第144話 老兵は枯れず、昂りを求め彷徨う

 



 ダニエル・K・イノウエ国際空港。

 ハワイの玄関口であるハブ空港たるここには沢山の航空機が並んでいた。

 平時であれば、周囲を飾る南国特有の木々が観光客を歓迎し、鼻腔をくすぐる爽快な海風が彼らの期待感を高めたことだろう。


 しかし現在。

 ダニエル・K・イノウエ空港は脱獄囚らに占拠されていた。

 至る所から火の手があがり、爽やかな海風は人と建物が焼ける嫌な臭いを運ぶばかり。

 不幸中の幸いといえるか、ルーク率いる捜査班アンダーグラウンドの奮闘によって幾人か犠牲者を出しながらも、民衆らの避難は完了させていた。

 故に、今この場には脱獄囚ら以外に人の気配は存在しない。


 そして、彼らは人質を失ったことに焦り、一刻も早くハワイを脱出するべく、航空機を飛ばそうとコックピットにて試行錯誤していた。

 航空機など仮に飛ばせたとしても、素人が飛ばして安全に着陸できるような安易な代物ではない。


 だが、この場にいるのはその大半がレート6クラスの猛者たち。

 飛ばすことにさえ成功してしまえば、後は方向を調整して真っ直ぐと陸地を目指せばいいのだ。

 着陸などせずとも、飛び降りて乗り捨てれば彼らならば問題なく着地できてしまうのだから。

 

 そして、航空機を飛ばすべく四苦八苦している彼らを空港の屋上から眺める二つの影があった。


 一つは日頃からハワイアンな格好の美しき肉食獣、ウォルター・ホーリーウッド。

 鮮やかなハイビスカスの柄が描かれた短パンを履き、肌けたアロハシャツから筋肉美を覗かせる。

 首から下げた金のネックレスが彼のワイルドさを引き立てている。


 もう一つは、彼女の矜持を表すかのような十字架を想わせる大剣を背負った生命の女王、天羽華澄あもうかすみ

 ホットパンツから覗く両足は流麗で、無駄のない脚線美は芸術的とも言える。

 上着は簡素な白シャツ一枚だというのに、そこに質素な印象はなく、スポーティーな美しささえ感じられた。


「ウォルター、合図をしたらレイモンドに全力の槍を叩き込んで」


 紺色のキャップからポニーテールに結った茶髪を揺らして、天羽はウォルターに指示を出す。


「了解」


 彼女の言葉に、ウォルターは深海を想わせる髪をかき上げ、しかしその紅き眼光はレイモンドただ一人を写して外さない。

 それ以外など眼中にさえなかった。

 

 なぜなら、数秒後には彼以外生き残るものはいないと確定しているからだ。


生命系統樹セフィラ慈悲ケセド


 地上をまるで星の血管を想わせる翠緑すいりょくの光が迸った。

 ——それは、天羽によって龍脈レイラインが励起したが故だった。

 

 そして、僅かな間隙さえ挟むことなく、龍脈レイラインから地上へと放出された莫大なエネルギーの奔流が航空機諸共、内部にいた脱獄囚らを跡形もなく消し飛ばす。


 更に、天羽は脱獄囚らを攻撃すると同時に味方へのバフも行っていた。


——生命系統樹セフィラ栄光ホド


 バトルドーム内と比べればエネルギー量は劣るが、それでも尚莫大な星のエネルギーがウォルターに流れ込み、その力を強化する。


 そして、最後に残った脱獄囚へと彼の紅き牙が解き放たれる。


抉り殺せゲイ必滅の紅き牙ボルグ!!」


 音を容易く置き去りにした紅き牙は大気を斬り裂き、狙い通りの位置へと着弾。

 そして、空港全域を吹き飛ばすほどの莫大な衝撃波が辺り一帯を蹂躙する。


「随分と余裕のない真似をするじゃないか。若輩者ルーキーたち」


 背後からの声で咄嗟に防御態勢をとった二人は凄まじい勢いで更地となった空港へと吹き飛ばされる。


「いや、ここはアメリカ大統領の即決英断を讃えるところかね? 大方、このオアフ島全域を破棄する覚悟で、住民の安全と脱獄囚のオアフ島外への流出を防ぐことに注力する決断をしたのだろう?」


 トンッ、と静かに屋上から爆心地へと着地した老人は感心したように頷き、身の丈程もある大斧を軽々と肩に担ぐ。


 長い白髪をうなじで縛り、白い顎髭を蓄えたこの老人こそがハワイ大監獄にて唯一ザンドと同格のレート7(最上位)に位置するとされる怪物。

 およそ四十年前、インドおよび周辺諸国連合へと単独で戦争を仕掛け、当時のインド、バングラデシュ、ネパール、三国それぞれにおける最強の紋章者三名と他有力な紋章者たち一万八千名以上を殺害。

 インド及び周辺諸国連合軍をたった一人で壊滅させるに至った最悪の伝説。


 元懸賞金60億2000万円。

 偉人格幻想種:パラシュラーマの紋章者。

 レイモンド・レッドフィールド。


 古き伝説の男は己の攻撃を受けてなお、平然と立ち上がる眼前の二人を視界に入れて笑みを浮かべる。


「英雄は好みだよ。住民を護る為、即座に身を切って見せた大統領も、その想いに応えて各々の形で住民を護らんとする君たち特務課も、その在り方は人を高揚させるに足るものだ」


 レイモンドは濃密な魔力をたぎらせる。

 まるで、嵐を想わせるような荒々しくも鋭い魔力は近くに寄るだけで身を切ってしまうほどだ。


「だからこそ、私はそんな英雄と覇を競いたいと願う。信念持つ英傑を打倒し、その高揚に浸りたい。……一度は影の王に背を向けてしまった私が言っても説得力はないかもしれんがね」


 レイモンドはハワイ地下大監獄にて、ザンドから逃走した。

 しかし、それは公平なコンディションでなかったが故だ。

 ジョーカーの魔力を奪い、多少なり魔力を補充していたザンドと、脱獄したてで魔力が奪われたまま回復しきっていない状況では勝ち目など万に一つもない。

 英傑の打倒を目的とする彼といえど、敗北が目に見えている勝負など高揚に繋がるはずもない。

 だからこそ、あの場では逃走を選択した。


 しかし、今の彼には潤沢な魔力がある。

 彼の右手には、真紅に光る嵐を想わせる一〇八画の紋章。

 そもそも、英傑と戦うことが目的であるレイモンドは脱出するために空港にいた訳ではない。

 強力な紋章者を喰らう為に、避難所を警備する特務課及び高専生徒らを標的に定めたジェイルと同様、彼は同じ脱獄囚を標的に定めて脱出経路である空港に居合わせていただけだったのだ。


「正直、天羽くんとはバトルドーム内で戦いたかったとは思うが、……仕方ない。今の君でも本番前の前菜くらいにはなってくれるね?」


 眼前には自身と同じレート7(最上位)に位置する天羽、そして彼女には一歩劣るとはいえレート7(上位)という一戦級の猛者足るウォルター。

 そんな彼らを前にしても、レイモンドは準備運動とばかりに身の丈程もある大斧を軽々と振り回して好戦的な笑みを浮かべる。


「さぁ、久方振りの高揚を味わおうか」

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