第145話 概念格大罪種:強欲の紋章者
狂嗤う
というのが、特務課・捜査班を含め、世界中の諜報組織が入手していた情報であった。
しかし、それは否である。
「全く、これで何人目だね? あまり僕を殺すのはやめて貰いたいのだが?」
そう言って、ジョーカーは龍の鱗に覆われた腕から莫大な閃光を放つ。
「ならば相応の抵抗を見せてみろ」
ルシファーは眼前に迫る閃光を文字通り握り潰して掻き消すと、その先にいたジョーカーを鋭い眼光で射抜く。
それだけでジョーカーは全身がガラス細工のように粉々に砕け散ってしまった。
「では、こういった異能はいかがでしょう?」
背後から聞こえた声にルシファーは
異能を発動させる暇さえなく、驚愕に眼を見開いたジョーカーは脳天を射抜かれて絶命する。
(我が
ルシファーの周囲には数百を超える人影があり、その全てが人種、性別、体格、性格、口調は異なるものの、本質にある考えを同一とする人物であった。
洗脳を施せば似たようなことはできるかもしれないが、彼の全能はジョーカーの正体を正しく見抜いていた。
(奴の正体は概念格大罪種:強欲の紋章者。
それは、高専生である
彼は並行世界にある己の斬撃を現世の己の斬撃に収束し、重ねることでその軌跡にあるもの全てを消失させる事象崩壊現象を引き起こしていた。
それに対して、ジョーカーは並行世界から己の可能性を欲して、現世にifの己自身を引きずり込んで見せたのだ。
つまり、この場にいる人物は全員がジョーカーであり、並行世界ごとに異なった能力や特徴を持つ者であるということだ。
(だが、並行世界の自分自身とはいえ、それが意志や紋章の共有を可能とする理由とはならない)
並行世界とはifの世界だ。
もしも、あの時違う道を行っていたのなら。
もしも、平穏な暮らしを選んでいたのなら。
もしも、違う女を好きになっていたのなら。
そういった選択による環境的差異を生むifだけではない。
もしも、宇宙人だったのなら。
もしも、獣だったのなら。
もしも、魔王だったのなら。
もしも、アンドロイドだったのなら。
もしも、恐竜だったのなら。
そんな根本的なifさえ孕んだ現世とは異なる世界だ。
故に、同じ人間だとしても、それは同一個体とは限らない。
故に、同一の思考、思想を持つとは限らない。
だと言うのに、ジョーカーはそのどれもが特異点たる八神を殺害するという同一の思考を持っていた。
それだけではない。
彼らは紋章まで共有し、全員がハワイ地下大監獄を襲撃した個体が奪った動物格幻想種:ヴリトラの紋章を行使していた。
(そうか、その不可能を可能とするのが世界からのバックアップだということか)
「考察は終わった〜? まぁ一々待ってあげる義理なんてないんだけど〜」
「全くその通り。そして、真実に行きあたろうとも対応策などありませんよ」
校舎の屋上に、黒き龍鱗の鎧に身を包み、背中からは大きな翼を生やした二人の人影。
セーラー服に身を包み、ネイルで彩られた手でデコレーションが施されたスマホを握るギャルとその傍らでため息をつく紳士然とした燕尾服姿の男。
彼らは互いに左手と右手を合わせて、言霊を紡ぐ。
『我らこの星に生まれし
——英霊召喚『
校庭に突如として光り輝く魔法陣が現れ、眩い光を放つ。
そして、その光の中から筋骨隆々の偉丈夫が現れた。
長い髪を
上半身は何も身に纏わず、龍の鱗を思わせる屈強な筋肉が露わとなっている。
その手には
柄に対して水平方向に取り付けられている三日月状の
「ほら、さっさとそこにいる女をぶっ殺しちゃっ——ぶべっ?」
召喚主である
「いいのか? 召喚主が死ねば魔力供給が途絶え、貴様は直に自然消滅するが」
「構わん。汝と矛を交えるにはこの刹那で十二分」
「違いない」
静かに笑みを浮かべる両者。
周囲で騒ぎ立てるジョーカーの言葉など、彼らの耳には入ってはいなかった。
ただ、眼前に君臨する覇王と矛を交えられる愉悦を。
ただ、眼前に
そして、両者は音を置き去りにその矛を交わらせる。
周囲にいたジョーカーらは両者が激突した衝撃波に乗って、散弾銃のように飛来した砂利によって軒並み血飛沫をあげて吹き飛んでいった。
だが、彼らはそんな
「覇ッッ!!」
「クッ!」
校舎直上。
呂布の振り下ろしを
だが、呂布の埒外な破壊力は受け流すことさえ許さず、ルシファーは校舎を縦に破断する形で地に叩きつけられた。
「流石は中華最強の大英雄。技術を正面から捩じ伏せるその膂力。見事だ」
翼を撃ちつけて推進力を得たルシファーは校舎を紙のように引き裂いて、屋上に設置されていた貯水槽を片手で持ち上げる。
そして、大気との摩擦熱で表面が赤熱する程の速度で、未だ空中に身を置く呂布へと投擲した。
「賞賛痛みいる。だが、我が
呂布は方天画戟で空を打ちつけ、大気を打ち出すことで飛来する貯水槽を粉砕する。
しかし、迎撃したのも束の間。
息も吐かせず、空中にばら撒かれた貯水槽の水がルシファーの指先の動きに呼応して、うねり狂う水龍となって襲い掛かる。
だが、空を蹴って加速した呂布はそのまま水龍を己が身一つで破砕して、その先で剣を構えていたルシファーと再度矛を交わした。
「ククっ、無限の存在格たる俺様で相手が出来ぬことが悔やまれるな」
「それは我も同じこと。願わくば、汝とは生前に矛を交えたかった」
呂布の神域にさえ到達し得る膂力によって弾き飛ばされたルシファーは翼によって推力を減衰し、崩壊した校舎屋上の一角へ静かに降り立つ。
「とはいえ、あまり悠長にしている暇もないだろう」
「うむ、互いにな」
ルシファーの目的は呂布との戦いではなく、今は仮死状態で精神世界で眠っている八神に代わってオアフ島にいる住民や仲間を護ることだ。
故に、戦いに拘って時間を浪費する訳にはいかない。
呂布にしても同様で、召喚主を殺害したが故に魔力供給ができず、魔力で編まれたその仮初の身体は光の粒子となって崩壊を始めていた。
「
「来い、赤兎」
ルシファーは己の愛剣を撫で、秘められし異能の全てを解放する。
その刀身から溢れ出す威圧は先の比ではない。
森羅万象を黒に染め上げる漆黒の刀身はただそこにあるだけで世界を黒く侵食していく。
呂布は片手を掲げる。
その呼び声に応えて、新たな召喚陣が形成され、眩い光と共に一頭の馬が現れる。
彼こそが、人馬一体の飛将軍と謳われる
「赤兎、共に駆け抜け、我が最優の武によって天を引き裂くぞ」
呂布は愛馬の背に跨り、方天画戟を構える。
彼から放たれる殺気は刃のように冷たく、鋭く研ぎ澄まされ、
「来い、飛将軍」
王たる矜持を持つルシファーが己から仕掛けることはない。
ただ、愉悦に満ちた笑みをもって、王は迎え撃つ。
「——行くぞ!!」
赤兎馬が駆ける。
それだけで校舎は吹き飛び、駆けるべき地は消失する。
だが、関係ない。
彼は大気すら踏み締めて疾走する。
誰よりも疾く。
誰よりも勇猛に。
誰よりも威風堂々と。
生前を含めても最高と評すに相応しい疾走を持って己が主君の想いに応える。
だからこそ、呂布が構えたその技の冴えも生涯最高のものへと至った。
呂布は方天画戟を縦横無尽に振り回すことで遠心力を味方につける。
ただの予備動作。
それだけで大気は荒れ狂い、嵐がその身を取り巻く。
赤兎馬の速力。
方天画戟の遠心力。
呂布奉先の神域にさえ至る膂力
その全てが頂点に至った瞬間、絶大なる英雄の一撃が放たれた。
「
全エネルギーを余さず込めた絶大な振り下ろし。
その一撃は荒れ狂う天をも引き裂き、覇王を両断せんと迫る。
だが、対する覇王の一撃も絶大なものであった。
「
全制限を解放した宵の明星による振り上げと共に、世界を黒く塗り潰す斬撃が放たれる。
天をも引き裂く大英雄の一撃。
天をも黒く塗り潰す深淵の一撃。
二つの究極がぶつかり合い、されど決着は即座に着いた。
深淵の一太刀は大英雄の矛を飲み込み、人馬一体となった飛将軍を闇へと葬り去った。
◇
「我の……、敗北……か……」
「俺様の本気を食らって形が残るとはな……。クク、次があるのなら、貴様の宿主と矛を交えてみたいものだな」
英傑と覇王の戦によって荒廃したハワイ大学跡地。
身体の半分が消失し、魔力不足で残った身体も光の粒子となって消えゆくも、呂布奉先は生きていた。
そんな彼を見て、ルシファーは惜しいと感じていた。
ジョーカーの行った英霊召喚は簡易的なもの故に、
強力な戦力である事は間違いないが、その実力はオリジナルの半分以下でしかない。
「我の宿主……か。奴は稀に見る才あるものだ。……殺してしまっても知らぬぞ」
「上等だ。それぐらいでなくば我が主人の踏み台にもならん」
「傲慢な……男だ……」
呂布はそういって静かに微笑み、満足気な表情で光へと還った。
「あーあ、やっぱダメか」
荒廃したハワイ大学跡地。
そこに立つ人物はルシファーだけではない。
幾百と屍を重ね、それでもまだ残存している白髪のピエロのような青年、ジョーカーがいる。
「余波だけで何千、何万と殺された。茶々を入れるどころか、同じ地平にすら立たせてくれない」
ジョーカーは髪を掻き乱し、苛立たしげにルシファーを睨みつける。
視線を向けられているルシファーは何も言わず、不躾な視線を寄越す不届き者を視線だけで粉砕する。
「……ほう?」
だが、ジョーカーは先のように砕けはしなかった。
「並行世界からどれだけの数を呼ぼうと無駄なことは分かった。格上を降すなら圧倒的な数じゃなく、質で上回る他にないよなぁ」
“ってことでー”、とジョーカーはこれ見よがしに両手を広げる。
まるで、とっておきを披露してやるから刮目して見よとばかりに……。
「オレが観測できる9827兆7021億5912万7205の世界線に存在するオレの可能性全てを統合した。だから、さっきまでの不死性こそ無くなっちまったけど、」
視界からジョーカーが掻き消える。
「アンタを倒せるだけの可能性は手に入れたよ」
懐へと飛び込んだジョーカーはルシファーの腹を貫かんと貫手を放つ。
しかし、
「……確かに、驚異的な強さは感じる」
彼の貫手はルシファーの
「ようこそ、
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