第109話 我が主人へこの勝利を捧げましょう

 バトルドーム北部は激しい戦闘によって、多くの建物が倒壊して瓦礫の山と化していた。

 運良く原型を留めているものでさえ、損壊は激しく廃墟同然の有様だ。


 大空は餓者髑髏がしゃどくろが解放した莫大なドス黒い魔力によって暗雲が立ち込め、高濃度の魔力が空間にヒビを刻み込んでいる。


 そんな荒廃した大地で、餓者髑髏とウォルターは互いの得物を手に凄まじい攻防を繰り広げていた。

 趨勢すうせいはウォルターに傾いている。

 彼の凄絶せいぜつな槍撃に、隻腕せきわんとなった餓者髑髏は左手に持つ骨で作ったショートソードで防ぐのが精一杯といった様子だ。

 しかし、それが誘い・・であることを彼は理解していた。


「いつまで出し惜しみしているつもりだ!! テメェの考えることなんざお見通しなんだよ!!」


 ウォルターは久貝くがいの狙撃によって失った餓者髑髏の右腕側から槍撃を叩き込む。

 これ見よがしな弱点。

 左腕一本となった現状では、右側はどうしても対応が遅れてしまうことだろう。


「これは失礼致しました。貴方様に二番煎じな真似が通用するはずもなく」


 腕を喪失した右側へと放たれた槍撃を寸前で引っ込める。

 それと同時、餓者髑髏の右肩から千にものぼる骨の棘が氾濫はんらんした。

 

 それを予測していたウォルターは余裕を持って回避する。


 だが、餓者髑髏はそんな歴戦の戦士の読みを遥かに上回っていた。

 読み通りにことが運んだことで、無意識の内にウォルターは気を緩めてしまっていたのだ。


僭越せんえつながら、その読みを利用させて頂きました」


 その隙を狙い澄ました餓者髑髏は千にものぼる骨の棘、その一本一本から莫大な魔力砲を発射する。


「——チッ! 万象須く我が手に在りヤルングレイブ!」


 ウォルターは餓者髑髏の策によって隙を晒してしまいながらも、咄嗟に北欧神話の雷神トールが身につけていた籠手こてを召喚する。

 本来は持ち主さえも焼き焦がすミョルニルを掴む為の霊装とされるが、神の霊装がその程度の性能なはずがない。


「クーリング・オフってなぁ!!」


 『万象を掴む』ヤルングレイブを用いたウォルターは、魔力砲を掴み取り、そのまま全てを纏め上げて餓者髑髏へと返した。


「おや、返品は受け付けておりませんよ」


 餓者髑髏は左手に持つ骨剣を指揮棒タクトのように振るう。

 すると、ウォルターの掴んでいた魔力砲が突如光を放ち、大爆発を引き起こした。


生憎あいにくと、二段、三段と保険を掛けなくては安心できぬ性質タチでございまして」

「チッ」


 大爆発によって吹き飛ばされたウォルターの身体に目立った傷はない。

 たとえ腕が吹き飛ぼうとも、不治の呪いを含まぬ攻撃は即座に再生するからだ。

 だが、彼の身体には明確な変化が生まれていた。


「視界を奪われたか」


 爆発には失明の呪いが含まれていた。

 それも、特別強力な呪いのようで、北欧神話の全神性の力を振るえるウォルターでさえも解呪できなかった。


「そんなに俺の眼光が怖かったかよ」

「ええ、恐ろしいですとも。その荒い口調もワタシの恐怖心を煽ります故、封じさせて頂きましょうか」


 餓者髑髏がフッと再構築した右腕を上へ振るうと、粉末状の骨が大量に舞い、巨大な大竜巻を巻き起こした。

 触れればヤスリに掛けられたように即座に削られ、吸い込めば呼吸器官を詰まらせる。

 おまけに、骨粒子一つ一つに術式が刻まれていることが知覚できた。

 恐らくは、沈黙の呪いでも刻まれているのだろう。


「そんなに怖えなら思う存分ビビらせてやるよ」


 迫り来る骨粒子の大竜巻を前に、ウォルターは咆哮を上げる。

 咆哮といえど侮るなかれ。

 アルスター伝説に謳われるクー・フーリンはときの声だけで一〇〇人もの人間を殺したことがあるのだ。

 そんな彼の咆哮は、物理的な衝撃波となって骨粒子の大竜巻を粒子に刻まれた術式諸共に跡形もなく吹き飛ばしてみせた。


「何と凶暴な……」


 これには餓者髑髏も想定外であった。

 しかし、この程度で冷静さを欠くような彼でもない。


——永劫不変たる輝きクリアジーン・カタドゥヒャン!!


 間断なく襲いくる横一文字の一閃を屈んで回避する。

 彼の背後では、瞬く間に伸張し、彼方まで伸びた刀身が廃墟とした建物を軒並み一文字に斬り裂いていた。


(あれを受ける訳にはいきませんね)


 ウォルターが手にするは光輝くショートソード。

 その脅威を彼は即座に見抜いていた。


(瞬時に刀身が伸張する速度や彼方まで斬り裂く長大さにこそ眼がいくでしょうが、その真髄は万物を斬り裂く鋭利さにこそある)


 ウォルターは長大な刀身へと伸張させた永久に変わらぬ輝きクリアジーン・カタドゥヒャンを振るい続ける。

 音速の数百倍の速度で伸縮を繰り返す不規則な刀身はフェイントを入り混ぜることで予測不能の乱れ切りを実現していた。


 想定していた場所に来るはずの斬撃が来ず、無駄に回避してしまった隙を狙って二の太刀、三の太刀が襲いくる。

 持ち前の臆病さによって身につけた肌感覚の鋭さがなければ今頃切り刻まれていたことだろう。


「貴方の太刀筋には慣れました。もうその剣が私を捉えることはありませんよ」

「へぇ、そうかい?」


 斬り裂く光輝く剣が地平の彼方まで薙ぎ払う。

 その斬撃を頭を屈め、頭上スレスレで回避しながら餓者髑髏は猛烈な速度でウォルターへと接近する。


 そして、右手に持ち変えた骨の剣を彼の喉元目掛けて振るった餓者髑髏は——





 ——本能が鳴らす警鐘音に従い即座に後方へバックステップを刻んだ。




「——ッッ!!」


 瞬間、彼が先までいた地点を地面から突き出した光輝く剣が刺し貫いた。


「成程、刹那とでも形容すべき伸縮速度でも、彼方まで斬り裂く長大さでも、ましてや万物を斬り裂く鋭利さでもない。その真髄は変幻自在に形状を変える刀身にこそありましたか」

「良い勘してやがるぜ」


 永久に変わらぬ輝きクリアジーン・カタドゥヒャンは変幻自在の刀身を持つ剣。

 ウォルターは地中から折り曲がるようにして刀身を伸ばしていたのだ。


「生憎と、臆病だけが取り得なものでして」


——彷徨未葬随骨ほうこうみそうずいこつ!!


 先まであえて発動していなかった術式を用いてウォルターの背骨を粉々に粉砕した。

 首吊り賢神の刻印ヴァク・ハングドマン発動後は使用していなかったこともあり、あえて間隔を開けて使用してくるだろうことはウォルターも予測していた。

 だが、


(——ッッな!? 北欧全神性の加護でも防ぎきれねぇってのか!?」


 彷徨未葬随骨ほうこうみそうずいこつは魔力感知で観測した対象の骨に干渉する術式だ。

 発動の前兆は存在せず、突如として襲い掛かる即死攻撃を回避する手段などない。


 だからこそ、彼は数多の神性の力を借りて、何重もの魔術防壁を展開していたのだ。

 しかし、それすらも餓者髑髏の術式には通用しなかった。


「我が術式は外から働きかける術ではなく、その身に刻まれた業によって呪う術。ほんの少しの罪科でも背負っていれば回避する余地はなく、どれほどの防備を備えたとしても意味はありませんよ」


 人は誰しも多かれ少なかれ悪行を行うものだ。

 例えば、幼児が無邪気に蟻を踏み潰すように。

 例えば、悪気もなく街中にポイ捨てするように。

 自動車を走らせて、二酸化炭素を排出することさえ無自覚な罪科としてその身にカルマは課される。


「んなもん、生きてる限り回避も防御も不可能ってことじゃねぇか!!」


 背骨を砕かれたウォルターは即座に再生するも、脊髄を破壊された身体からは一瞬力が抜けてしまう。

 そして、それはこの場において致命的と言わざるを得なかった。


「これで終わりにしましょう」


 餓者髑髏が骨剣を指揮棒タクトのように振るうと、地中から数多の亡者もうじゃが現れ、ウォルターの身体を拘束する。

 そして立て続けに、頭上には三重に転輪する魔法陣が展開される。

 その魔法陣からは莫大な魔力が感じ取れる。

 遥か上空を覆い尽くす黒雲は魔法陣を中心に渦を巻いていた。


「マズッッ——!!」

 

 絶死の状況下、本能は過去最大の警鐘を打ち鳴らすも、亡者が流し込む呪詛が身体から抵抗する力を奪い続ける。

 そして、抵抗虚しく最後の術が解き放たれる。


三界呪法さんかいじゅほう:“鬽神楽みかぐら”」


 遥か上空に渦巻く黒雲。

 その中心点から魔法陣を通るように放たれたドス黒く不気味な閃光はウォルターの肉体を、魂を焼き貫いた。

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