第89話 埒外の強者たち
北海道オホーツク海沿岸。
流氷は一つもなく、涼やかな気候のもと荒れ狂う海だけがそこにあった。
荒波が立ち、地表が隆起する原因。
それは、夕焼けに黄金の鎧を
双方共に見上げるほどの巨躯。
一方は高さ三〇〇〇メートルを越す巨大な
名を
山や
その巨大な体躯による破壊力に加えて、山岳を自在に操る彼の呪術はレート7に相応しい天災が如き暴威を振るう。
もう一方は、それと同程度の巨体を誇る海水で構築された巨人。
名を
魚が遥かな時を
海水がある限り無限に再生する耐久力。
そして、大海を自由自在に操る呪術は人の身には持て余す天災が如き脅威だ。
そんな二種の巨人が今、
「ハァァアアッッ!!!」
太陽を
たったそれだけで、
オホーツク海から巨躯を覗かせる海坊主が仲間である
しかし、朝陽はそれに対して
——“
それは最早
視線という概念を矢と
だが、怪物達もその程度では終わらない。
この程度のダメージならば先程から
その度に彼らは即時再生しているのだ。
現に、二体の怪物は双方ともに身体の半分以上を消しとばされる程のダメージを負っていたというのに、もう再生しきっている。
「成程。倒すことが目的ではなく、その真意は足止めか」
朝陽は即座に彼らが遣わされた真意を見抜いていた。
この程度の駒では五万と用意しても傷一つつけられないだろう。
だからこそ、蘆屋は八体の怪物の中でも
勝つことはできずとも、自身が目的を果たすまで持ち堪えられると踏んでのことだ。
「だが、動いている以上そこには
それがたとえ血を通わさぬ機械だろうが、人とは異なる異生物であろうが、動いている限りそこには何かしらの理由がある。
それさえ断てば、行動を停止させることはできる。
「見極めさせてもらおうか」
朝陽は鋭い眼光を二体の怪物へと向け、神をも殺してみせる槍を構える。
◇
オホーツク海の激闘と同時刻。
東京湾沿岸。
そこは文字通り地獄絵図の様相を
港は炎上し、原型を留めぬほどに破壊され尽くしている。
天は荒れ狂い、大海は激しく波打つ。
クラウスが作った
否、津波なら幾度も起こっていた。
最早八度目にもなる東京全域を飲み込む程の津波が東京湾から押し寄せてくる。
「
しかし、クラウスはそれを全て巨大な岩石の触腕で打ち払い無力化していた。
だが、それでも攻勢は止まらない。
天からは豪雨が意志を持った奔流となり縦横無尽に破壊の限りを尽くす。
荒れ狂う暴風は全てを引き裂く鎌鼬の姿を取り、無差別に斬り裂き、コンテナやクレーンを巻き上げる。
一国をも滅ぼしかねない天災が、たった一人を滅する為だけにその猛威を振るい続ける。
「小細工だけでは俺の信念は砕けんぞ」
けれど、意志を持った天災でさえもクラウスを止めることは敵わない。
その
当然、鬼も両腕を交差して防ぐが、その両腕さえもまるで枯れ枝のように容易く粉砕して、その巨体を吹き飛ばした。
船にコンテナを積み込むクレーンを数台巻き添えに吹き飛んだ鬼は、コンテナ群に激突して漸くその動きを止める。
「ガハハハハハハ!!! これは強い。これほど心踊る
コンテナから起き上がる鬼の身体は無傷。
先程砕かれた筈の腕も既に再生したようで、グルグル肩を回して調子を確かめている。
その姿は異形。
血に濡れたような髪に
頭部には大きな牛のような角が二本。
でっぷりとした大柄な体格は鈍重なように見えるが。その巨体からは想像できぬ俊敏さをみせる。
かの異形こそ、平安の世を騒がせ、後の初代征夷大将軍
名を
ありとあらゆる天災を我が物とし、首を絶たれて尚、敵に食らいつく生命力を持った怪物。
その刀の
元々は三刀全てを所持していたが、過去に
とはいえ、その力は健在。
たった一振りで地平を薙ぎ払う天下無双の一振りである。
「さぁ、
「興味がない」
大嶽丸の言葉が最後まで告げられることはなかった。
高揚感を抑えきれない様子の大嶽丸に対し、クラウスは興味がないと一蹴する。
気がつけば
地震エネルギーを圧縮して拳に乗せたその一撃は、いわば指向性を持った地震。
天災そのものを人の技術で練り上げた至高の一撃は、容赦なく大嶽丸の上半身を粉々に吹き飛ばした。
上半身をごっそりと吹き飛ばされた大嶽丸は、そのまま力無く地面へと倒れ、血溜まりを作る。
「殺し合いなら地獄で思う存分楽しむがいい」
◇
時刻を同じくして、京都府嵐山。
竹林の
青々と茂る竹の葉から溢れる木漏れ日が心地良い。
そんな、美しく
その女性は、緑髪長髪で耳の長い羽衣を纏った美女。
倒れながらも、その手には骨でできた牙を想起させる大剣を離さず持っていた。
彼女こそが京都府嵐山に派遣された八体の怪物が一人。
八体の中でも最強と称される怪物——否、神——である。
名を
そんな力ある女神をも斬り伏せた人物は、涼やかな風体で心地よい風を堪能していた。
着物の
彼こそが世界最強の大剣豪にして、あの朝陽昇陽とすら並びうるとされる人物。
そして、眼前に伏せる神を斬り伏せた張本人。
「その程度で死んではおらんだろう?
柳洞寺は死に体で地に伏せる
「……な、ぜだ。……何故! ただの人間風情が我を斬ることができるのだ!!?」
しかし、
人間如きの言葉に傾ける耳など持ち合わせていない彼女は、血反吐を吐き散らしながら叫ぶ。
不可解であった。
この身は神である。
人間とでは文字通り存在の格が違う。
二次元の存在が三次元へと干渉できないように、人間風情が神の真体に傷をつけることなどできるはずがないのだ。
(だというのに、
彼女は
(奴はただ、呪術を極めて神の領域へと到達しただけだと言っていた。それならば確かにうなずける。魔を極めて神の領域へ至る者の前例がないわけではない)
七十二の魔神を支配下においたソロモン王は人の身にて魔術を極め、天の領域にまで手を届かせた。
近代西洋魔術の祖とされるアレイスター・クロウリーは世界の真理を解き明かし、
(……ならば、
そう考えるが、身体に刻み込まれた傷が否と叫ぶ。
この身に受けた傷には一切の術的要素はなかった。
魔力こそ込められていたが、ただそれだけだ。
神域に到達した
「応えてはくれぬか。まぁ良い。
「“超克”……じゃと……」
悠然と告げられるその言葉に
“超克”とは魔力を介して法則に干渉し、自分だけの現実で世界を歪める技術だ。
それを突き詰めれば確かに神だろうが世界だろうが斬り裂けるだろう。
しかし、それは言葉で表すほど簡単なことではない。
あらゆるものには抵抗力というものが存在する。
『流体を実体として捉える』程度の法則干渉ならばさしたる抵抗もなく、“超克”さえ使えれば誰でもできる。
だが、次元や世界といった高次概念、人の強い意思が介在する紋章術を歪めるとなれば、その抵抗力は段違いに跳ね上がる。
ましてや、神を斬り伏せるなど常軌を逸している。
才能に恵まれた者が一生をかけて漸く為せる絶技だ。
(それを、この若さで)
柳洞寺の年齢は見た感じ三十にも届かない程度であろう。
それだけの若さで神を斬り伏せるだけの“超克”技術を身につけるなど、神代でさえも存在しなかった。
「ひ、ひひ、ヒハハハハハハハハハハ!!!!」
知らず、天逆毎は涙を流していた。
その心の内をヒヤリと冷たいものが埋め尽くす。
しかし、それは彼女の本当の感情ではない。
天邪鬼と同様、あべこべになってしまう彼女の性質によるものだ。
その真の感情は歓喜。
神代でさえもこれほどの才に愛された者はいなかった。
故に、
彼女は蘆屋道満の式神である前に、一柱の神である。
神はその想いの形がどうであれ、被造物たる人類を愛する者だ。
だからこそ、この感情は正当なものだった。
我が子を
「
血に塗れたその姿は死に体にしか見えない。
しかし、その立ち姿は疲労の色など一切見せはしない。
それどころか、全快の時よりも力が漲っているかのように思える。
「なるほど。あべこべの権能か」
愛しいからこそ殺意が芽生える。
喜ばしいからこそ、悲嘆の涙に暮れる。
傷だらけだからこそ、その身には活力が
彼女はその全てが反転する。
それこそが彼女の権能であり、彼女だけが持つ唯一無二の
「厄介な手合いであるが、その愛、しかと受け止めてみせようか」
柳洞寺は刀身だけで九〇センチメートル、柄を含めると一三〇センチメートルを越える長刀を抜き放ち、構える。
神の愛を受け止めるべく、この世の誰よりも才に愛された男は刃を振るう。
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