第3話 異世界さん、こんにちは

 待って。待って。

 最後に聞き捨てならない言葉を言われて、私はびっくりした。

 趣味しゅみ

趣味しゅみって!なんなのー!あの神様は!」

 私のさけびは果たして神様に届いたのか…それこそ文字通り「神のみぞ知る」だけど。

 ともあれ、白い世界はやがて照明を落としていくかのように暗くなった。


 上を向いているのか横を向いているのか分からない。

 四肢ししの感覚もない。

 私は不安に押しつぶされそうになったが、すぐに感覚が戻ってきた。


――匂いがする


 芳香剤ほうこうざいでは出せない、柔らかく甘やかな香り。

 それと青々とした草の香り。

 恐る恐る目を開ける。どうやら私は横になってたおれているようだ。

 上体を起こすと、辺りは花が咲き乱れる草原であることがわかった。

 花は赤色、白色、青色と様々な色があるものの、どれも花弁かべんや葉が同じ形をしているので、同一の種類かも知れない。前世では花の知識ちしきはほぼなかったので、私が知らないだけかもしれないが、今咲いている花は花屋や植物園では見たことが無いものだった。


 神様の言葉が気になったので、私は自分の身体をチェックした。

 手は日焼けをしていない綺麗きれいな白くかがや肌色はだいろ。さすが16歳。社畜しゃちくでボロボロになった24歳の肌とは大違いだ。

 胸は…?前よりも少し大きくなっている気がする?

「これもあの神様の趣味?あいつ、エッチだわ。」

 神様を「あいつ」呼ばわりもどうかとは思ったが、これくらい言わせてもらおう。でも、前世では頑張がんばってBカップだったのが今は余裕でCはありそう。まんざらでもない自分がいるのは、少し負けたような気がしてくやしかった。


 次に立ち上がってみる。

 足下あしもと見下みおろした感じに変わりはないので、たぶん身長は前と同じくらい。ちなみに転生前は155センチだった。

 体重は、こちらも転生前とさほど変化はなさそう。せすぎているわけでもなく、太っているわけでもない。程よいスリムな体型だ。

 そして肩から流れてきた髪が…

「金髪!?」

 あの神様は昭和しょうわのおっちゃんか!

 会社の飲み会で昭和しょうわ生まれの幹部かんぶ役員達が「金髪巨乳サイコー」と鼻の下を伸ばしながら言っていたのを思い出す。


「どこかで鏡を見られたらいいのだけど…」

 キョロキョロと辺りを見回したが、何もない。いや、奥の方で何かが光った。

 近づいてみると、それは直径20メートルくらいの池だった。風が吹いていないので、池は全く波立なみたっていない。これなら、水面みなもを鏡のように映して自分を見ることができそうだ。

 池の水質すいしつはとても綺麗きれいで、このまま飲めそうなほど透明な水だった。

 透明度が高すぎたせいで、鏡のように完璧かんぺきに色が分かるほど映ったわけではないが、だいたいの顔や色は分かった。

 肌は白人と言うよりは、日焼けをしていない東洋とうよう人。目鼻立ちも日本人そっくりだ。

 しかし瞳の色は濃い目のブルー。

 顔立ちは東洋とうよう人で髪と目が西洋せいよう人…これも神様の趣味なのだろうか。

 生前せいぜん面影おもかげは全くないので、自分の顔なのに自分の顔として認識できない。なんとなく可愛い顔…と思ってしまうのも、自分の顔としてまだ認識できていないからだろう。(私、そんなに自意識じいしき過剰かじょうじゃないよ?)


 さて、ボディーチェックはこれくらいにして、次は魔法というものを試してみようじゃないか…と思った。

 何がいいだろう…。火の魔法で火事にでもなったら大ごとだし…って、そもそも何の魔法が使えるの?私?


 いきなりつまづいた。


―――魔法ってどんな魔法があるの?

―――その魔法ってどうやって使うの?


 これはまずい。迂闊うかつだった。神様にもっと確認しておくべきだった。

 念じるだけでいいのかな?呪文とかあるのかな?

 呪文なんて何一つ知らない。

「魔法が使えない魔女なんて、ただの女の子だよ…」

 がっくりと肩を落とす。

 でも、物は試し。やってみて何も起きなければ誰かに学べばいい。

 …水、そうだ。

 魔法で水を出せないだろうか?

 水なら殺傷さっしょう能力はないはずだ。

 万が一、誰か近くにいても迷惑をかけることはないだろう。


 それでも、念には念を入れて、上空に向かって私は念じた。


―――水よ、出ろ!


 何も起きない。…うん、知ってた。

 そんなに世の中都合よく回るわけがない。

 いくばくかの羞恥心しゅうちしんいだきながら、私はつぶやいた。

「水よ、出ろ…かぁ。なんともベタな…って、え!?」


 私が声を発した刹那せつな、私の頭上に直径数十メートルはあろうかという、超巨大な水球が浮かんだのだ。

「え?なに?こ、これ…マズくない?」

 私の心に動揺どうようが走る。

「ど、どこかに飛んでけぇー!」

 私が叫ぶと、巨大な水球は勢いよく上空に向かって飛んで行った。

 水球の見た目はぐんぐん小さくなっていくので、かなり遠くまで飛んで行ったのだろう。いったいどこまで飛んでいくのやら…と眺めていたら、不意に爆散ばくさんした。


 いやぁ、危ない危ない。

 まさかあんな大きな水球が出てくるなんて…。誰かに見られていたら、大ごとだったよ。

 初めて使う割には大きな魔法だった。

 そんな大きな魔法を使うつもりはなかったのだけど…。 

 そして私は思い出した。神様へのお願いを。

 魔法の強さは魔力という能力値に比例している。

 そして私の能力値は最大値である!ということは、つまり私は魔法を放つたびに異世界最大の魔法を行使こうしするということではなかろうか…!?


 まずい、これは非常にまずいことになった。

 これでは危なくておちおち魔法を使えないじゃない…!!

「魔法が使えない魔女なんて、ただの女の子…あれ?デジャヴ?」

 私はものすご落胆らくたんした。どうしよう、異世界生活1日目から緊急事態きんきゅうじたいだよ…。


 急に空が暗くなった。

「あれ?天気でも崩れてきたかな?」

 先ほどまで青空だっただけに不思議な思いで私は空を見上げた。

 遠くの空は晴れている。自分のいる真上の空だけが暗い。


―――ポツ、ポツ


 水滴すいてきが落ちてきた。どこかで雨宿あまやどり…と思った次の瞬間、スコールのような雨が降ってきた。

 南国のような気候きこうなのかしら…ってこれ、まさか!?

 恐らく、私の予想は的中しているだろう。

 このスコールは、私がさっき上空に向かって放った水魔法のなれのてだ。

 あれ、数十メートルの水球だったから、このスコールとんでもない雨量になるんじゃ…。

 予想は的中、その後の私は池に飛び込んだのかというくらい全身ずぶぬれになってしまった。


 もうヤだぁ…。

 本心は大声をあげて泣き出したかった。今は16歳なんだから泣いてもいいのだろうけど、元24歳のプライドがそれを許さない。

 それよりもこの後だ。

 課題かだい整理せいりしよう。


 まずは生きていくためのしょくじゅう確保かくほ

 衣服はどこかで乾かしたいほどのずぶ濡れ。

 食と住はまったくアテが無い。

 火の魔法で衣服を乾かそうか…いや、ダメ。辺り一帯いったいを大火事にするのがオチだ。

 どこかで脱ぎたいけれど、安全な場所が全くわからない。

 困った。本当に困った。かけっこのよーいどん、でこけた気持ちだ。

「クシュンッ」

 あたたかな気候きこうだと思っていたが、濡れたままではさすがに寒い。病院がどこにあるかもわからないのに風邪でも引いたら大変だ。

 

―――まぁ!大変!!

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