第132話 豪華絢爛なホテル/異界に幽閉されし陰陽師




 監獄ツアーが終わり、一行はワイキキビーチ近くにある宿泊先のホテルへと到着していた。


「す、すっげぇ。こんなところに泊まれるのかよ……」


 宍戸ししどを始めとした多くの生徒たちが宿泊先のホテルを見上げて呆然としていた。

 それもそのはず。

 宿泊先のホテルはこの辺りの地理に疎い彼らでさえ知っているほど有名な三つ星ホテルだったからだ。


「ほら、いつまでもおのぼりさんになってるとみんなに置いていかれるよ、翔駒しょうま

「す、すいません! 今行きます!!」


 篠咲しのさきの呼び声に促されるように、宍戸が彼の後を追いかけると、現実に引き戻された他の生徒らも続々とホテル内へと入っていく。



   ◇



 エントランスは広大であり、足を優しく受け止める柔らかなカーペットがこれまでの疲労を拭い去っていくようだった。

 代表者である天羽あもうが手早く受付を済ませて、各自に鍵を配るとそれぞれの班ごとに分かれることとなった。


 今回の修学旅行では、防犯の面を考慮した結果、生徒幾人かと特務課職員一人のグループで宿泊することが決まっていたのだ。

 とはいえ、どう考えても人数的に手が回らないため、優先的に狙われる可能性が高い高専トーナメント出場者以外は捜査班アンダーグラウンドの面々が面倒を見ることとなっている。


 そして、八神が纏める班には……、


「風早くんに雨戸さん、篠咲くんと宍戸くん、と。よし、全員いるね。それじゃまずは荷物置きたいし部屋に行こうか」


 風早は真面目に先頭を行く八神について行き、雨戸はその背後で虎視眈々こしたんたんとイチャラブ計画を練り、篠咲はそれを微笑ましげに見守り、宍戸は彼らの三角関係を察してげんなりとした表情を隠そうともしなかった。


「絶妙に通じ合ってないところが面白いなぁ」

「……そうですかね? 俺はもうめんどくさいんでさっさとどっちかとくっつけば良いと思いますけど」

「う〜ん、まぁそれも良いかもしれないけど、やっぱり恋愛はその過程こそが面白いと思うけどね」

「俺にはよくわかりませんね」


 三人の背後でコソコソと彼らの関係について話していると、あてがわれた部屋へと到着した。

 室内へ入ると、まず目に飛び込んできたのは窓から見えるワイキキビーチの絶景。

 高層階故に、水平線の彼方まで見渡せる絶景に加えて、遠くには街並みも見えるので夜になれば星々が如く煌めく摩天楼を望むこともできるだろう。


 ベッドは部屋の両脇に三つずつ置かれており、腰掛けるとまるで雲の上にいるかのような軽やかな感触が包み込んでくれる。

 たまらずそのまま身を横たえてベッドを堪能する八神は日中の疲れもあってだらしなく頬を緩ませる。

 

「ふゃ〜、疲れが一気に吸い取られる〜」

「ですねぇ〜、流石は三つ星ホテルです〜」


 風早もベッドの感触を確かめるべく腰をかけると、そのままベッドの魔力に当てられて吸い込まれるように身を横たえてだらしない顔を晒していた。


「ふふ、変な顔〜」

「八神さんも人のこと言えないですよ〜」


 そんなお互いの表情を見て笑い合う二人を見て、雨戸はおりゃっと風早の上に覆い被さるようにダイブした。


「おぶっ!?」

「二人でイチャコラしないの! 私も混ぜなさい〜!」


 まるで猫が戯れ合うかのように風早の頭を胸に抱えて揉みくちゃにする雨戸。

 そんな彼らの仲良さげな様子を見て八神は楽しげに笑い、宍戸は修羅場が訪れなくて心底ホッとした表情を浮かべていた。


「凄いよ、翔駒。来てごらん」


 篠咲に促されるまま、宍戸もバルコニーへ出てみる。

 そして、彼が指さす方向へ視線を向けると、そこには高級の象徴とでも呼べるものがあった。

 

「ナイトプール!?」


 L字に造られたホテルの三階屋上部分にナイトプールはあった。

 高い位置に造られているが故に、ワイキキビーチや周囲の夜景を望みながらも、周囲の視線は気にならなりそうになかった。

 更には、プールサイドにはソファーや焚き火台などが設置されており、BBQパーティーも楽しめるという贅沢な仕様であった。


「後でみんなを誘って楽しむのも良いかもしれないね」

「俺は篠咲さんさえいればそれでいいですが……、まぁ……、仕方なく一緒に加えてやりますかね」


 昔ならば篠咲以外はいらないと言い切っていたであろう宍戸が、今では他者を受け入れる姿勢を示したことに篠咲は嬉しく思った。

 これも全ては、トーナメントで風早と拳を交えて友となった恩恵であろう。

 それでもまだ素直になれない宍戸に篠咲は笑みを浮かべると、爽やかな風に揺られながらバルコニーから覗く景色を楽しむのであった。



    ◇



 色も匂いも、方向さえも曖昧模糊あいまいもこな異空間を安倍晴明あべのせいめいは歩いていた。

 彼が道標みちしるべとするものは、視界の先をゆらゆらと揺らめく鬼火だけだ。

 それを見失ってしまえばたちまち己の居場所を見失い、曖昧模糊な異空間を永遠に彷徨い果てることとなるだろう。

 

 鬼火が示すまま進み続けると、やがて一つの牢獄が見えてきた。

 その中にはつい先日、日本全土を揺るがした大事件の首謀者にして、数多の幻想種を喰らいし陰陽師、蘆屋道満あしやどうまんが収監されていた。


 指一つ動かせないように拘束された上で、視界は閉ざされ、酸素マスクをつけて水中に沈められている。

 魔力さえも彼を縛る拘束具によって奪われ続けているが故に、生命維持に必要なほんの最低限のものしか感じられない。

 

『えらい早い再会やな。晴明』


 それでも、蘆屋道満はその常軌を逸した魔力制御技術によって、微弱な魔力を利用した念話で会話を成立させていた。


「あの場では聞けんことがあったからな」


 道標である鬼火を提灯へ戻すと、晴明は胡座をかいて彼と話す姿勢に入る。


『聞けんこと……か……。狂嗤う道化クレセント・クラウンのことか? それとも、魔獣絡みか?』

「いや、それならもう把握してる。知りたいのはこの世界が何周目・・・なんかや」


 晴明は狂嗤う道化クレセント・クラウンが真にどういった組織であるのか、かつて蘆屋道満が相対した魔獣とはどういった存在であるのか、それらに関しては式神を用いて調査済みであった。

 そして、メサイアに消された、デリットのアジトにて鮫島より聞き及んだ情報の全てを式神に保存していた記憶のバックアップによって復元していた。

 故に、彼が真に問いたい謎はこの世界は一体何度終末を迎えているのかだ。

 

 鮫島は言っていた。


『近い将来、世界を脅かす厄災が降臨する。レート7の実力者や君達世界有数の強者、このことを私だけに伝えた救世主だけでは乗り越えられない厄災が』


 そして、その厄災を乗り越える為には八神の存在が不可欠であるとし、彼女についてこうも述べていた。


『単純な実力ではない。運命力と彼は言っていたな。定められた宿命を穿つ特異点。それが彼女であると。そして、彼女を生み出せるのは我々だけで、彼女のいない未来は必ず破滅するとも』


 重要なのは『彼女のいない未来は必ず破滅する』という点だ。

 この言葉は、実際にその眼で幾度も破滅を目撃したからこそ出る言葉だ。

 故に、この世界は何度もループしていて、鮫島に救世主と呼ばれるメサイアだけがその事実を記憶しているのではないか、と晴明は考えていた。

 そして、星の記憶アカシックレコードへと辿り着いた彼ならば、何か知っているのではないかと考えたのだ。

 

 しかし、


『何周目……か。残念ながらお前の考察は外れや。この世界はループなんかしてへん。ゲームじゃあるまいし、そう何度も何度もコンテニューなんかできるかい』


 蘆屋はその考察を一刀両断した。

 彼とて世界の全てを知っている訳ではない。

 だが、少なくとも実際にメサイアをその眼で見たことのある彼はその根底にある覚悟を垣間見ていた。

 だからこそ否定する。


『だから、もしループしてるとするならメサイアただ一人だけや』


 メサイアという男は世間的には人類を滅ぼさんとする悪とされている。

 事実として、幾つもの国々が彼の率いる薔薇十字騎士団ローゼン・クロイツによってテロ行為を行なわれ、国宝を奪われている。

 世界遺産として登録されている数々の遺跡も彼らによって一時的に占拠されたという話も枚挙にいとまが無い。

 デリットが推し進めていたProject Lに裏で糸を引いて、数々の奇跡を起こしては非道な実験の手助けをしていたのも、晴明の読みでは彼で間違いないと考えている。


 だが、蘆屋道満が見たメサイアという男の姿は些か不可解に写った。

 世界的な悪逆を行なっていることは事実だが、そんな彼らしからぬ点が見受けられたのだ。


『どんな覚悟で、どんな目的を持ってるのかも、彼奴が人類の敵か味方かも知らんけどな』


 蘆屋が目にしたメサイアという人物は外見こそ小綺麗な教祖らしい姿だった。

 しかし、修羅神仏の魔眼さえも有する彼の眼には違うように写っていた。


 彼の魂は今にも朽ち果てそうなほどにボロボロだったのだ。

 一体どのような経験を経ればそれほどまでに磨耗するのか見当もつかないほど、彼の魂は擦り切れていた。

 そんなボロボロの魂を内に秘めた覚悟の炎で無理矢理突き動かす人物。

 それこそが蘆屋が見たメサイアという男だった。


『そんな偉業を体現できるのは彼奴以外に他ならん』


 その話を聞いた晴明は考え込む。

 メサイアという人物は優しげな笑みの裏で身の毛もよだつ悪逆を成す男というのが、世間が信じる人物像だ。

 だが、もしそうでないというのなら……。


「そうか。それが分かったなら充分や」


 腰を上げて、再び提灯から鬼火を呼び出すと、晴明はきびすを返して牢屋に背を向ける。


『……雲隠れするつもりか?』


 その背に蘆屋の声がかかる。

 

「なんのことやら」

『お前はよう言葉をはぐらかす胡散臭い男やけど、そうやって目線を外す時は後ろ暗いことやる時やってことくらいは分かるつもりやけど?』

「…………」


 その言葉に返す言葉が見つからず、晴明は一瞬言葉を詰まらせてしまう。

 そして、その沈黙こそがなによりも雄弁に物語っていた。


『大方雲隠れして、一人で暗躍して、なんもかんも裏から護ろうとしてんねやろ? お前のことやから全部一人でやらんと、仲間もきっちり頼るやろうから心配はしてへんけどな……』

「…………流石は我が好敵手。全部お見通しか」


 蘆屋に背を向けたまま、彼は観念したかのような笑みを浮かべる。

 そんな彼へ、生涯唯一の好敵手は内心呆れた溜め息吐く。

 

『お前のそういうところがホンマ大嫌いやわ』

 

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