第108話 ろくでなしな大英雄
彼は浴びるように酒を飲み、両脇に女を
一言で言えば、ウォルター・ホーリーウッドという男はどうしようもない人間だった。
だが、その印象が覆るのに、そう長い時は要さなかった。
別日、ウォルターが同じように酒場で飲んだくれていると、一人の女性が彼の元へ駆け込んできたのだ。
——アイシャが! アイシャが誘拐されたの!! お願いします! 私に出来ることならなんでもします! だから、……だから!! アイシャを、私の親友を助けてください!!
駆け込んできたのは、ウォルターがいつの日か口説いた女性の一人だった。
面識としてはそう濃いものでもない。
過ごした時間は数刻ばかりに過ぎず、関係性としては数多く口説いた女性の一人に過ぎない。
しかし、ウォルターは彼女の顔を、声を、名前を覚えていた。
当然、彼女の友人であるアイシャの名も。
ウォルターは酒瓶を一気に飲み干すと、
——良い女が軽々しくなんでもするなんて言うんじゃねぇよ。お前はただ一言、助けを求めりゃそれで十分なんだ。
——十分じゃない。私一人なんかじゃ全然足りないくらいよ!! だって、……アイシャが連れ去られたのは……。
彼女は顔が涙でぐちゃぐちゃになっていることも構わず、ことの詳細を伝える。
アイシャを連れ去った人物は、ウォルターが滞在していた国が戦争している敵国、その将軍の命令を受けた人物だった。
つまり、彼女の友人を救いにいくということは、一国を相手にすることと同義であった。
だからこそ、彼女は絶望した。
たった一人の女の為に一国を相手にするバカなどいるはずがないからだ。
自分一人が全てを捧げたところで、望みを叶えてくれる者などいるはずもないからだ。
その話を別卓にて横目に見聞きしていた天羽は、己が救いに行こうかと腰を上げようとした。
その時だった。
——なるほど。分かりやすくて良いじゃねぇか。
そんなバカが、ここにもう一人いた。
その絶望的な状況を聞いて尚、ウォルターは朗らかに笑って見せたのだ。
——変わらねぇよ。相手が一人だろうが、一国だろうが。良い女が助けを求めてる。戦う理由はこれだけで釣りが来るだろ。
ウォルターは彼女の涙を拭い、
——だから、お前はここで待ってろ。すぐに
戦場へと赴く直前、彼は振り返ると、気の良い兄貴分のような笑みを浮かべる。
——だから、そん時は泣きっ面じゃなくて、とびっきりの笑顔で出迎えてくれや。
背後から聞こえる涙声の感謝に彼は後ろ手に手を振って返すと、彼女の友人を救い出すべく、たった一人で戦場へと繰り出した。
その姿を見て、天羽の評価は覆った。
彼は酒に溺れ、所構わず女を口説くどうしようもないろくでなしではある。
だけど同時に、助けを求める声に応えられる、一本筋の通った人間であると。
その後の結末かい?
当然、ウォルターの勝利だとも。
彼は何事もなかったかのように彼女の友人と共に酒場に帰って、笑顔で感謝を告げられていたさ。
◇
「ふむ、逃げ回っているだけではワタシには勝てませんよ」
「テメェこそいつまでもうざってぇ術式使ってんじゃねぇよ!!」
ウォルターは建物を障害物として利用して、地面から迫り出してくる無数の骨槍を回避しながらバトルドーム北部域を駆け回っていた。
その間にも
肋骨が内側から開いてはルーンで即座に再生。
腕が、足が砕けてはルーンで即座に再生の繰り返しである。
餓者髑髏の骨で作った武器には不治の呪いがあるが、術式にはそれがないので即時再生が可能なのだ。
とはいえ、文字通り身を裂くような痛みはあるし、再生に魔力も消費する。
決して効果がない訳ではなく、餓者髑髏は着実に獲物を追い詰めつつあった。
「効果的な術を使わない手はないでしょうに。さぁ、お次はどうでしょう?」
餓者髑髏は新たな一手を切る。
ズゥゥウウンッッ!! という重い音を響かせて地面が割れる。
そこから現れたのは、四体の巨大な骸骨。
神格を得る前の餓者髑髏と同一の個体が地を破り、その猛威を振るう。
「彼らは以前のワタシと同等の力を持っていますので、ご油断なさらぬよう」
「チッ、面倒くせぇ」
地面からは突き出す無数の骨槍。
頭上からは四体の巨大な骸骨による猛威。
それら全てが不治の呪いを孕んでおり、一度でも喰らえば術者を倒さぬ限り治療の術はない。
これに全身の骨を砕き、突き破られながら対処するなど不可能と断ずる他にない。
そう、普段ならば彼に勝ち目はなかっただろう。
しかし、餓者髑髏はたった一つだけ手を誤っていた。
彼に、良い女を救う為に戦うという理由を与えてしまったことだ。
「さぁ、終わりです」
四体の巨大な骸骨に囲まれ、ウォルターは遂に逃げ場を失う。
頭上からは四体の巨大な骸骨の拳が迫り、その隙間を埋めるように無数の骨槍が襲い掛かる。
「バァカ、大仕掛けは整った。勝負はここからだ!!」
——
足元に光り輝く魔法陣が浮かび上がる。
そこから溢れ出す莫大な魔力だけで、迫り来る骨槍は消し飛び、巨大な骸骨は吹き飛ばされる。
それは途轍もなく広大で、蘆屋道満の結界で区切られているバトルドーム北部全域に及ぶほどであった。
ウォルターは
彼は攻撃を回避しながら、北部全域にルーンを刻みこんでいた。
そして、彼は上空から見て漸く認識できるほどの巨大魔法陣を描き上げたのだ。
「この技を使うのは久々だな。アイシャを助けた時以来か」
彼の身体には真紅の紋様が広がっていた。
焔を想わせる複雑怪奇な紋章が全身に巡り、彼の紅き眼光には金色の
これこそが彼の奥の手。
原初のルーンを刻んだ巨大魔法陣を形成し、その内部に限り北欧神話における全神性の力を振るえるという埒外の大魔術。
「……なるほど。これはワタシのミスですね。彼に明確な戦う理由を与えるべきではなかった。最初に倒すべきは彼だったということですか」
遥か遠くに立ち昇る神性混じりの莫大な魔力を感知して、餓者髑髏は静かに己が過ちを認める。
そして、その上で彼はそれを打ち破るべく、およそ一〇〇〇年に渡って蓄え続けた己が
「ですが、ワタシも負ける訳にはいかないのです。我が主人の願いを叶える為に——」
解放された餓者髑髏の莫大な魔力によって天には暗雲が立ち込める。
彼の魔力が周囲に与える影響はそれにとどまらず、高濃度の魔力は空間にヒビさえ刻み込んでいく。
「——そして、ワタシの
北欧の全神性の力を振るうウォルターと同等か、それ以上の魔力を立ち昇らせて餓者髑髏は優雅に片手に持つ骨の剣を構える。
「我が全霊を持ってお相手いたしましょう」
瞬間、数キロメートルという距離を一息に駆け抜け、その余波だけで巨大な骸骨を塵へと変えたウォルターの魔槍と餓者髑髏の骨剣が激突する。
「さぁ、決着を着けようぜ!!」
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