第9話 できることとできないこと

 ちょっと、ちょっと

 いったいどういうことなのだろう。

 私は言いがたい不安におそわれた。


「ユメ、あのね。魔法は何も考えずに使うと、自身の持つ魔力値まりょくちの最大出力しゅつりょく発動はつどうしちゃうの。その魔力値まりょくち抑制よくせいするのが魔力まりょく制御せいぎょというスキル。ユメほどの高い魔力値まりょくちなら、持っているのが当たり前なのだけれど…」

 アレクサンドラの眉間みけんには、しわがったままだ。

 なるほど、確かに魔力値まりょくち制御せいぎょすることは大事だ。これがないと、私は世界最大・最強の魔法を発動はつどうし続ける、とんでもない魔女になってしまう。

 でも、なんでそのスキルを持っていないんだろう…。


――あ。


 私は思い出した。

 そうだ、私は神様からスキルについて「のぞむものを渡す」と言われた。そこですべてのスキルが欲しいと言ったら「持つことで不幸になったりうとまれたりするスキルもある」とアドバイスを受けて…結局何一つもらわずに、全てのスキルを辞退じたいしたのだった。

 なんて馬鹿ばかなの、あのときの私。

 ダメじゃん、これ。ダメなやつじゃん。

 どうしよう、本当にどうしよう…。

 というか、神様!なんでそんな大切なことを言ってくれなかったの!!


「あ、あの今からでもそのスキルって習得しゅうとくできますか?」

 私は絶望ぜつぼう涙目なみだめになりながらアレクサンドラにたずねた。

「そうね、不可能…ではないとは思うけれどユメ次第しだいなの。」

「どういうことですか?」

魔力まりょく制御せいぎょのスキルは、魔力値まりょくち上昇じょうしょうあわせて習得しゅうとくできるスキルなのよ。つまり、魔力値まりょくちが今よりびることがあれば習得しゅうとくできるけれど、今以上にびなければ習得しゅうとくできないわ。」

 はい、んだ。

 みましたよ…。

 だって、私の能力値のうりょくち最大カンスト。つまり、これ以上びる余地よちなんてない…。

 どうして能力値のうりょくち最大カンストなんて言っちゃったかなぁ…。


「ま、まぁ、あのね?何もかもがダメというわけではないのよ?」

 私のあまりの落胆らくたんぶりに、アレクサンドラがフォローを入れた。

「例えば診察しんさつ魔法。これは出力しゅつりょくが上がれば詳細な症状が分かるだけで、魔法をかけられた相手に負担ふたんは無いの。だからこういう魔法なら大丈夫なのよ。ね?」

 そうか、診察しんさつ魔法なら魔力値まりょくち最大カンストでも問題ないんだ。

「あの、では治療ちりょうをする魔法の方はどうなんでしょうか…?」

 私はおそおそるアレクサンドラにたずねた。

「そうね。治療ちりょう魔法は使ってよいものと使わない方がよいものがあるわ。使ってよいものは、上限値じょうげんち以上に突破とっぱ出来できないものね。例えば、骨折こっせつ接合せつごう傷口きずぐち修復しゅうふくなどの再生さいせい魔法。」

 ふむふむ。

 再生さいせい魔法は、もともどすことがゴールなので、それ以上の魔力まりょくを使っても元の状態以上に変化することは無い、というわけだ。

「でもね、体力の回復かいふく免疫力めんえきりょく向上こうじょう、そういった魔法は使わない方がいいわね。これらの魔法は診察しんさつ魔法で知り症状しょうじょうもとづいて、適正てきせい魔力まりょくを使わないといけないのよ。もし、その人の許容量きょようりょう以上に魔力まりょくを使ったら…」

 アレクサンドラが言葉にまった。

 私はゴクリとつばを飲み込み、たずねる。

「使ったら、どうなりますか?」


――最悪さいあく身体からだ破裂はれつして死ぬわね。


 使わない方が良いというので、それなりによくない結果になるのだろうと予想はしていたけど、これはさすがにひどい。

 かえしになるけれど、私の能力値のうりょくち最大かんすと。つまり、身体からだ破裂はれつして死亡しぼうするのは火を見るよりも明らかだ。


「ユメはルフトバロンの実はおぼえているかしら?」

 唐突とうとつにアレクサンドラにたずねられた。

「い、いえ。」

 アレクサンドラの説明によると、ルフトバロンは街外まちはずれの草原や川のほとりでよく見られる雑草ざっそう一種いっしゅで、春に小さい黄色の花が咲き、夏になると透明とうめいまくおおわれた実をつけるらしい。

 その透明とうめいまくが前世で言うところの水風船そっくりで、子供たちは夏になると小川でルフトバロンの風船に水を入れ、ぶつけ合って遊ぶのだそうだ。

 風船と同じくまく伸縮性しんしゅくせいがあり、ある程度ていど水を入れすぎてもまくが割れることはない。しかし、限界げんかい以上に水を入れるとえきれずに割れてしまう。

回復かいふくけい魔法の危険性きけんせいをルフトバロンの実でたとえるのは鉄板てっぱんなんだけれど、そもそもルフトバロンを知らなかったら、かえって分かりにくいわね。」

 アレクサンドラがもうわけなさそうにはにかむ。

「いえ、とっても分かりやすかったです。」

 まさか水風船を知っているので分かりやすかったとは言えず、私はただただ大袈裟おおげさうなずいてみせた。


「それにしても、ユメは魔法の覚えが早いわね…」

 アレクサンドラの言葉に私は目を丸くする。

 ふと前世では、上司じょうし嫌味いやみったらしく、物覚ものおぼえが悪いとか、要領ようりょうが悪いとかさんざん罵倒ばとうされていたな…と思い出す。あれは私にがあるのではなく、教え方の悪い上司にがあると思うのだけれど…。

「そう…なんですか?」

「そうよ?だって、今日覚えた『スタータスプルフーン』と『インスペクティオン』は最初に言ったようにレベル10の高等魔法なの。宮廷きゅうてい魔女レベルの才能さいのうがある人だって、習得しゅうとくに1年はかかるわ。それに、ユメは…こう言っては悪いのだけれど、呪文じゅもんのスペルがちょっとおかしいのよね。それでもきちんと発動はつどうしてしまっているんだから不思議だわ。私はこれまで博識はくしき自負じふしてきて、知らないものはこの世にはほとんどないと思っていたのだけれど、さすがにこれは説明がつかないの。」

 な、なんてこったい。

 どの能力値のうりょくち影響えいきょうしているのかわからないけれど、きっとこれも能力値のうりょくち最大カンストのなせるわざなのだろう。


「では、午前の講習こうしゅうはここまでにしましょう。」

 いつの間にか日が高くのぼっていた。

 夢中になるとあっという間に時間が過ぎるというのは、異世界でも同じようだ。

 今の今まで気にしていなかったが、胃袋いぶくろがおなかすいたとアピールをしてくる。

「予定以上に進んだので、午後からは自由時間にします。昼食後はレフィーナ様と遊んでいらっしゃいな。」

「はい!先生、ありがとうございました!」

 アレクサンドラの講習こうしゅうはどれも興味きょうみぶかくて、分かりやすいし面白い。

 実技じつぎはすぐに習得しゅうとくできるし、アレクサンドラがそのたびにめてくれるので楽しい。

 きっと一日続けても苦にはならないだろう。

 でも、レフィーナと遊ぶのは、またちがった楽しさがあると思う。


 昼食の際、レフィーナに午後がまるごと自由時間になったとげると、大変たいへん喜んでくれた。

 私はてっきり、食後すぐに街へ行くものと思っていたが、そこはさすがに伯爵はくしゃく令嬢れいじょう。じっくりと衣服いふくを選んでいる。

 私も衣服いふくすすめられたが、一張羅いっちょうらで異世界転生した身。着替きがえなどあろうはずもなく、今回もレフィーナの衣服いふくを借りることになった。(ちなみにメイドが見立みたててくれた)


「そうだった。服とかも買わないと、ね。私、全然ぜんぜん持っていないもん。」

 街に行ったらやらなければいけないことを頭にきざみ込むように、私は言葉に出して言った。

「それでしたら、エスクーダのお店に行きましょう。あのお店は素敵すてきな服がいっぱいありますの。」

 レフィーナは私におすすめするというよりは、たぶん自分自身が行きたいんだろうなと思った。そこはやっぱり年頃としごろの女の子なのだろう。

 …ところで、お嬢様じょうさま御用達ごようたしのブティックって、庶民しょみん衣服いふくもあるのかしら?


 一通ひととおりおめかしを終えると、私はレフィーナと街へり出した。

 こういう体験たいけんは前世でもほとんど覚えがない。いや、こんなに楽しい気持ちで女の子同士でお買い物に行くのは初めてではなかろうか。

 正確には女の子同士…プラス護衛ごえいのウィリアム執事長しつじちょうつきなのだけれど。

 レフィーナは私が年上と分かってから、なんだか妹のように甘えてくる。

 それは私にとって決して悪い気分ではなかった。


――さぁ、ユメどこから行きますか? 

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