第102話 いつまでも護られてるだけの存在じゃない

 

「うぉぉぉおおおおおおおおお!!! 頑張れ俺!! 俺はできる子! 頑張れる子! 負けない子ぉぉぉおおおおおおおおお!!!」

「お兄ちゃんうるさい」


 浅井あざいジンの二人が前衛として鞍馬天狗くらまてんぐと交戦する後方。

 戦闘支援担当であるルミと一般人である妹のかなでを護るため、瀬戸一真せとかずまは津波のように押し寄せる戦闘の余波を全て打ち消していた。


 瀬戸のスカラーの紋章を駆使すれば、何の問題もなく防げるとはいえ、それが怖くない理由にはならない。

 一つ一つが直撃すれば即死級の余波。

 飛んでくる小石一つ取っても音速を容易く超えているのだ。

 魔力防御ができない奏では掠っただけでも手足が千切れてしまうだけの威力を持っているのだから、怖くないはずがない。


 しかし、だからこそ彼は半ベソをかいて喚き散らしながらも二人を護り抜いていた。

 狙撃に集中して無防備な姿を晒す仲間を、そして非戦闘員である妹を護るために心を奮い立たせていた。

 

「よくもあれだけカッコつけた後でそんな情けない姿を晒せるよね。恥ずかしくないの?」


 鞍馬天狗の隙を作るべく、適宜てきぎ狙撃を行いながらルミが指摘する。


「恥ずかしいっスよ! でもそれ以上に怖いんだから仕方ないでしょう!!」


 瀬戸はルミらと違って新人である為、実践経験がまだまだ少ない。

 にも関わらず、こんな超弩級の戦場に放り込まれれば怯え散らすのも無理はない。

 という考えがよぎったルミであったが、


(いや、よくよく考えたら彼っていつもこんな感じか)


 事件の大小に関わらずいつもこんな感じで怯えてる臆病者であったな、と思い直すルミ。

 

(でも、根性無しじゃない。だからこそ、こうして安心して盾を任せられる)


 怯え、喚き散らし、股すら濡らしても、彼はその背に誰かがいる時は絶対に逃げることだけはしなかった。

 いつでも彼の背中は絶対的な安全圏が保たれていた。

 だからこそ、ルミもこうして彼にその身を委ねて狙撃に専念できているのだ。


 と、考えていた時、静と浅井の両名が凄まじい勢いで弾き飛ばされてきた。

 吹き飛ばされてきた方向からは、後を追う鞍馬天狗が猛スピードで接近してきていた。


「お兄ちゃん! 最大威力で大声を出して!!」


 突如、背後から聞こえてきた妹の声。

 意図は分からないが、妹に全幅の信頼を寄せる瀬戸は躊躇ためらうことなくその言葉に従う。


「後は、私が整える!」

「——————ッッッッッッ!!!!」


 彼が放った音量を増幅された大声は人間の鼓膜を破るどころか、物理的な破壊力を持つ衝撃波となって放たれた。


 とはいえ、スカラー量操作はあくまで絶対値大きさを操る能力。

 その方向性ベクトルにまでは干渉できない。

 放射状に放たれる大音声に指向性を持たせることはできないのだ。


 しかし、それは決して無差別なものとはならなかった。


音響調律タクト・: 重々しく弾けペザンテ!!」


 瀬戸の背後で奏が懐から取り出した指揮棒を振るう。

 彼女はピアノ奏者であると同時に、指揮者としての面も併せ持つのだ。

 そして、彼女の紋章は概念格:指揮の紋章。

 

 これ以上なく音楽に愛された彼女の調律に従い、莫大な衝撃波は指向性を獲得する。

 束ねられ、弾き飛ばす掌をイメージした不可視の衝撃波は彼女の指揮によって更に威力を増幅させて、容赦なく鞍馬天狗を撃ち抜いた。

 

 真正面から突破できると踏んでいた鞍馬天狗であったが、思わぬ威力に踏ん張ることもできず遥か彼方かなたへ吹き飛ばされていった。


「え、奏ちゃんすご」

「ハッ! 兄貴と違ってやるじゃねぇか」


 思わぬ伏兵の存在に驚愕するじん浅井あざい


 彼女の技術は人を魅了する為に研ぎ澄まされた技術だ。

 だが、それも扱い方次第。

 人を魅了する技術であれど、使い方を変えれば大切な人を護る為の矛にだって転じられるのだ。

 

「感心してる場合じゃないでしょ! 一度態勢を立て直そう!」


 このまま戦闘を継続しても状況は打開できない。

 そう判断したルミは紋章術によって周囲に猛吹雪を降らせて、降り積もった雪を経由して全員を伴って離れた場所へと空間移動した。



    ◇



 移動した先は、元はコンビニであっただろう廃墟。

 辛うじて原型こそ残ってはいるが、戦闘の余波によって商品は辺りに散らばり、割れた窓からは吹雪が吹き込んでいた。


 割れた窓から吹雪が吹きすさぶ店内にいては寒いだろうということで、店の奥の事務室へと場所を移す。

 そして、作戦会議が始まった。


「で、どうする? 今のところ瀬戸の攻撃くらいしかまともに食らってねぇみたいだが」


 そう切り出したのは浅井だ。

 静と共に鞍馬天狗と交戦したは良いものの、決定打となるような手傷を負わせることはできなかった。

 

「私とルミの合わせ技で一度手傷は負わせられたけど、たぶん二度目は通じないでしょうね」


 相手はレート7でも上位に位置する怪物。

 同じ技が二度も通用するとは思えない。

 己に手傷を負わせた攻撃は最も警戒していることだろう。


「なら、お兄ちゃんの出番って訳だね! お兄ちゃんの攻撃なら通じてたし!」


 初撃の拳打。

 そして、先の奏との合わせ技。

 どちらも鞍馬天狗には有効で、確実に手傷を負わせていた。

 威力は申し分なし。

 加えて、打点が大きく当てやすいという利点もある。


「え、いやお兄ちゃんちょっと持病の腰痛が酷くて動けないかなぁ……なんて……。は、はは……」

「心配すんな。仮病なんざ使わなくてもテメェには頼らねぇ」

「ひ、ひどい!」


 “頼りにされないのはそれはそれで辛いっス〜”と涙声で浅井にすがり付く瀬戸。

 そんな彼の顔面を掴んで鬱陶うっとうしそうに引き剥がす。


「頼りにするしない以前の問題だってんだよ! 実践経験が乏しい奴をレート7の怪物の前に差し出すなんざ生贄と一緒だ。んな無駄死にをさせるわけがねぇだろバカが」

「あ、浅井先輩〜」


 “一生着いていくっス姐御!”と都合の良いセリフを吐く瀬戸。


「だけど、実際問題彼の攻撃しか決定打にはならないわけだしねぇ……。どうしたもんか……」


——狙撃作戦で行こう。


 バッと一同は声がした出入り口の方を向く。

 

 すると、そこには。


「ルーク!? どうしてここに?」


 額から血を流し、左脚を引きずって壁にもたれかかるルークがいた。

 その姿はボロボロであり、左腕が折れているのか、木片を添木に自身の服を破いた布で固定していた。


糸魚川いといがわから通信が入ってるとは思うが、蘆屋道満あしやどうまん。この事件の首謀者にぶっ飛ばされて、今の今まで回復に努めてたんだよ」


 蘆屋によってメインスタジアムから遠く吹き飛ばされたルークはバトルドーム南部にて潜伏していた。

 魔力は底をついて、ボロボロの状態ではレート7の怪物を前に足止めすらできない。

 そう判断した彼は、少しでも力を回復させるために気配を殺して逃げ回っていたのだ。


「それより、狙撃作戦ってのはどういうことだ? ルミの狙撃なら警戒されてるから無理だっつう結論に至ってるが?」

「だろうな。彼女が狙撃しているところは見ていたから知ってる。それがもう通じないであろうこともな」


 彼はただ逃げ回っていた訳ではない。

 状況打破の手を探るべく、彼女たちの戦闘を見て分析を続けていたのだ。


「だから、狙撃するのはルミじゃない。俺と瀬戸兄妹だ」

「へ?」

「私たち?」


 まさかの人選に目を丸くする一同。


「いや、待て! 瀬戸とルークはまだ分かる。だけど奏まで人選に加えてるのはどういう了見りょうけんだ!?」

「そ、そうっス! いくらなんでも奏を巻き込むのは承知しないっスよ!!」


 ルークの人選に異議を唱えるは浅井と瀬戸。

 言葉にこそ出さないが、この場にいるほぼ全員が同様の面持ちでルークに視線を向ける。


「ああ、俺だって不本意だよ。だけど、これしか勝ち筋はない」


 苦虫を噛み潰したようかのような表情でルークは苦しげに吐露とろする。


「奴を倒せるだけの威力を出すには瀬戸の力が必要だ。その種火となる力も俺が持ってる。だけど、その増幅したエネルギーをそのままぶつけても奴には勝てない。誰かが収束させねぇと奴を倒せるだけの威力は出せねぇんだよ」


 彼の言葉に一同は同意することしかできなかった。

 ただ大きな力があるだけで倒せるのならば、先の戦闘の折、瀬戸が放った拳でとうに決着は着いているはずだ。


 だけど、倒せなかった。

 なら、拡散したエネルギーを収束させて威力を向上させる必要があると考えるのが順当だ。

 そして、この場にいる人間で『エネルギーの収束』などという芸当ができるのは指揮の紋章者である奏しかいない。


「それに、巻き込む云々の話もとうにその段階は過ぎてる。既に巻き込んじまってるんだ。なら、俺たちが考えるべきはどう巻き込まないかじゃない。どう、生き延びさせるかだ」


 彼の言う通り、ここで変に一般人である奏を護るように動いても、逆に奏を含めた全員を危険に晒してしまうこととなる。

 だからこそ、奏の力を借りることが彼女自身の身を護ることにも繋がるのだ。


「分かってる。んなことは言われなくても分かってるんスよ!! だけど俺は——」

「お兄ちゃん」


 ペシっと奏が放った力の入ってないビンタが瀬戸の言葉を遮った。


「私、やるよ。別に直接戦えって訳じゃないんだからそれくらい私にもやらせて。私だって、いつまでも護ってもらうばかりのか弱い女の子なんかじゃないんだからね」


 彼女の瞳には、彼女の言葉には、確かな覚悟が宿っていた。

 そこに、護ってもらうだけのか弱いヒロインなどいない。

 非力な力で、本来は戦う為の力でないにも関わらず、大切な人を護るために己が力を振るう覚悟を、戦場に立つ覚悟を決めたヒーローの姿がそこにあった。


「でも!!」


 それでも大切な妹を戦場に立たせる決心がつかない瀬戸の頬を、奏はか細い両手でそっと包み込み、


「それでもまだ不安なら、その時はお兄ちゃんが護ってよ」


 “ね?”と笑みを向ける最愛の妹の言葉に、今度こそ瀬戸は返す言葉を見つけられなかった。


 そして、その一言が彼に覚悟を決めさせた。


「……はぁ。分かったよ。妹の願いを聞いてやるのも兄ちゃんの務めだからな」


 やれやれ、と瀬戸は優しげな笑みを浮かべて奏の髪が乱れないように、優しく頭を撫でる。


「奏のことは兄ちゃんが絶対に護ってやる。だから、奏は全力であの性悪女をぶっ飛ばしてやれ!!」

「うん!!」

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