第10話 ガールズトークと下着選び

 ガヤ…ガヤ

 にぎやかな街中まちなかをレフィーナと歩く。

「レフィーナ様、こんにちは。」

「レフィーナ様、ご機嫌きげんよう。」

「レフィーナ様、よいお天気ですね。」

 歩く道中、すれちがう街の人は老若男女ろうにゃくなんにょ問わず皆、レフィーナに挨拶あいさつしていた。レフィーナもにこやかに返事をする。

 これだけでも、レフィーナがどれだけ領民りょうみんしたわれているかがわかる。


 時々小声で

「隣の御令嬢ごれいじょうはどなたかしら?」

「金髪がお綺麗きれいだわ」

等々などなど、私のことをうわさしているようなものも聞こえてくる。

 レフィーナの衣服を借りているので、きっと近隣きんりん貴族きぞく令嬢れいじょうが遊びに来たと思われていることだろう。

 なんだか少しこそばゆい。


 大通りと呼ばれるはば10メートルほどの通りをしばらく歩くと、レフィーナおすすめのブティック、エスクーダにたどり着いた。

 エスクーダはお店の道路に面しているがわはガラスりのショーウインドウになっている。前世では普通に見られたお店の作り。だがここにくまでの間、このようなガラスりのお店は見かけなかったので、きっとこの世界ではショーウィンドウというのは豪奢ごうしゃな作りになるのだろう。

「ユメ、どうですか?素敵すてきなお店でしょう?近隣きんりん貴族きぞくの方々も買いけにいらっしゃるのですよ。」

 レフィーナが得意とくいげに解説かいせつした。

すごいわね。でも…お高いんでしょう?」

 おっと、つい前世での常套句じょうとうくを口にしてしまったが、きっと額面がくめんどおりに受け取られているだろう。

「そうね。割と値のる物が多いわ。でも、着心地きごこちもさることながら、品質ひんしつも申しぶんないの。」

 そう言った後、レフィーナが私の耳に口を近づけた。

「あと、下着は特にこちらがおすすめよ。肌触はだざわりが良くて、柔らかい着心地きごこちですし、長持ちもしますの。あと、可愛かわいらしいものが多くて、その…殿方とのがたしとねをともにするときの…評判ひょうばん上々じょうじょうだとか…」

 と小声でヒソヒソ話してきた。

 レフィーナは顔が真っ赤だ。この世界でもこの手の話題は、年頃としごろの女の子としては興味きょうみがあるけれど、口に出すのは照れくさいのだろう。

 それにしても、レフィーナって14さいじゃなかったっけ?ませてるなぁ。いや、私も14さいの時はこんなだったかな。


 ともあれ、私はレフィーナおすすめの下着コーナーへと来た。

 この世界では、ブラジャーは高級品こうきゅうひんあつかいらしい。

 前世でも良いものはそれなりにお高かったのだけれど。

「ユメはCカップかな?ねぇ、何センチ?」

 レフィーナがたずねてくる。

 おおお。この世界にもカップという言葉とセンチメートルという単位があるんだ。

「う、うん。たぶんCだと思うけど。サイズはちょっと…。」

 前世では勿論もちろんちゃんと把握はあくしていたが、なにせこの世界に転生してからははかったことがない。

「だったら一度はかってもらいましょう!店員さーん。」

 そ、そうだね。ちゃんとはからないとね。

 この世界、メジャーなどのはかりものがどれくらい一般的かも分からない。それなら、レフィーナが信頼しんらいしているお店ではかってもらうのがいいだろう。


「お客様はトップが87センチ、アンダーが72センチ、Cカップのサイズ70ですね。とてもお綺麗きれいなバストです♪おすすめのブラをお持ちいたしますね。」

 店員さんは手際よくはかり終えると、ブラを見繕みつくろいだした。

 C70かぁ。B65だった前世とはやっぱり違うなぁ。

 私は両てのひらを自分の胸に包み込むようにあてがい、しみじみと大きさを感じた。

 これがあの神様の趣味しゅみなのかどうなのか、そこは深くは考えないでおこう…。


 店内には試着室しちゃくしつがあったので、そこで試着しちゃくしてみる。

 店員さんが持ってきたのは、ゴージャスなレースがほどこされたフルカップのブラ、そしてリボンのアクセントがかわいい3/4カップのブラ。

 ここエスクーダは立体りったい裁断さいだんによる高い縫製ほうせい技術に定評ていひょうがあるそうで、カップはバストにとてもしっくりくる。ストラップやバックベルトはゆるくもきつくもなく、とても良い心地ごこちだ。

 すごい。

 こんな良いブラ、前世でもつけた記憶がない。


「ねぇ、ユメ。どうだった?気に入ったのあった?」

 試着室しちゃくしつから出てくると、レフィーナはさっそく声をかけてきた。

「レフィーナ、どのブラも素敵すてき!もう全部欲しいくらい!」 

 レフィーナは私の言葉をくと満足そうにうなずく。

「そうでしょう、そうでしょう!あ、でもねユメ。そのフルカップのブラは特に高いと思うわ。」

 え?と思って値段ねだんを見る。

 値札ねふだを見るが…よくわからない。

「えっと、レフィーナ。これはおいくらなのかしら?」

「中金貨1枚ね。」


 私は神様から50万円分のお金を貰っている。

 内訳は中金貨3枚、小金貨10枚、大銀貨16枚、中銀貨15枚、小銀貨8枚、大銅貨9枚、小銅貨10枚だ。

 何が何円かは分からないが、中金貨=10万円、小金貨=1万円、大銀貨=5千円、中銀貨=1千円、小銀貨=5百円、大銅貨=1百円、小銅貨=10円だと、計算上は50万円になる。おそらく、正しいだろう。


 そして思い出してみよう。このブラジャー、中金貨1枚ということは…10万円!?


「た!高い!!」

 思わず声に出してしまった。

「お客様、申し訳ございません。こちらは全体にレース職人しょくにん丹精たんせいを込めて作ったこまやかなレースをあしらっております。素材もシード糸でまれた最高級のものでございますので…」

 店員があやまりながら解説をする。

 悪いことをしてしまった。これではクレーマーじゃないか。

「こちらこそ、ごめんなさい!あの、とても素敵すてきなブラです。素晴すばらしいつくりです。お値段がするのも納得なっとくです。ただ、その…持ち合わせが…」

 私はしどろもどろになりながら、声に出してしまったことをひどく後悔こうかいした。


 よく考えれば、値段が高いのは仕方しかたがないことだ。

 科学技術の進んでいないこの世界。

 レースや刺繍ししゅうなどはすべて職人による手縫てぬいだ。さしずめ先ほどのフルカップブラは「身に着ける芸術品」なのだ。

 結局私は大銀貨1枚と中銀貨2枚…つまり、7千円のブラとショーツをセットで6枚購入した。


 続いて私とレフィーナは下町の衣服店に向かった。

 エスクーダにも服はたくさん置いているのだが、どれもこれもドレスのような豪奢ごうしゃな服ばかりで、どこかで静かに魔女をやりながらのんびり生きていこうと考えている私には不釣ふつり合いすぎた。

「ユメ、エスクーダと違って、下町は着心地きごこちかための服ですけれど、よろしいですか?」

かため?どういうこと?レフィーナ。」

「街の皆様が着ていらっしゃる服は、着心地きごこちよりも耐久性たいきゅうせい重視じゅうしされていますの。かえしリフォームするので、少しゴワゴワした着心地きごこちになりますわ。そして衣服店は新品よりも中古品の取り扱いの方が多いんですよ。でも、値段はとてもお安くて、だいたい一着いっちゃく小銀貨1枚(=5百円)くらいです。」

「それはたくさん買ってしまいそうね♪」

 なるほど、自動織機しょっきがなければ布は大量に作れない。結果、リサイクルやリユースの文化が根付ねづくというわけだ。

 私は前世ではファッションにはうとく、気に入ったものを適当てきとうにフリマアプリで買っていた。だから、リユース品でもよほどの粗悪品そあくひんでなければ気にならない。

 それにしても…レフィーナは貴族のお嬢様じょうさまなのに、みょう庶民感覚しょみんかんかくがあるのね。こういうところがしたしみやすくて人気があるのかも…ね。

 私は感心しながらレフィーナを見た。

「ユメ、どうかしましたの?私の顔に何かついていますか?」

「うふふ。なーんでもない!」

「ええ~!?教えてくださいよぉ。」

 レフィーナがぷぅとほおふくらませる。


 下町の衣服店では日常の服を買い込んだ私たちは、カフェで一息つくことにした。

 レフィーナは山苺やまいちごのタルトとアップルティー、私は木の実の入ったスコーンと珈琲コーヒーに似たカフィーという飲み物を頼んだ。

「ほんとユメは不思議よね~。」

「え?どうしたの、いきなり。」

「だって、言葉遣い…私もなっていない方ですけど、あと作法さほうなんかを見ていると、記憶喪失きおくそうしつ前は貴族というよりは平民だったのかなって思うの。でも、平民の皆さんはブラのカップって気にしないんですよ。気にするのは貴族の女性くらい。」

「え?そうなの?」

「そうですよぉ。エスクーダは平民の方には高嶺たかねの花ですし、平民の皆様はスリップかタンクトップが主流ですから。それとお支払いは私が…と思っていたのですが、ご自身でお支払いになられたのもおどろきました。」

 なるほど。この世界には中途半端ちゅうとはんぱに前世と同じ物があったり、私自身に前世の記憶きおくがあったりするので、この世界での私という存在はかなりアンバランスなのだろう。

 しかしこればかりは、気を付けてどうにかなるものでもないので、なるようになるとかまえるしかない。

 都合が悪いことは全部記憶がないことにしちゃえばいいし。

 うそをつく申し訳なさはあるが、私は処世術しょせいじゅつと思って飲み込むことにした。


「あと、16歳は大人とはいえ、カフィーを砂糖やミルクなしで飲む女性もめずらしいですよ?ユメ」

「え?そうなの?レフィーナ。とてもこうばしくて美味おいしいわよ。」

「そうかなぁ、苦いだけじゃない?」

「その苦みがいいのよ。」

 ブラックコーヒーを格好かっこうよく飲むお姉さんという感じなのだろうか…。

 ところで。

 なるほど、この世界で16歳は大人なのだ。

 前世でもヨーロッパは16歳で飲酒できたような記憶がある。ドイツだとたばこも16歳じゃなかったかな…。日本だって、16歳から結婚できるので、そういう意味では大人と言われても不思議ではない。

 (まぁ、元は24歳OLなんだけどね)


 楽しい買い物けん散歩を終えた私たちは、伯爵邸はくしゃくていへと戻った。

 玄関でアレクサンドラにばったり会った。これから街の病院に向かうところらしい。

「あの、ユメさん?」

 アレクサンドラがはっとした顔で切り出した。

 私は何かしてしまったのだろうか?

「は、はい。なんでしょう?」

「あの、それはもしかして、衣服ですか?」

「はい、そうです。」

「あの、たいへん言いにくいのですが…」

 なんだろう?


――その服をずっと着るのはおすすめできません

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る