第130話 拭いきれない不安


 副看守長レイルの案内のもと、八神ら一行はハワイ地下大監獄の階層を下っていく。

 透明とうみょう少年や軽犯罪受刑者を収容していた第一階層から第二階層へ。


「ここにはレート3〜4相当の受刑者が収容されており、日々重労働に勤しんでいます」


 第二階層は先の第一階層と基本構造は同じだが、吹き抜けの二層構造となっていた。

 上層は囚人たちの収容スペース、下層は囚人たちの労働施設だ。

 柵から下方を覗き込むと、そこではエアロバイク型発電機に跨り、凄まじい形相を浮かべて漕ぎ続ける囚人たちの姿があった。


「なんか刑務作業にしてはめちゃくちゃモチベ高くない?」


 刑務作業は自身の刑期に直結する故にある程度のモチベーションが生まれることは理解できる。

 しかし、それにしても些かモチベが高過ぎるのでは? と静は疑問に思った。


「彼らが発電した電力は基本的には監獄を運営する電力や外部へ売って資金にしています。その為、それぞれにノルマが課せられているのですが、そのノルマを超過すれば超過分の七〇パーセントを現金支給しているのです。監獄内の売店ではオセロや将棋などの娯楽用具を初め、有料で食事のアップグレードなども行っていますので、それを目当てに彼らは日々頑張っているという訳です」

「成程。合理的だな」


 ノルマややりがいだけでモチベを保てる人間など極小数に過ぎない。

 多くは報酬があってこそモチベを保つことができる。

 そう言った人間の心理を利用したシステムを構築することで、作業効率を上昇させている点に凍雲は感嘆の声を溢した。



   ◇



 続いて、一行は第四階層へと降っていく。

 第四階層は牢獄の形状こそ同じだが、施設の様相は一変していた。


「あっつッッ!!?」


 第四階層へ続く扉を開けた瞬間、皮膚を焼くほどの熱波が襲いかかってきた。

 副看守長レイルの直ぐ背後についており、その熱波を最初に浴びた八神は咄嗟に高専生らを護るため、全員に防壁を張る。


「おっと、申し訳ありません。いつものことでしたので気がつきませんでした」


 レイルは特別な防備など一切ないというのに、熱波の中でも平然としていた。

 これだけの熱量なのだ、彼が触れていた扉にしたって皮膚が溶けるほどの熱を持っていた筈だというのに、その手に火傷跡と見られる傷はなかった。


「よくこれだけの熱量の中平然としてられるね」

「私はこの区画へは職務でよく訪れるので、無意識下でこの暑さを超克して捩じ伏せる癖がついてしまっているだけですよ」


 レイルはなんてことのないように言っているが、それこそが彼の卓越した戦闘技術を証明していた。

 無意識下での超克など、レート6相当に至っている高専トーナメント出場選手らでさえまだ殆どの者ができない芸当だからだ。


「熱は八神さんがなんとかしてくれているのでしょう? 問題もないようですのでこのまま案内させていただきますね」

「いいけど、次からは事前に言っておいてよね」


 先の戦いで蘆屋に指摘された未来視頼りを克服し、再び無念無想の境地による先読みを取り戻して習熟を重ねている八神といえど、前兆もなく、予想だにしない事態に対応することはできない。

 だからこそ、分かりきっている事実くらい教えてほしいものだと、口をへの字にしてちょっとばかりプンプンしていた。


 そんな八神へレイルは愛想笑いで返すと、歩きながら第四階層の説明を始めた。


「ここ第四階層に収容されているのはレート5〜6相当の囚人です。彼らは一癖も二癖もある人物ばかりですので、刑罰も兼ねて地熱を利用した大熱量空間にて収容しています」


 施設の造りはまるで活火山内そのものといった様相であり、壁面には牢獄が立ち並び、中央部には彼らが刑務作業を行う為の囲いで区切られたエリアが存在した。

 ダイヤモンドヘッドは三万年前の活動期以来、活動を停止している火山ではあるが、その地下深くには未だマグマが煮えたぎっている。

 この施設はそのマグマから発せられる熱を利用して室温を極限まで高めているのであった。

 その室温は優に九十度を上回り、常人であれば一日と命を保てない程だ。


 囲いの内部では、冷蔵庫サイズの機械装置から伸びるコードを魔力阻害装置である腕輪に接続して死に物狂いの形相を浮かべる囚人たちの姿があった。

 視線を移して、牢獄に設置されているモニターを見ると、中にいる囚人は一様にぐったりとしている様子だった

 

「ここも基本的には第二階層とシステムは同じです。ただ、先も言ったように癖の強い人物が多く、報酬制度では動かない者も多い。ですので、ここでは水分を報酬とする事で強制的に労働させるシステムが構築されています」

「中々に人権を無視した対応だけど大丈夫なんですか?」


 あるいは拷問とでも呼べる収容環境に高専生徒である日向夏目は疑問を呈するが、レイルは静かに首を横に振る。


「そもそもがレート5以降の受刑者は終身刑相当の受刑者ですので、刑罰の中には人権の剥奪が含まれています。ですのでなんの問題もありません」


 レイルの言葉に日向は高専で習ったことを思い出し、“あ、そっか……”と声を漏らして納得した。


 そして、立ち並ぶ牢獄に沿うように一行は先へと進んでいく。

 その道中には、この暑さをものともせず涼やかに読書やトレーニングといった各々の時間を過ごす者たちもいた。


 囚人番号:612

 名前:ジャック(仮名)

 年齢:34歳

 元懸賞金:15億3000万円

 紋章:自然格:霧

 犯罪歴:権力者を憎み、十四名の政治家、そしてその護衛ら関係者総勢二〇一名を殺害。

 

 扉に備え付けられたパネルにそう表示された囚人は、この焼き付くような暑さの中でも椅子に腰掛けて涼しげに読書にふけっていた。


 囚人番号:642

 名前:釘咲くぎさき慎護しんご

 年齢:124歳

 元懸賞金:16億7000万円

 紋章:偉人格:ヴラド三世

 犯罪歴:紋章覚醒の折、ヴラド三世の吸血鬼としての側面であるドラクリア公に精神を乗っ取られた結果、二四五名の一般市民を吸血してグールと呼ばれる怪物へと変異させた。


 そうパネルに表示された彼は、扉に隔てられたこちらが見えるはずもないというのに、まるで品定めでもするかのように睨めつけていた。


 囚人番号:667

 名前:氷室ひむろ七夜ななや

 年齢:16歳

 元懸賞金:12億2000万円

 紋章:自然格:氷

 犯罪歴:中学一年生であった当時、超克を用いない一切の攻撃を受け流す自然格特有の全能性に飲まれた結果、能力の試運転と称して学校内にいた教員生徒含めて四三一名を殺害。


 牢獄内にいる彼は魔力を奪い続けられているはずだというのに、大熱波の中においても溶けることのない氷で部屋全体を覆い尽くし、静かに食事を摂っていた。

 恐らくは巧みな魔力制御技術によって、少ない魔力で最大限の紋章術を実現しているのだろう。


 軽く見ただけでも、曲者揃い。

 もしも、アメリカの調査通り監獄からの一斉脱獄がなってしまえばハワイは一夜にして惨劇の舞台となってしまうことだろう。


(未来視は相変わらず使えないけど、千里眼でしっかり監視はしておこう)


 警備の強化が施され、アメリカ最強の紋章者も派遣された盤石の体制であれば何も問題はない。

 そう思いたい八神であったが、どうしても不安を拭いきれない。

 彼女はその直感を信じて、ハワイにいる間は常に千里眼で監獄周辺を見張り続けることを決めたのであった。



————————————————————

後書き


いつも読んでくれてありがとうございます♪


導入部ということもあり、暫く味気ない展開が続くかもしれないですが、お楽しみ頂ければ幸いです。


なお、コメントで紋章は偉人格が好き、動物格が好きなど教えてくれたり、こんな紋章者が戦う様を見てみたいなど要望があれば是非参考にさせて頂きますのでご遠慮なく申し付けください☺️

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