第157話 不滅の死闘




「……仕損じたか」


 すれ違い様。

 ジンとルミの脇腹を抉ると共に雷撃で意識を刈り取ったジルニトラだったが、彼の眼には仕損じたという事実が生体波動の数値という形で映し出されていた。


 だが、生きているだけで、彼女たちは動くことさえできない。

 万が一仕損じた時を想定していたが故に雷撃で感電させたのだから当然の帰結だ。


“六合八極拳”りくごうはっきょくけんはこの手にあり、紋章も量産できる今となってはお前たちの紋章も刈り取る価値はない」


 彼女たちの血に塗れた両手が、とどめをさすべく再び彼女たちへ牙を向く。


「芥が如く消え失せろ」


 ジルニトラの腰からたなびく帯に複数の紋章が浮かび上がる。


 自然格:火炎、概念格:収束、概念格:硬化、概念格:質量——並列起動。


 ジルニトラの両腕が火炎へと変化し、彼女たちを灰にすべく解き放たれる。

 概念格:収束によって一切の無駄なく束ねられ、尚且つ概念格:硬化と質量によって物質性さえ付与された火炎。

 仮に静が動けたとしても、今の彼女ではエネルギーではなく硬質な超重量の物質として放たれた火炎を風で吹き飛ばすなんてことはできない。


 万が一の可能性さえ潰した確実な死が訪れる。















「な、……めるなァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」


 着弾寸前。

 火柱が真っ二つに断ち切られた。


 そう認識した時にはジルニトラの頬には拳がめり込んでいた。


「ッッ!!?」


 ジルニトラは咄嗟に舞風まいかぜを用いて衝撃を地面へと流そうと試みるが、


「吹き、……飛べェェェェエエエエエエエッッッッ!!!!!」


 地面へと衝撃を逃すための身体を波のように動かす僅かな運動エネルギー。

 静はそのベクトルさえも神域の技量によって支配ジャックし、頬を穿つエネルギーへと転換する。

 

 衝撃を逃すことなく、反作用さえも敵を穿つ矛へと転換させた究極の一撃はジルニトラの頭部を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「まだ、もう一発!!!!!」


 ジルニトラの自動再生機能を見ていた静は頭部を破壊した程度で彼を倒せたとは思わない。

 一切油断することなく、残った首から下の身体を破砕するべく、殴った勢いのまま身体を回転させて、莫大な大気を纏った踵落としを浴びせる。


——六合八極拳 “落華水月らっかすいげつ


 大気の奔流を纏った踵落としは地下道の底を数十メートルに渡ってぶち抜き、その下に広がっていた地下放水路として設けられた広大な空間へと粉々に粉砕されたジルニトラの破片を叩き落とした。


「ハァ……ハァ……」

(自動再生機能があると言っても、それは動力核ありきの話でしょう。それがどこにあるのかは分からないけど、全身を粉々にしたならもう再生はしないはず……)


 静は疲弊こそすれど、その身には傷一つ残って・・・・・・はいなかった・・・・・・

 これこそが、彼女が紋章を覚醒させたことで可能とした新たな領域。

 大気こそが彼女であり、彼女こそが大気。

 権能と形容できるほどに強まった今の彼女の紋章術は大気さえあれば不死と呼べるまでの再生力を獲得していたのだ。


(とはいえ、まだまだ穴も多いけど)


 ジルニトラは彼女が大気の覚醒紋章者であり、大気さえあればあらゆる傷を完治させる限定的な不死であると見抜いていた。

 だからこそ、彼は決定打に雷を纏うことで感電させ、身体の自由を奪ったのだ。

 傷は再生できても、感電による神経系の乱れは再生が難しいと判断して。


 彼が誤算だったのは、彼女の機転。

 静はあの時、神経系の乱れを大気で正すのは不可能と判断して、一度全身を大気へと変換して再構築することで神経系の乱れと傷を癒していたのだ。


 しかし、彼女は限定的な不死性を獲得していたが故に無事であったが、共にいたルミはそうではない。

 一刻も早く傷の手当てをしなければ手遅れになってしまうだろう。


 そう考えた静はルミのもとへ駆け寄ろうとするが、嫌な予感を感じて先程ぶち抜いた穴から地下放水路を覗き込む。


「なんで、あれで生きてるのよ……!!」

 

 そこには身体を完全に再生させたジルニトラの姿があった。


心臓を破壊すれば機能停止する。それは生命だけでなく、機械にも通ずる共通的な死の概念であり、その克服は我々にとっても困難なものだった」


 ジルニトラは腰からたなびく二対の腰帯に紋章を浮かび上がらせる。


「だが、それなら細胞レベルで全ての構築素材が核であり、全ての機能を有する代替可能な部品とすれば不滅の存在を造ることができるのではないか?」


 概念格:引力、動物格:イッカク、概念格:帯電——並列起動


「そうして造られた存在が俺だ」


 ジルニトラが右手をかざす。

 すると、莫大な引力が発生して地下放水路へと静を引きり込む。

 そして、彼女が引き寄せられる先、翳されたジルニトラの右手にはイッカクの一本角が形作られており、その角には二億Aアンペアもの電流が帯電していた。


「んなもん知るかボケ!!」


 静は己の背部に竜巻を形成し、引き寄せられる方向へあえて飛び込む。

 そして、暴風層に真空層を挟み込んだ鎧を脚部に形成してジルニトラの帯電した角を蹴り砕いた。


 これは先の戦いでまみえた鞍馬天狗の鎧を真似たものだ。

 真空は大気中よりも電流を通しやすい。

 その弱点を突かれて鞍馬天狗は敗北したが、静はその弱点を利用した。

 電流を通しやすい性質を利用して、真空の通り道を作り、そこに電流を逃すことで無効化してみせたのだ。


「今はお前なんかの相手をしてる場合じゃないのよ!!」


 角を蹴り砕いて静はその勢いのまま回転し、ジルニトラの側頭部へ後ろ回し蹴りを叩き込む。


「仲間の心配をする前に自分の心配をするべきだな」


 ジルニトラは静の蹴りを左手で受け止め、掴み取る。

 そして、一瞬身動きを封じられた静へ間髪入れずに頂肘肘打ちを叩き込む。


「クッ!」


 静は肋骨が二、三本へし折れるのを感覚で理解したが、これ幸いとばかりに後ろへ飛ぶ。

 大気があれば再生できるのだから負傷など気にする必要はない。

 今優先すべきは、上の通路で死にかけているルミの救助だ。


「逃げられると?」


 概念格:収束の紋章——起動。


 ジルニトラの腰帯に紋章が浮かび上がる。

 すると、静とジルニトラの間の空間が収束を始め、大気と共に二人を引き寄せ合う。


「こ……の粘着ストーカーが!!」

 

 そして、収束点にてかち合った二人は再び拳をぶつけて衝突した。

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