第146話 第五の勢力




 高専生の宿泊先のホテル。

 現在は周辺住民の避難所となるそこには数多の住民が避難してきていた。


 死の雨と戦乱に怯える者。

 身近な者を亡くして悲しみに暮れる者。

 怪我や魔力酔いによって、床に伏せる者。

 

 その誰もがテロリストらに怒りを抱くも、無力故に血が滲むほど拳を握ることしかできずにいた。


 そして、その想いは彼らを警護する高専生も同じ想いであった。


「歯痒いな。何もできないっていうのは……」


 ホテル内の一室。

 ホテル内のPCを分解して自作した現状用意可能な最高性能の機材を駆使してオアフ島全域の電子制御をジャックしたマシュの警護をしていた高専生は拳を握り締める。


「それは間違いよ。貴方達はきちんとこのホテルにいる民間人たちを護ってるんだから。その自覚を持って臨みなさい」

「そう……、ですね……。すみません。改めて気を引き締めます」


 そうたしなめるマシュの心情は穏やかではなかった。


 マシュのもとには糸魚川いといがわから最後のメールが届いていた。

 その内容は、己がザンドの手に堕ちて、生存こそしているものの行動不能になっているというもの。


 つまり、彼の方舟はこぶねを利用したオアフ島からの脱出は不可能となっただけでなく、島全域を網羅していた精密な情報網を失ったということを意味する。

 マシュとてオアフ島内の監視カメラをジャックすることである程度の情報管理は可能だが、逆に言えばカメラの眼がない場所は死角となり把握できないのだ。


 それでも、マシュは諦めず、ホテル内にあった機材を分解、再構築することでドローンを数機用意してカメラのない場所へ飛ばしていた。

 しかし、それすらも各地の激しい戦闘に巻き込まれてその殆どが撃墜されつつあった。


(糸魚川によれば、もうじき朝陽あさひさんが来る。私たちの役目はそれまでに敵の目的を特定しつつ、民間人を護り抜くこと)


 マシュはオアフ島全域の監視カメラを用いて戦況の把握をしながら、脳内で現状の整理をしていく。


(まず、敵勢力は脱獄囚、ザンド、アトランティス、狂嗤う道化クレセント・クラウン革命軍・・・の五つ)


 脱獄囚の目的は個々人あれど、総体としてはオアフ島からの脱出と見て良いだろう。


(その目的を成すためには、彼らを断罪せんとするザンドから逃れるだけの力が必要。だからこそ、脱獄囚の一人であるジェイルはここを目指していた)


 監視カメラによってその事実を把握していたマシュはとある戦力を派遣して対処していた。

 現状割ける戦力は少ない故に援軍は望めないが、彼ら・・ならばジェイルを打破ないし朝陽が到着するまでの時間を稼ぐことは可能であろう。


(次に、アトランティス。囚人らを脱獄させて、現状の悲劇を生み出したことから、彼らの目的はおそらくオアフ島を惨劇の舞台とすることで、世論に悪感情を抱かせて内圧をかけると共に日本とアメリカの国交関係を悪化させること。脱獄を成功させてから一切動きを見せないのも、余計なことをしてヘイトがアトランティスへ向く事態を避けている……ということでいいのかしら?)


 アトランティスの目的へあたりをつけたマシュであったが、どうにもそう単純な話では無いように感じる。

 だが、現状の情報量では判断材料が少なすぎると判断し、その懸念は一度保留とすることにした。


(ザンドの目的は明確。彼が悪と断じる存在の撃滅)


 個人にして、このオアフ島を揺るがす五大勢力の一角を成す規格外の怪物。

 ザンドの目的は元同僚であるからこそ、容易に想像がつく。


(あの人は昔から悪を憎み、善を尊ぶ正義の人だった。その手段こそ過激であり、法の下における善悪の基準じゃないから民間人を手に掛けないとも言えないのが難点ではあるのだけど)


 ザンドはその人物の本質を見極めて、己が倫理観に基づいて善悪を判断する。

 そこに法の下における善悪は介在する余地などはないため、例えば弱者を虐げる民間人がいたのなら、ザンドは問答無用でその民間人を殺してしまう。


 ザンドは今まで幾度も出所した元受刑者が再び犯罪に手を染めるところを見てきた。

 だからこそ、誰もが更生の余地はあるなどという夢は見ず、悪を成した者に更生の余地など無いと断罪するのだ。

 

(そして、狂嗤う道化クレセント・クラウン。彼らは今まで目的のないテロリスト集団だというのが定説だったけど、恐らくはそうじゃない。彼らには明確な目的がある)


 彼らが最初に現れたのは七夜覇闘祭。

 襲撃者はピエロ、クラウンの二名。

 前者は会場を叩き潰さんとして、巨大な生物兵器をけしかけた。

 後者は方舟へと攻勢をかけ、船内にいる大多数を操り人形とした。


(だけど、これはあくまで手段。前者は囮。あえて杜撰ずさんな行動を起こすことで蘆屋道満あしやどうまんを表に引きり出し、より大きな混乱を招いた)


 あの時、蘆屋道満が動くきっかけとなったのはピエロの杜撰な行動の尻拭いによって存在を気取られて、動かざるを得なくなったという側面もある。

 彼は己の実力では混乱を招くことができないと判断し、より強大な存在を強制的に表舞台へ引きずり上げることでその目的を果たしたのだ。


(そして、その混乱の隙を突いてクラウンは方舟を襲撃した。一見、目的もなく場を掻き乱すような動きではあったけれど、彼は最後に尻尾を出した)


 クラウンは方舟内であえて混乱を起こすことで、仮に失敗してしまったとしても『いつもの目的なき破壊である』とミスディレクションさせたのだ。

 だが、彼は最後に八神紫姫やがみしきという一個人を狙ったことでほんの僅かな懸念をマシュに抱かせてしまった。


 彼の真の目的は、八神の奪取だったのではないか? と。

 

(班長ソロモンに仕掛けた盗聴器によれば、紫姫ちゃんは運命を穿つ特異点であり、彼らは運命を廻す世界の代行者。だからこそ、彼らは紫姫ちゃんを殺害ないし洗脳しようと試みた)


 彼らの会話によって、懸念事項は確定事項へと昇華した。


(だから、今回も同じ。ハワイ地下大監獄からの脱獄幇助ほうじょこそが囮。注意を引きつける為と思われていたコオラル山脈の噴火こそが本命)


 本来、狂嗤う道化クレセント・クラウンが一柱であったシュメルマンの目的はバアル・ゼブルとしての真体を取り戻すことだったのだろう。

 しかし、大噴火の対処に赴いた者がソロモンであったため、これ幸いとばかりに八神(正確にはその内に眠るルシファー)を支配できる十の指輪を狙った。

 

 そして、ジョーカーは脱獄囚の対応に追われて、各地に戦力を分散させざるを得ないこの状況を利用して、八神本人を襲撃した。


(正直、彼女を単独行動させてしまったのは失敗だった。だけど、ルシファーが表に出てきて彼女を護ってくれるなら現状はノータッチで問題ないわ)


 ルシファーはまだ己の力が馴染みきっていない八神の身体を気遣って、無限の存在格としての真の力を解放することはできない。

 だが、それでも彼の実力は特務課班長クラスに匹敵する。

 それこそ、下手に援軍を送ればかえって足手纏いになってしまうからこそ、マシュは彼女の保護を一時保留とし、監視に留めることを決めた。

 

「で、革命軍だけど……」


 マシュはドローンの映像を確認する。

 ドローンが映すのは、オアフ島より三五〇キロメートル離れた、太平洋沖。


 嵐によって海水は天へと巻き上げられ、滝のような豪雨となってまた海へと帰る。

 荒波は戦艦さえも即座に破砕してしまうほどの破壊力をもって荒れ狂う。

 

 そんな天変地異の最中、荒波を踏み締めて、海中に潜む巨大な何かと三人の人影が交戦していた。


「彼らは味方……、と捉えてもいいのかしら?」


 

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