第131話 古き伝説




 室温九十度以上の大熱量空間を越えて、一行は階段を下り、最下層へ続く門の前まで辿り着いていた。


「これより先はレート7の囚人が収容されている区画となりますので、今から呼ぶメンバー意外の生徒は脇にある監視室にてお待ちください」


 呼ばれた者は風早かざはや吉良きら柳生やぎゅう染谷そめや水上みずかみ篠咲しのさき日向ひゅうがの七名のみ。

 それ以外の高専生徒は皆、門の脇にある監視室へと誘導された。


「どうして僕たち以外の生徒は入れないのですか?」


 この待遇に疑問を呈したのは風早であった。

 囚人たちは万全の警備体制によって厳重に閉じ込められている。

 先のレート5や6の囚人たちが収容されている区画のような環境要因だとしても、八神がいれば問題はないはずだ。

 なのに何故、入室制限が行われたのか……。


「死んでしまう可能性があるからですよ」

 

 答えは実に単純明快にして、不可解なものであった。

 四方を壁に囲まれる形で収容され、囚人側からは外を見ることさえ不可能な監獄。

 手の出しようがないようにも思えるが……。


「過去、入職したばかりの新人看守が誤ってこの先へ踏み入ってしまったことがあります。その後、即座に気づいた我々が駆けつけた時には、彼はもう冷たくなっていました」


 “その理由は、この先へ踏み入れればおのずと分かります”、そう静かに告げた副看守長レイルは、レート7の囚人たちが収容される区画の扉を開いた。


 瞬間。


 ゾクリッ!、と背骨を引き抜かれたかのような感覚が高専生らを襲った。


「なるほど。そういうことか」

 

 先のレイルが述べたことを肌で理解した柳生は引き攣った笑みを浮かべて事の真相に思い至った。


「ええ、先程述べた彼はこの地へ踏み入れた途端、囚人らが無自覚に放つ気迫によって腰を抜かし,動けなくなった所をある囚人がたわむれに放った殺気によってショック死してしまったのです」


 殺気など、普通ならば感じることも飛ばすこともできない。

 それを可能とするレート6クラスの実力者でさえ、格下の相手を怯ませることが精々だ。

 だが、レート7は次元が違った。

 彼らは無意識下で放つ気迫でさえ、常人を怯ませ、殺気を放てば心臓を止めることすらできるのだ。


「ですから、彼らと相対する資格を持たないレート6以下生徒を立ち入らせる訳には行かないのです。そして、今は特に危険な囚人を収監しているため、万全を機して蘆屋道満と相対した事のある生徒のみに絞らせていただきました」


 蘆屋道満は言うまでもなく、レート7の中でも最上位に位置する強者だ。

 そんな彼と僅かな時間、手加減をした状態だとしても相対した生徒たちならば幾らか耐性が付いていると判断したのだ。


「では、しっかりと気を持ってください。これよりレート7収容区画の案内を始めさせて頂きます」


 そう言って、レイルは先頭に立って案内を始める。

 

「レート7収容区画では特にこれといったギミックはありません。彼らは皆僅かな魔力さえあれば環境要因など超克してしまえますからね」


 先のような灼熱の施設にしようと、その反対に極寒の施設にしようとも、意志の乗らない環境要因など彼ら規格外の怪物たちは僅かな魔力で捩じ伏せてしまう。

 故に、レート7収容区画は見た目ではレート1〜2が収容されていた区画と大差なかった。

 強いて言えば、施設の構造が特殊であった。

 廊下は長い一本道が続いており、五メートル間隔で隔離防壁が設置されている。

 区画の全容は把握できないが、入口から見える範囲では牢獄のようなものは見当たらなかった。

 

「他の区画と異なる点は、囚人一人一人に特殊な腕輪を付けて、それを介して常時魔力を奪い続けている点です。生存に必要な最低限の魔力を残して、その大部分を剥奪しています」


 レイルの解説によると、その剥奪した魔力は電気エネルギーへ変換した後、オアフ島全域へ供給されており、その電力量は需給率の八〇パーセントを上回るあたいだそうだ。


「それでもまだ殺気で人を殺せるというのか……。まさしく規格外だな」


 染谷は先の百鬼夜行事件によって、レート7の脅威をその身でもって実感していた。

 だが、その話を聞いて改めて彼らの規格外ぶりを痛感したのだ。


「いえ、本当に規格外なのはオアフ島全域のおよそ八〇パーセント以上の電力をたった八人の魔力で補えてしまっている点ですよ」

「嘘……、たった八人で……!?」


 水上は驚愕の声を上げる。

 それもそのはず。

 彼女はつい最近、授業で一人当たりの紋章者が生み出す魔力量について学習していたからだ。

 普通、紋章者一人当たりが一日に精製できる魔力を電力へと変換した場合、四人家族世帯の消費電力の十二時間分が精々と言ったところだ。

 レート6の紋章者でさえ、町内およそ七千人分の電力を漸く賄えるかどうかと言った具合だ。


 そして、オアフ島の人口はおよそ一〇〇万人を越えると言われている。

 それだけの規模の八〇パーセントといえば、囚人一人あたりでおよそ一〇万人分の電力を賄っているということだからだ。


「とはいえ、時間も差し迫っていますので、本日ご案内できるのは二名だけですがね」


 そして、一本道の廊下を歩き続けた一行は、そんな規格外の紋章者が収容されている牢獄の前へと辿り着いた。


 廊下を歩き続けた先には外見状は他の牢獄と同じ、無機質な壁で囲われた四方形の牢獄に内部を監視できるモニターが設置されたもの。

 しかし、八神は一目でその違いを見抜いていた。


(これ、全部魔力を遮断する材質で造られてる……)


 Aアンチ・Mマジック・Fフィールド発生装置が内蔵された腕輪を装着している今、魔力を扱うことはできない。

 しかし、紋章者が常に発している僅かな魔力を探知することくらいはできる。


 それ故に、先までの牢獄であれば内部から微弱な魔力を感知できていたのだが、目の前の牢獄からはそれが一切感じられなかったのだ。


「お気づきになられたようですね。レート7の牢獄は全て魔力を吸収する性質を持つ特殊構造体となっているのです。故に、万が一腕輪が破壊されたとしても、魔力を用いてこれを壊すことは不可能なのです」


 レート7といえど、あくまで紋章者である以上、その力の根源は魔力。

 故に、魔力を吸収する特殊構造体であれば、紋章術はもちろん、たとえ身体強化といった内的作用系の術技であろうと吸収、無効化し、完封できてしまうのだ。


「とはいえ、油断などできるはずもありませんがね」


 ポツリと独り言を溢したレイルは、眼前の牢獄に収容された人物の情報をモニターへ表示させる。


 囚人番号:701

 名前:ジェイル・グランツ

 年齢:27歳

 元懸賞金:56億7500万円

 紋章:動物格:ラーテル

 犯罪歴:紛争地帯に乗り込んでは、戦場を掻き乱し、そこにいる人々を区別なく殺戮した。

 殺害人数:5867人


 牢獄に備え付けられた囚人監視用モニターには、室内で逆立ち腕立て伏せ筋トレに励む彼の姿が映っていた。

 襟足を伸ばした銀髪からは汗が滴っており、その雫が彼の頭上に水溜まりを作っていた。

 顔立ちは猛獣が如き鋭い目つきこそしているが整った相貌をしている。

 筋骨隆々の逆三角形の肉体は魅せるためのものではなく、それそのものが武器となる筋肉の鎧であった。


「彼には恐怖心というものがなく、ただ、強者との戦いだけを求める戦狂いです。だからこそ、数多の戦場を渡り歩く傭兵として活動をしていましたが、強者と見れば敵味方関係なく戦いを挑み殺害する悪辣さから懸賞金をかけられ、当時特務課職員だった・・・・・・・・者によって捕縛されました」


 壁を隔てたモニター越しであるというのに、彼が放つ覇気とでも呼べる威圧感は凄まじいものであった。

 しかし、特務課メンバーは勿論として、不思議と風早ら高専生も物怖じすることはなかった。


(そうか、もう僕らは彼以上の強者と戦ったことがあるからか)


 彼らは既に体験していた。

 蘆屋道満という人類の究極にまで到達した強者を。

 手も足も出なかったとはいえ、その強さの根源である信念強さの芯をその身でもって体感した彼らは今更この程度で怯むようなことはなかった。

 

(なるほど。あの伝説の陰陽師と相対した経験はしっかりと活きているという訳ですか)


 看守でさえ彼らの気迫に耐えられるものは少ない。

 だというのに、高専生は誰も足を竦ませることもなく平然としている様を見て、レイルは舌を巻いた。


「では、最後の区画をご案内しましょう」

「最後の区画? レート7の先があるということでしょうか?」


 ここが大監獄の最下層かと思えば、その更に先があるようなレイルの口振りに染谷は疑問の声を挙げる。


「いえ、区画としては同一です。しかし、この区画の奥にはレート7でも上位以上に位置する規格外中の規格外を収容している牢獄がありますので、其方そちらへご案内いたします」


 そう言って、レイルはレート7収容区画の通路を進み、途中いくつかある牢獄を素通りして奥へと進み続ける。


 そして、辿り着いた先にそれはいた。

 分厚い扉越しでも感じる威圧感。

 道中にいた囚人たちだって、レート7と定められた規格外の怪物たちだ。

 しかし、目の前のそれは彼らと比べても格が違った。

 顔さえ見えていないというのに、高専生らは冷や汗が止まらなかった。


 囚人番号:706

 名前:レイモンド・レッドフィールド

 年齢:64歳

 元懸賞金:60億2000万円

 紋章:偉人格幻想種:パラシュラーマ

 犯罪歴:当時24歳の頃、単身でインドおよび周辺諸国連合へと戦争を仕掛け、当時のインド最強、バングラデシュ最強、ネパール最強の紋章者三名と他有力な紋章者たちを多数殺害。

 殺害人数:18022人


 モニターには各種情報と共に、鎖で身動き一つ取れないよう雁字搦めに拘束された男が映っていた。

 長い白髪に顎髭を蓄えた老人。

 歳の頃は六〇を越えているというのに、その鋭い眼力は衰えることなく、モニター越しに八神らを威圧していた。


『これはまたゾロゾロと引き連れて来たじゃないか。……レイル君』


 囚人からは分厚い扉によってこちらの様子を知覚することは不可能だ。

 だというのに、レイモンドはなんでもないように状況を把握して話しかけてきた。


 そして、次の瞬間。


 その場にいた全員が上半身を吹き飛ばされたと幻視した。

 それほどまでに濃密な殺気がその場にいた全員を襲う。


「レイモン——ッッ!!」

「何してんの君?」


 レイルの叱責を遮るように、八神の冷たい声と先と同等クラスの殺気がレイモンドへ浴びせ掛けられる。

 大切な庇護対象である高専生らを害された八神は怒りを覚えていた。


 だが、その思考はしかと冷静さを保っている。

 彼女が殺気を放ったことでレイモンドの殺気が幾分か相殺され、高専生らは多量の冷や汗を流しながらもなんとか意識を保つことができていた。


『良いな、心地良い殺気だ。この無粋な鎖が外れれば是非とも手合わせ願いたいところだよ』

「叶わない願いだよ。君がここから出られるはずないでしょ」


 ビリビリとした殺気がぶつかり合う中、レイモンドは落ち着いた老齢な声色で、八神は怒りを内に秘めた冷淡な声色で言葉を交わす。

 音も光も遮断する扉を隔てているというのに、どのようにして声を届かせ、受け取っているのかは定かではないが、二人は確かに会話を成立させていた。


『そうかな? 私の勘はそうは言っておらんがね』

「錆び付いてるんじゃない?」

『フハハハ! 随分と口が達者なお嬢さんだ』


 身を抉るような殺気はなりを潜め、レイモンドは好々爺が如く笑い声を挙げた。


「レイモンド。お喋りはその辺りにしておきなさい」

『おぉ、怖い怖い。では、私は一眠りするので静かに頼むよ』


 そう言うや否や、レイモンドは身体を弛緩させて、あっという間に眠りについた。


「一先ずは安心しました。高専生の皆様もなんとか耐えて頂けたようですね」


 レイルはそう言うが、風早ら高専生はそうは思わなかった。

 あのまま八神が殺気を相殺してくれていなければ、ショック死はせずとも意識を持っていかれていたかもしれないからだ。

 

(未熟に過ぎる)

(まだまだ、気を引き締めないと)


 各々が内心でレート7の高みを改めて意識し、心構えを新たにする中、レイルは言葉を続ける。


「ここ、レート7収容区画最奥部には二名のレート7最上位クラスが収容されています。彼らは同じレート7でも脅威度は比にならないため、身動き一つ取れないよう拘束した上で、拘束具を介してほぼ全ての魔力を徴収し続けています」

「この先にいるもう一人の囚人はどのような人物なのですか?」


 先のレイモンドと同等クラスの怪物がこの奥にまだもう一人いると知った染谷はどんな人物なのか気になり尋ねるが、


「それが、私も知らないのですよ。この先へ進むには看守長の網膜認証のみで開く扉を抜ける必要がありますので、私も立ち入ったことはないのです」


 “まぁ、おおよその察しはつきますが……”とレイルは特務課の面々を流し見る。

 その視線に心当たりがある特務課の面子は苦々しい表情を浮かべるが、八神は高専生らと同じく思い当たる人物が浮かばないため小首を傾げていた。


「では、監獄ツアーはこの辺りで終了とさせて頂きます。出口までご案内いたしますのではぐれないようお気をつけください」


 

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