第117話 侵食領域の極地
黒き小世界は舞い散る桜が如く斬り裂かれた。
如何に数多の神々や幻想種を喰らい尽くした異形の存在といえど、確かにその生命は途絶えたことだろう。
しかし、蘆屋道満という男は誰よりも
だからこそ、
桜のように舞い散る黒き小世界の断片が一箇所に集約すると、その中から腕が飛び出した。
すると、続け様にもう一本腕が飛び出した。
二本の腕は黒き穴をこじ開けるように押し広げると、内部から五体満足な状態の蘆屋道満が這い出てきた。
否、その姿に変化こそないが、その内側は明確に変化を遂げている。
その身から感じる魔力量は途方もなく、かつて、ルシファーが無意識化で展開していたものと同様の現象を引き起こしていた。
その内に取り込んだ全神性を解放した蘆屋は、ただそこにいるだけで世界を自身の色で染めあげていく。
夕陽が落ちつつある空は星々煌めく古き時代の夜へと塗り替えられ、その中天には紅き月が神々しく——あるいは禍々しく——鎮座する。
変化はそれだけに留まらず、荒れ果てた周囲は平安京を思わせる和風建築によって次々と塗り替えられていった。
「いやぁ、油断したわ。まさか特記戦力以外に奥の手を切らされるとは思ってなかったわ」
『
それを呪符に保存して、自身の死をトリガーとして発動するように仕掛けていたのだ。
蘆屋としても、この切り札を切らされるのは宿敵である晴明、足止めを振り切った朝陽か柳洞寺、何らかの要因で制約がなくなり行動可能となった天羽、この四人の内誰かだと思っていた。
「ったく、この秘術は面倒な下拵えと儀式が必要やから一つ限りの奥の手やったんやけどなぁ」
しかし、その想定は外れた。
序盤は様子見する悪癖のあるルキフグスなら、本気を出す前に仕留められると踏んでいたのだが、誰かの入れ知恵によって最初からフルスロットルで来られたが故にズレが生じた。
「……厳おじさん、力を貸して。私一人じゃ、アレには勝てない」
「……こうなる前に倒したかったが、仕方がない。……死力を尽くして討つぞ!!」
だからこそ、蘆屋道満は遂にその本領を解き放った。
コンテニューは最早存在しない。
ここからは、確実な力で障害を捩じ伏せる。
そして、来たる晴明との決戦の場を整える。
「死力を尽くすやとか、仲間と協力するとか、そんなんじゃどうしようもない絶望ってのを教えたるわ」
蘆屋は特に何かしらの動作をしたわけではなかった。
ただ、殺気を放った。
それだけでルキフグスと厳は凄まじい重力に叩き潰された。
「
しかし、叩き潰された二人はルキフグスが創り出した幻影であった。
光速さえ上回る速度で背後に回ったルキフグスは長大な刀を用いて、万象を崩壊せしめる事象崩壊現象の刃を放つ。
オリジナルより遥かに速い速度で放たれた三条の太刀は防ぐこと敵わず蘆屋の身体を両断する。
だが、両断したはずの蘆屋は霞となって消え去った。
「化かし合いは術師の独壇場やろうに」
真上から声がしてバッと見上げると、そこには式札が一つ浮かんでいた。
「ハズレ」
瞬間、ルキフグスの真下から莫大な火柱が立ち昇る。
しかし、炎は彼女を飲み込むその直前で、横合いから放たれたマグマによって遮られる。
「強さに惑わされるな! 術師の本懐は嘘とハッタリじゃ!」
「よう分かっとるやないか」
今度は厳の背後から声が聞こえたが、彼はそれを無視して遠くに見える物見櫓を地下から噴出させた大質量のマグマで飲み込む。
「
厳の背後から聞こえた声はまたしてもダミー。
物見櫓から弓矢によってルキフグスを狙っていた蘆屋は見事にマグマによって焼かれてしまった。
けれど、その傷も
「
声が聞こえた時には、既にその災厄は降り注いでいた。
——
——大規模転送システム・ヘルメス。
——
転送装置によって宇宙空間からほぼノータイムで直上へと放たれた極大の災厄を避ける術など、さしもの蘆屋道満も持ち得ない。
抵抗する間もなく、広島型原爆の一八五倍とも言われる大火力が蘆屋を飲み込んだ。
そして、彼を覆うように展開された八咫鏡がその大火力を逃さず、内側へ反射し続けることでその威力を数百倍にも高める。
「
——
ドーム状に展開された八咫鏡の内側から食い破るように一条の極彩色の矢が放たれた。
森羅万象を反射する八咫鏡といえど、世界すら穿つ矢の前では濡れ紙を破るように穿たれてしまった。
そして、その穴から飛び出した傷一つない彼はその手を上空に滞空するルキフグスへ向ける。
「ほうら、お返しや!!」
蘆屋の身から這い出た半透明な狼の口腔から、先程喰らい尽くした隕石による莫大なエネルギーを放出する。
ルキフグスは天を薙ぎ払うように放たれた光線を避けることはできたものの、その余剰熱量だけでも身を焼き焦がされる。
彼女は即座に傷を癒そうと、スラヴ民話における万病万傷に効く霊薬を頭から被るが、火傷が治癒することはなかった。
「
「そう」
蘆屋の言葉に短く返したルキフグスはなんの
そして、その上で再び霊薬を被ることで皮膚が削がれた箇所を完治させてみせた。
「ほう、火傷箇所を削ぎ落とすことで傷を上書きしたか。なんともぶっ飛んだ嬢ちゃんや」
「とっても痛いけど、治るなら問題ないでしょ?」
なんてことはない風に返したルキフグスは厳と並び立つ。
その眼前では、紅き月を背後に、瓦屋根の家屋に立つ最強の陰陽師が不敵な笑みを浮かべている。
「流石、としか言いようがないな。誇りに思うとええわ。この蘆屋道満が認める。お前らは神々なんかよりよっぽど強いわ」
実際に
ただ力を持っているだけの神々などよりも、想いの強さで強くなり、仲間と共に手を取り合う彼らの方が余程強いと。
「だから、その強さに敬意を評して、侵食領域の極地ってもんを見せたる」
紅き月が怪しい輝きを放つ。
その光を背に浴びながら、蘆屋道満は両手で次々と印を結んでいく。
九字を結ぶと、次に蘆屋は両手の人差し指と中指を立てて、右手を刀、左手を鞘に見立てる。
しかし、それを悠長に見逃すはずもない。
“アレだけは発動させてはならない”、と本能が打ち鳴らす警鐘に従って二人は即座に攻撃を放つ。
「
「
ルキフグスの放った極大のドラゴンブレス。
そして、厳の放った溶岩龍が蘆屋道満へ放たれる。
「
両者が放った一撃は
その間にも、蘆屋道満は刀に見立てた右手で空を切ると、鞘に見立てた左手にその手を収めた。
「これにて準備は整った。さぁ、ご照覧あれ!! これこそが、侵食領域の極地ッッ!!!!」
——領域顕現・
怪しく光る紅き月が、その輝きを一層強める。
それこそが、全てを終わらせる終焉の瞬きであった。
無意識化に展開された領域の中で、更なる領域が顕現する。
彼の人の領域から逸脱した技巧によって、紋章画数の消費さえ不要として発動された絶技。
領域を区切らぬその
領域内に紛れた虫や小動物、微生物までもが彼の色に塗り潰されてこの世に存在し得ない歪な存在へと作り変えられていく。
それは当然、相対していた二人も例外ではない。
光よりも速く動けるルキフグスといえど、蘆屋道満の結界によって区切られたこの場から、刹那にも満たない時間で逃げ出す術はない。
全てを焼き尽くすマグマである厳といえど、あの禍々しき光を焼き尽くすことはできない。
彼らはロクな抵抗さえできずに蘆屋道満の色に染め上げられる。
はずだった。
「良かった。ギリギリ間に合ったね」
彼らの前には、翠緑に光り輝く女性が立っていた。
腰まで届く流麗な栗色の髪は、今や翠緑に染め上げられている。
その瞳は頭髪同様、栗色から翠緑に染まり、黄金の色も混じる。
右手には彼女の愛剣である、身の丈ほどもある十字架を想わせる長剣。
ルキフグスと厳の身体にも同様の翠緑の輝きが纏われているところを見るに、彼女が蘆屋の侵食領域から護ってくれたのだろう。
「対アルテミス用の防衛システムが完成して、民衆の避難も完了。各地の戦闘も後は私がいなくても大丈夫でしょう」
十字架を想わせる長剣を蘆屋に向け、彼女は堂々と宣言する。
「ということで、ここからは私も参戦するのでよろしく頼むよ」
特務課第二班班長にして、蘆屋道満が警戒する特記戦力の一人。
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