第103話 勇猛果敢なる戦乙女



「たくっ、仮想空間あっちでも現実世界こっちでもレート7の相手をすることになるなんてな。我ながらついてねぇぜ」 


 浅井あざいは槍を振るい、鞍馬天狗くらまてんぐと戦いながらルークが述べた作戦内容を想起する。


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『作戦は単純だ。まず、ジンと浅井が二人がかりで鞍馬天狗の隙を作ってくれ。その隙をついて俺と瀬戸兄妹で狙撃を行う。ルミは二人の支援をしつつ、俺が合図をしたら所定の位置まで空間移動させてくれ』

 

 だから、とルークは続けてあるものを取り出す。


『静と浅井、二人はこれを持っていってくれ』


 それはポケットに入るサイズの小さな魔法瓶だった。


『俺の読みが正しければ必ず必要になる。使う機会は各々に任せるから、有効活用してくれ』


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 この作戦は誰か一人でも欠ければ成立しない。

 あるのは全滅か、全員生存かの二択。

 

 だからこそ、この作戦で最も重圧を感じるのは一般人であり、作戦の要でもある瀬戸奏せとかなでだ。


 そんな彼女が不安に思うような戦いは見せられない。

 彼女が安心して役割を果たせるように。

 彼女に勇気を与えられるように。


 浅井は獰猛な笑みを浮かべ、勇猛果敢に戦う。

 

「偉人格:長尾景虎ながおかげとらの紋章を励起!」


 脇腹に刻まれた合成獣が如き歪な紋章が紅く輝く。

 彼女が過去に喰らった紋章・・・・・・が呼び起こされる。


 呼び起こされるは、戦国の世において軍神と恐れられた『義』を重んじる武者。

 後世には上杉謙信の名で知られる戦国最強格の武将。


 紋章の輝きに呼応するように、浅井の速度が飛躍的に上昇する。


「我こそは毘沙門天びしゃもんてんの化身。この身は一騎当千の刃なり!!」


 浅井の瞳に仄かに金色が混じる。

 鞍馬天狗は、彼女の背に険しい顔つきの鎧武者を幻視した。

 

「虎の威を借る狐じゃな」


 だが、鞍馬天狗はその力を一笑に付す。

 

——炎極えんごく火武羅かぶら


 鞍馬天狗の右腕から放たれた白炎が浅井を飲み込む。

 炎は温度が上がるほど、黄、白、青と色を変化させていく。

 鞍馬天狗の純白の炎はゆうに摂氏七〇〇〇度を越えるものだった。


「んな緩火ぬるびが効くかよ!!」


 けれど、彼女に炎は通じなかった。

 鞍馬天狗が焼き焦がしたその姿は——分身。


 実体を持つ分身の一つに過ぎなかったのだ。


毘天八相びてんはっそう——」


 槍を持つ者。

 げきを振るう者。

 刀を構える者。

 

 種々様々しゅしゅさまざまな七種の武器を構えた、鎧武者の幻影を背に従える七人の浅井景虎が神速の一撃を叩き込む。


「——夜叉神楽やしゃかぐら!!」

「ゴアッッ!?」

 

 七人同時に放たれた攻撃によって鞍馬天狗は背後のカラオケ店まで吹き飛ばされてしまう。


 当然、ここで攻勢を緩めはしない。


(一気呵成いっきかせいに畳み掛ける!)


 その想いは静も同様であった。

 だからこそ、鞍馬天狗がカラオケ店に吹き飛ばされたと同時に、静は天空から加速し続けた蹴りを叩き込む。


風魔烈空ふうまれっくう!!」


 莫大な大気の奔流を纏いながら放たれた蹴りはカラオケ店諸共鞍馬天狗を粉砕する。


シャオ!!」

「浅井!!」


 双方共に示し合わすまでもなく、息を合わせて鞍馬天狗を前後に挟み込む。


「「合わせろ!!」」


——神威かむい!!

——猛虎もうこ雷哮掌らいこうしょう!!


 浅井の放った極大の斬撃波。

 静の放った黒いいかずちを撒き散らす虎を幻視させる掌底。


 二人の渾身の一撃が鞍馬天狗を前後から挟み込んで、凄まじい衝撃波を辺りに撒き散す。


わずらわしいわァ!!」


 だが、依然として風と真空による三層防壁を纏う鞍馬天狗には煩わしいだけで、その身に傷をつけることはかなわない。

 

 鞍馬天狗が放った莫大な熱波が二人を吹き飛ばさんと襲い掛かる。


「浅井!!」

「分かってらァ!!」


 その熱波を二人は渾身の攻撃で相殺し、耐える。

 ここで吹き飛ばされれば、流れが切り替わってしまう。

 一度防勢に回ってしまえば奴の隙を作ることは難しくなるばかりか、今の勢いを失ってしまうことになる。

 

 方時かたときも劣勢を見せるわけにはいかないのだ。

 奏がプレッシャーを感じず、万全の状態で役割を果たせるように、彼女たちは常に優勢を演じなければならないのだ。


 それが分かっているからこそ、二人は無理を押してでも攻めの姿勢を崩さない。


 この僅かな時間に、己の全霊を賭けるのだ。



   ◇



「準備は完了した。後は彼女たちが隙を作るのを待つだけだが、いけそうかい? 奏ちゃん」


 遥か遠方にある十階建てマンションの屋上。

 既に瀬戸の紋章術によって増幅されたルークの雷の槍は完成しており、後は隙を突いて奏が収束して放つだけであった。

 

「は、はい。……大丈夫です」


 返事を返す奏の声色は少し震えが混じっているものの、怖気付いた様子はない。

 

 奏は一度、深く呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

「はい。大丈夫です」


 改めてそう返事を返す彼女の声にはもう震えはなかった。

 毅然きぜんとした態度で、遥か遠方に霞む鞍馬天狗を睨みつけ、右手にタクトを構える。


(強いな。前衛の二人が攻めの姿勢を崩さないお陰というのもあるだろうが、彼女自身の芯が強い)


 普通、一般人が戦場に立たされるなど震えて、まともに立つことさえ難しい。

 戦士として訓練された軍人だって、初陣では震えてベストパフォーマンスなど到底できないのが大半だ。


 だと言うのに、彼女は毅然とした態度で、己が役割を果たさんとしている。


(いや、それは彼女に限った話じゃないか)


 ルークは横で遠方を睨みつける瀬戸を見る。

 妹と違い、未だに震えながらもその役割は十全に果たしている。

 こちらまで飛び火している余波の全てを一つ残らず全て無効化していた。


 増幅と無効化。

 相反する作業を同時に行うのはかなり難しく、本来の彼ならば到底為し得なかったことは想像に容易い。

 

 それを成し得ているのは、単に彼女の存在が大きいのだろう。


(互いが互いを信頼し、安心感を与えているということか。良い兄妹じゃねぇか)


 ルークは眩いばかりの兄妹の姿に目を細めて笑みを浮かべる。


(狙撃準備は万端だ。確実に当てられる算段もつけてる。だから、後は任せたぞ。浅井、静)



     ◇



壊空連弾えくうれんだん!!」


 圧縮された無数の空気爆弾が鞍馬天狗を絨毯爆撃する。

 その一つ一つがビル一つ吹き飛ばすに足る威力であるにもかかわらず、鞍馬天狗は意に介さず爆心地の中心地で呪術を発動する。


「そろそろ遊びも終わりで良かろう。まずは貴様から潰れろ」


 重力場が発生し、静が地に叩き伏せられる。

 そして、間髪入れずに次の手が迫る。


水極すいごく天逆鉾あまのさかほこ


 ルミの紋章術によって、鞍馬天狗がもたらした豪雨と共に降り注いでいた吹雪が、降り積もった積雪の全てが瞬時に蒸発し、曇天へと立ち昇った。

 変化はそれだけに留まらない。

 豪雨と共に吹き荒ぶ吹雪はなりひそめ、分厚さを増した曇天が寄り集まっていく。


 そして、快晴の空に現れたるは巨大な水の槍。

 地上と大空、この場にある全ての水分を凝縮して作られた一〇〇〇メートルクラスの巨大な水の槍が、一切の慈悲無く地に抑え付けられている静へ振り下ろされる。


「私に構うな!!」


 助けに動こうとしていた浅井だったが、彼女の声を聞いて即座に方針を転換する。

 背後では凄まじい轟音と共に一〇〇〇メートルクラスの巨大な槍が大地に突き立つ。


 だが、大丈夫だと言うその言葉を信じて、浅井は大技を発動してほんの僅かな隙ができている鞍馬天狗に肉薄する。


怪鬼八相かいきはっそう車懸くるまがかりのじん!!」


 先と同様八人に分身する。

 されど、その姿は異形。

 肉食獣の筋力を再現したしなやかな筋肉をタコの触手で圧縮し、甲殻類の外骨格でその身を留める。

 脚にはライオンさえも一撃で踏み殺すキリンを再現。

 同じくタコの触手で圧縮増強し、外骨格で留める。


 今までその身に取り込んだ数多の動物の力を借り受けた異形の力を持って、軍神の代名詞をここに再現する。


 鞍馬天狗を中心に円を描くように賭ける八人の浅井。

 眼にも留まらぬ速度で駆け抜ける八人の内一人が攻撃を仕掛ける。


軍神牙戟ぐんしんがげき!!」


 戟を異形の力の全てを用いて振り抜いた渾身の一撃は、莫大な衝撃波を伴って鞍馬天狗の腕を打ち抜く。


「チッ!」


 鞍馬天狗の身に傷はない。

 されど、その勢いまでは堪えきれず、右腕が上方へ弾かれてしまう。

 

 そして、間髪入れず失明した死角左側に潜り込むように近づいた浅井が左腕をかち上げる。


鬱陶うっとうしい!! 貴様らの攻撃などわしには通じぬとまだ分からぬか!?」


 ごちゃごちゃと煩わしい攻撃に痺れを切らした鞍馬天狗は両腕を弾かれた勢いを活かして右脚を軸に回転し、全方位に水の刃を放つ。

 

 第三撃を放とうと正面と背後から飛びかかった二人が斬り裂かれるが、残りの六名は回避に成功する。

 

 そして、正面に回った三人が同時に飛びかかり、鞍馬天狗の右目を狙い、刀を構える。


「「「一刀華犀いっとうかさい!!!」」」


 同一人物だからこそ行える三方全くの同時攻撃。

 異形の身体が壊れることもいとわない、限界以上に引き出した力による刺突が鞍馬天狗の右眼を穿つ。


 だが、鞍馬天狗は衝撃によって片足を振り上げた不安定な体勢のまま顔を退け反らせることとなりながらも、その刃が彼女の眼球に届くことはなかった。

 そして、反撃に放たれた風の刃によって三体ともにバラバラに斬り刻まれてしまった。


「カッカッカ!! 視力を奪おうとしても無駄だ!! 貴様程度の刃がこの身に届くものか!!」

「分かってんだよ、んなことは」


 浅井の狙いは鞍馬天狗の眼を潰して視界を奪うことではない。

 全ては、この一打を叩き込む為の布石。


「すっ転んでやがれクソ女ァ!!」


 不安定な体勢にある鞍馬天狗の、唯一地についていた左脚。

 その膝裏目掛けてげきが渾身の力で叩き込まれる。

 

「んなッッ!?」


 顔面への攻撃によって視界が遮られた一瞬をついて放たれた膝裏への攻撃。

 幾らレート七の怪物とはいえ、身体構造は人間とさして変わらぬ鞍馬天狗は、耐えることなど当然できず、ガクッと膝を折る。


 だが、膝を突きながらも鞍馬天狗は両手から白炎とカマイタチの奔流を放って分身を二体葬る。


 分身は全てかき消え、残るは本体ただ一人。

 

 だけど、それで充分だ。

 残った最後の一人本体がポケットから取り出した魔法瓶の蓋を開けて、近くへ放り投げる。

 地面に転がった魔法瓶は、その中身を溢しながらコロコロと転がっていく。

 

 これで、準備は整った。


「後は頼んだぜ」

 

 両腕を数多の動物の筋肉で増強。

 更に、甲殻類の外骨格で補強した上から絶縁性樹脂でコーティングを施した柔軟なタコの触腕で鞍馬天狗を絡め取る。

 そして、自分自身にゾウ、カバ、サイといった重量生物の特徴を再現して己自身をおもりとする。


小癪こしゃくな!! こんなことをしても無駄だとまだ理解せんか!!?」


 鞍馬天狗ならばこの程度の拘束、数秒もあれば解ける。

 

 しかし、その数秒を生み出す為に、彼女たちは死力を尽くしたのだ。

 

 そして、彼女たちが切り開いた僅か数秒の血路を無駄にする彼らではない。


「無駄じゃない」


 ルミの静かな声が響く。


「無駄になんかさせない!!」


 突如現れた瀬戸一真がルークの肩に手を置きながら吠える。


 浅井が撒き散らした魔法瓶の中身はルミが生み出した雪だった。

 辺りの雪がかき消された時の保険として渡されたその雪を介して、ルミ、ルーク、そして瀬戸兄妹の四名は空間移動で現れたのだ。


「ああ、あいつが侮った人間の底力を見せてやれ!!」


 ルークが瀬戸によって増幅された莫大な雷撃の槍を放つ。

 彼が蘆屋道満に放った全霊の一撃をも上回る極大の雷撃が瞬く間に鞍馬天狗を飲み込む。


「——ガカッッ!! グゥ……!! この程度の雷撃が通用すると思うてか!」

 

 だが、そのままでは鞍馬天狗は倒せない。

 その一撃を、致命の一撃へと変えるのは誰でもない、戦場から最も遠く離れた一般人たる彼女の役割だ。


「バーカ。本命はこれからだ」


 絶縁性樹脂をコーティングしたことで通電を免れた浅井は鞍馬天狗を拘束しながら不敵な笑みを浮かべる。


波長調律タクト勇壮に吼えろマルッツィアーレ!!」


 瀬戸奏には、緊張も不安もない。

 静と浅井の二人が決定的な隙を作った。

 ルミの空間転移によって虚をついた上で、当てやすい距離にまで近づけた。


(なにより、お兄ちゃんが私の前にいる。それだけで、私は安心できるんだ)


 これまでの人生で最も良いパフォーマンスができていると自信を持って言える。

 

 その意気が、みんなから貰った勇気が形を成したのだろうか。

 寸分の狂いなく調律された極大の雷は龍の姿をかたどり、天へと昇る。


 GYAAAAAAAAAAAAAA!!!!


 雷という莫大なエネルギーに、勇壮なる龍というイメージを与えられた雷の龍は天から地へ、その巨大な顎門あぎとを広げて襲いかかる。


 命乞いも、僅かな抵抗をする暇さえ与えはしない。

 刹那の間隙かんげきもなく、奏の緻密な調律によって制御された雷霆らいていの龍は、拘束する浅井の身体をすり抜けて鞍馬天狗だけを噛み砕いた。


 真空をも突き抜ける雷撃の前には鞍馬天狗を護る風と真空の三層防壁も意味をなさない。

 極限にまで研ぎ澄まされた雷撃は、鞍馬天狗に一言も発する機会を与えずその身を消し炭へと変えた。



   ◇



 ここに八体の厄災が一つ。


 至天侮慢してんぶまんの鞍馬天狗は破られた。

 

 残る厄災は、後五つ。


 

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