第135話 絶望の序曲
(ね、眠れない……)
もうじき夜が明け始めるであろう午前五時頃、風早はホテルのベッドで横になりながら一睡もできずにいた。
それもそのはず、安全性を確保する為に男女関係なく実力の均衡によって班分けされた結果、男女同じ部屋で寝ることになったから……ではない。
(好きな人と同じ部屋で眠れる訳ないじゃないか!!)
班を纏めるリーダーが尊敬する師匠であり、淡い恋慕の情を抱く相手でもある八神だったからだ。
年頃の男子が気になる女の子と同部屋で寝ることなどできるはずもなく、心臓がバクバクとうるさいほど脈打っていた。
そして、そんなお年頃は彼だけでなく……、
(寝ぼけたフリをしてベッドに潜り込む? いやいや、そんな恥ずかしいことできない!! な、なら……手だけでも……、繋ぐくらいなら……、いや、でも……)
風早が気になる雨戸もアプローチの仕方を巡らせている間に夜を明かしつつあった。
「すぴ〜」
そして、三角関係の最後の一角である八神はと言うと、察しの通りぐっすりと眠りに着いていた。
そんな時だ。
心臓を直接殴りつけられたような衝撃音が全員を襲った。
次いで、けたたましい音を立てて窓ガラスが砕け散る。
ずっと起きていた風早、雨戸はもちろん、寝息を立てていた
そして、衝撃波が伝わるまでもなく危機を察知した八神は、そんな彼らを砕け散ったガラス片から護るべくシールドを展開していた。
「大丈夫? 怪我はないね?」
「はい! 八神班総員無事です!!」
八神の問いかけに風早は紋章高専での訓練通り、班員の怪我の有無を確認した上で返答した。
「まさか、もう噴火が起きたのですか!?」
火山の噴火、監獄大脱走の懸念があることは特務課だけでなく、高専生らにも周知されていた。
だからこそ、雨戸は先の衝撃波の理由が大噴火によるものだと即座に理解することができた。
「みたいだね。でも、そっちはまぁ大丈夫。今はソロモン班長が対処してくれてるみたい」
「なら、問題は監獄大脱走の件ですね。起こるとしたらこのタイミングこそがベストでしょう」
「その通り。現にこの騒ぎに乗じて監獄が襲撃されてる」
篠咲が懸念する通り、八神の千里眼には監獄を襲撃する二人の人物の姿が捉えられていた。
監獄には特務課班長クラスの実力者である看守長に、アメリカ最強の紋章者であるルーカスだって応援として駆けつけている。
副看守長のレイルだって、強力な紋章者であることは監獄見学の際に察することができた。
しかし、そんな盤石な体勢であって尚、八神の胸中には言い知れない不安があった。
「私は万が一に備えて監獄の制圧に向かう。ホテルに話はつけてるから、みんなは周辺住民をこのホテルに退避させるべく動いて。だけど絶対に単独行動は控えること。最低でも二人一組で動いて、自分の身を最優先に動くこと! 分かったね?」
「「「「了解」」」」
八神はホテルの耐久性を向上させる術式を刻み込みながら風早、雨戸、宍戸、篠咲の四名へ指示を出す。
そして、指示を受けた彼らは即座に行動へ移し、四名揃ってホテルの外へと駆け出していった。
「さて、私も行かないと……」
八神は襲撃を受けている監獄へ向かうべく、空間転移を発動する。
ホテルの一室を映していた視界は瞬きの間に変化する。
そして次の瞬間、その瞳は緑が映える校舎を映していた。
「な……に、……これ……」
八神は監獄へと転移したはずだった。
しかし、実際に転移された場所は監獄ではなく、ハワイ大学マノア校であった。
そして、そこで目にしたのは常の清涼感漂わせる美しい校舎ではなく、蒸せ返るほどの鉄錆の臭いが漂う真紅の校舎であった。
至る所にハワイ大学の生徒と思われる者の死体が転がり、敷地内に数々の血溜まりを作っていた。
校舎の窓から逃走しようとした生徒もいたのか、背中から血を流して窓に寄りかかるように倒れる生徒もいた。
そんな彼らの身体から滴る多量の血液は、まるで校舎が泣いてるようにも見えた。
「フハハハハハハハッッッ!!! 如何です? 貴女を迎える為に用意した舞台は!? 綺麗でしょう? 絶望的でしょう!?」
鮮血に塗れた光景に呆然とする八神の正面。
校舎入り口から両手を広げて高笑いを上げながら、ピエロのような白化粧をした男が現れた。
肩まで伸びた白髪は外側にカールし、顔にはピエロを彷彿とさせる白化粧。
目元には血涙を流しているようにも見える赫い化粧。
そして、純白のスーツを鮮血に染め上げた彼は三日月のような笑みを浮かべる。
「せっかく舞台を整えたというのに、無視して監獄へ向かうものですからハラハラしましたよ。まぁ……空間座標に細工を施せば任意の場所へ転移させるくらい容易なのですがね」
フハハハハハハハッッ!! と高笑いをあげる白化粧の男、狂嗤う
秩序を護る正義の味方である彼女に殺されることはないと確信しているからか、まるで警戒する素振りもなく狂笑の声を挙げる。
だが、彼は見誤っていた。
特務課は確かに人々を護る為にある秩序の組織だ。
日本という国は殺人を良しとしない、悪く言えば平和ボケした国だ。
八神という人物は、嬉々として人殺しを行う人柄ではなく、できる限り更生の余地を信じたいと願う人柄だ。
しかし、それでも人には限度というものがある。
「もう、喋るな」
刹那にも満たない一瞬。
そんな瞬きにすら満たぬ時で、白化粧の男の生涯は幕を閉じた。
光り輝く剣によって一太刀で首が断ち切られ、三日月のような笑みを浮かべたまま、身体から切り離された頭部が地面に転がる。
そして、その後を追うように噴水が如く血飛沫を上げる身体が地に伏した。
「お怒りですねぇ。何をそんなに怒っているのですか?」
背後から聞こえた声に、八神は振り返り様に一太刀浴びせる。
「僕だよ八神さん!!」
だが、その刃は首を断つ手前で止まる。
背後にいたのは先の白化粧の男ではなく、愛弟子である風早であったからだ。
(いや、彼がここにいるはずがない! これは罠——ッッ!!)
「一瞬の油断が生死を
更に背後から声が聞こえた時には、八神の胸を血に塗れた
首を回して背後を振り返ると、そこには——
「ど……いう…………」
「偽物だと判断するか否かは貴様の自由だ。だが、貴様が感じるこの冷たさこそが本物だ」
耳に髪がかからない程度の白髪。
薄い緑がかった碧眼を眼鏡で覆った冷たき冬を連想させる人物。
——凍雲冬真の姿がそこにあった。
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