿場町しゅくばまちまで歩いておきたいなと…。」

「だったらなおさらですよ?」

 どういうことだろう?私はその言葉が引っかかった。

「ミューレンの方角に向かうのでしたら、この先まだまだ森の中を歩かねばなりません。次の宿場町しゅくばまちに着くころにはすっかり夜もけています。夜の森は夜行性やこうせいの肉食モンスターがえさを求めて歩き回るので女性の一人旅はとても危険きけんかと。」

 うう、それはいやだ…。

 そして、続けて言ったソフィアのひと言に私の心はうばわれてしまう。


――それに、村には温泉もありますよ?


 温泉、なんと甘美かんびひびきなのだろう。

 日本人なら100人いれば95人以上は好きと答える(と私は確信かくしんしている)最高のリラクゼーションスポット、それが温泉だ。

 もちろん、私も温泉は大好きだ。いつか、社畜しゃちく生活の合間あいまに温泉に行こうと思っていた。でもその夢はかなうことなく死んで異世界に…。なかば温泉はあきらめていただけに、強くかれてしまう。

「わかりました。せっかくのご厚意こうい、甘えさせて頂きます。」

 ソフィアは警備けいび任務にんむ副隊長ふくたいちょうと呼ばれた男性エルフに引きいで、村までの案内をしてくれた。


 村に向かう途中、ソフィアは「今日は自分の家にまっていくといい」と言ってくれた。

 これも伯爵はくしゃく身元みもと証明しょうめいのおかげなのだろうか?あらためてすご効力こうりょくだと思った。

「そういえば、ソフィアさん。」

「ん?どうしましたか、ユメ殿どの。」

 うーん、この言い方はどうにも馴染なじめない。

「えっと…その前にまずは、ソフィアさんさえよろしければ「ユメ」とんでくださいませんか?」

「ああ、そういうことですか。そうですね、ではユメ。私の事もソフィアと呼んで欲しい」

「うん、わかったわ、ソフィア!」

 私たちはお互いに顔を見合わせてにっこり笑った。

 このソフィアはレフィーナとはまた違っていい人だなと思った。

 っすぐで、裏表うらおもてを感じない。


「じゃあ改めてソフィア、さっき言ってた不審ふしんな事件ってなぁに?」

「あぁ、そういえばまだ、お話ししていませんね。」

 そう言ってソフィアは村で起きた事件を話し始めた。


 ソフィアたちミュルクウィズ部族ぶぞくはエルフの中では社交的しゃこうてきな方で、他種族たしゅぞくとの交流こうりゅう抵抗ていこうがない。(エルフの中には他種族たしゅぞく集落内しゅうらくないに足をみ入れただけで、問答無用もんどうむようで切りかかってくる者たちもいるとか…)

 その社交性しゃこうせいを買われて、オルデンブルグ伯爵はくしゃくから直々じきじきに村に温泉宿をつくってほしいという依頼いらいがあったのだそうだ。

 私が今朝出発した宿場町しゅくばまちからミューレンの町の方向に向かって次の宿場町しゅくばまちは、先刻せんこくソフィアに警告けいこくされたとおりはなれすぎていて、徒歩だとまだも登らぬ早朝に出発しないと真夜中まよなかになってしまう。

 余談よだんだが、西にあるチューリヒという町の方が往来おうらいが多く、私が止まった宿の人もチューリヒに向かうものと思い込んでいたので、特に警告けいこくはしなかったのだろう。ここなら日没までには着くらしい。

 話を戻そう。往来おうらいごくわずかとはいえ、宿場町しゅくばまち同士がはなれている問題はオルデンブルク伯爵家はくしゃくけの長年の課題かだい

 エルフの村に温泉が出たというのは渡りに船だったというわけだ。

 ただ、温泉といっても以前は温かい池のようなものがあっただけ。

 垣根かきねなどもなく、利用する者はだれもいなかった。

 この温泉宿おんせんやど建設けんせつをきっかけに、男女別の垣根かきねかこわれた立派りっぱ露天風呂ろてんぶろができたのだった。

 かつて宿場町しゅくばまちで宿を経営けいえいしていた人たちからのアドバイスも受け、いよいよオープン間近まぢかせまった昨日、事件は起こった。

 村の井戸水を飲んだ者が腹痛ふくつうおそわれるようになったのだ。

 

「私たちはこの温泉宿おんせんやど反感はんかんを持った人たちのいやがらせだと思っているわ。あ…ユメ、安心してね。滞在たいざい中は戦士長せんしちょうの娘の名にかけて、不埒者ふらちものには指一本れさせないから!」

 ソフィアの顔がけわしくなる。

「私たちの村が宿場町しゅくばまちとなることで、ミューレンの町へ行くのは便利になるのだけれど、西の町チューリヒに行く人にはそんなに恩恵おんけいがあるわけではないの。むしろ、チューリヒの町とは近いから私たちの村にお客さんをとられるという逆恨さかうらみで…というのが私たちの推論すいろんだけれど、動機どうきはあっても証拠しょうこがないのよね。そもそもどうやって村に侵入しんにゅうしたのかわからない。」

 そう言ってソフィアは大きくため息をついた。

 なるほど、それで村の周りを巡回じゅんかいしていたわけだ。

「自然に井戸が汚染おせんされた、とは考えられませんか?」

 侵入者しんにゅうしゃがわからないなら、その可能性だってある。

「私たちは森の民よ?仮に自然に飲めなくなったのだとしても、ある日突然そうならないのは経験けいけん上知っているわ。」

 なるほど…森の民、自然のプロがそう言うのなら間違まちがいないだろう。


「村の井戸が使えないんじゃ、大変ですよね。生活とか大丈夫ですか?」

 私はエルフの人たちの生活が少し心配になってきた。

「そうね。でも、少しはなれているけれど小川があるので、きれいな水はめるから大きな支障ししょうはないわ。」

 良かった。

 心の底からうらんでいるのであれば、その小川だって使えないようにするだろう。

 でも村の井戸が汚染おせんされただけで生活に大きな支障ししょうがない、ということはやっぱりちょっとしたいやがらせなのだろう。


 しばらく歩くと、モンスターけのさくで囲まれた集落しゅうらくが見えてきた。


――ようこそ、ミュルクウィズ部族ぶぞくの村、エレンへ!

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