第83話 赤き龍の六柱 序列第一位ルキフグス・ロフォカルス
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬあああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!!!!」
眼前で行われる自然災害にすら匹敵する戦いを前に、瀬戸は股を濡らして叫び散らしていた。
周囲は突如襲いかかった猛吹雪に見舞われているが、厳のマグマによってここら一帯だけは雪が即座に蒸発してその影響下から外れていた。
「うわ、こいつ漏らしやがった」
「きったねぇなぁ。海パンだからって漏らして良い訳じゃねぇんだぞ?」
そんな彼の痴態を見て、瀬戸の背後に隠れる東城と浅井は鼻を摘んで顔を
「人を盾にしといて良くそんな口が叩けますね!! このクソボケがッッ!!!!」
「あん? 先輩に向かってなんだその口の聞き方は?」
「ぁ、すいません」
浅井らの態度に遂に堪忍袋の尾が切れた瀬戸であったが、彼女の凄みに恐れをなして股の染みをさらに深めるのであった。
そんな観戦組を他所に、ルキフグスと厳の戦いは留まることなく激化の一途を辿る。
「
其は、北欧神話に伝わる竜殺しの魔剣。
蒼白の輝きを纏いし、瑠璃色のロングソード。
その柄頭を全力で殴りつけて厳へと投擲する。
目にも留まらぬ速度で飛来する魔剣。
まともに受ければ死は免れぬ一撃。
その一撃を恐れず、厳は真正面から叩き潰す。
「
巨大なマグマの拳が魔剣を焼き尽くし、そのままルキフグスへと迫る。
「
迫り来るマグマの拳に対し、両手に現出させた二振りの聖剣を交差させた斬撃を放つ。
先の無人島を両断した斬撃。
その二倍。
エックス字を
しかし、拮抗は長く続かない。
互角の威力を持っていた二つの技は互いに相殺され、大爆発を引き起こした。
これはなにも、両者最大の一撃という訳ではない。
この程度は互いにとって通常攻撃でしかない。
それでもこの威力。
ただの通常攻撃で地形を容易く変えてしまうのがレート7の力だ。
「そろそろ本気を出したらどうじゃ? いつまでもだらけとるとさっさと終わらせてしまうぞ」
「う〜ん、別にそれでもいい気がしてきた。厳おじさんに負けたならしっかりとした言い訳にもなるし」
ルキフグスは元来やる気がない。
今回七夜覇闘祭に出場したのも、クラウスの美味しい手料理が食べられるから、という理由だ。
正直、“これだけ健闘して、相手が厳おじさんだったのなら適当に負けてしまっても言い訳が立つんじゃないか”、とルキフグスは考えていたのだ。
だが、
「ルキフグス〜、そんなこったろうと思って班長から伝言預かってるぞ」
無気力で気怠げな半目をチラリと向けると、瀬戸の背後に隠れた
「手を抜くようなら今後一切手料理はなしだそうだ」
その言葉を聞いたルキフグスの雰囲気が急激に変わる。
凄まじかった魔力が更に膨れ上がり、気怠げでやる気の欠片も感じられなかった半目は今や見開かれ、そこには確かな光が宿っていた。
「ダメ。それは、ダメだよ」
「ほう、これはとんでもないもんが眠っておったようじゃのう」
ぴょこん、と飛び出した長いアホ毛が特徴の白雪が如き純白のロングヘアー。
毛先にいくほど淡く焔のように赤みを帯びるその流麗な頭髪から、三本のねじくれた角が現れる。
両手は肘あたりまで
変わり果てたルキフグスの姿を見て、厳は冷や汗をかく。
姿こそ恐怖心すら植え付ける異形であるにも関わらず、『るきふぐす』とゼッケンに名前が記されたスク水を着用している為ギャグでしかないが、その力は本物だ。
数多の強者と戦ってきた彼であるが、これほどの力を秘めていた者は過去に二度しか経験がない。
一度目は現行社会の破壊を掲げる革命軍のトップ、テュール・リード。
二度目は特務課史上最大の汚点にして、史上稀に見る紋章に愛された者、ザンド。
彼らレート7の中でも規格外とされる怪物にすら匹敵しかねない強者を前に、警戒を最大限にまで引き上げる。
「班長の作るご飯は世界で一番美味しいの。食べてるとね、なんだか心がポカポカして、心地良いの。それを失うなんて考えられない。考えたくもない」
加速度的に増していく威圧感。
少なくとも今は敵ではない。
頭ではそう理解できていても、瀬戸はカチカチと音を鳴らす歯を止められなかった。
泣き過ぎて枯れたと思った涙が溢れ出す。
鼻水も止まらない。
足も震えて、背後の二人に支えてもらっていなかったら膝から崩れ落ちていたかもしれない。
それでも、瀬戸は目を逸らさない。
この戦いは、弱い自分を変える一戦となることを、本能で理解していたからだ。
「だから、ここからは本気。覚悟してね、厳おじさん」
その言葉が届いた直後。
厳の頭は地にめり込んでいた。
ルキフグスが顔面を
続いて、一〇〇〇万発の拳が厳を更に大地へと埋めていく。
一発一発が無人島全体を揺らす馬鹿げた威力。
それがほぼ同時とも言える速度で叩き込まれる。
最後に、口内に溜めた魔力を圧縮し、超至近距離で解き放つ。
ズォォォオオオオオオオンッッッッ!!!!!
天高く突き上げる光の柱。
雲を裂き、天を焼き焦がす極光は程なくしてキノコ雲を残し消え去った。
一連の動作が行われた時間は刹那にも満たない。
その暴虐によって生じた余波のスカラー量をゼロにできたのは半ば本能によるものだった。
認識など到底できない。
瀬戸は勿論、偉人格である東条や、動物格である浅井ですら何一つ見えなかった。
気がついた時には辺りを極光が満たし、キノコ雲が形成されていた。
そして、その跡地にはそこの見えない大穴だけが残されていたのだ。
「
直後、大穴から噴き出した莫大な量のマグマがルキフグスを飲み込んだ。
初手で無人島の大半を溶岩に包み込んだ噴火よりも遥かに大規模、大出力のマグマ。
咄嗟に回避したルキフグスではあったが、微かに触れた彼女の角は即座に炭化して塵となっていた。
「速いのう。全く見えんかったわ」
大穴から噴き出した溶岩の中から厳が姿を現す。
少なくない量の血反吐を吐いた彼は、口端に垂れた鮮血を腕で拭い去る。
「当然、今の私は光より速いもの。観測できるはずがない」
それが彼女が宿す悪魔を表す言葉だ。
その名の通り、ルキフグスは光よりも速い。
光でさえも彼女を捉えることは叶わないのだ。
彼女は紋章を覚醒させることで、そんな大悪魔の力を十全に扱うことができるのだ。
「ひ、光より速いって……流石に比喩ですよね? だって、人間ほどの質量が光速で動いたりなんてしたら……」
光よりも速い、先の光景を見ても尚、流石に信じられない瀬戸は比喩だろうと疑う。
しかし、それを浅井と東城は否定する。
「ああ、それだけで全世界の地表が吹っ飛ぶだろうよ。だけど、あいつなら問題はねぇんだよ」
「ルキフグスは現在に至るまで存在したありとあらゆるものを
「古き神の……財宝……?」
ルキフグス・ロフォカルスとは、世界のあらゆる富と財宝を管理する悪魔。
これも、その権限を行使して引き出された太古に失われた財宝の一つ。
どの文化圏のどの伝承にも記載のない、失われた霊装。
かつて、まだ地球が一つの大地であり、パンゲア大陸と呼称されていた時代に存在した原初の神が所持していた腕輪。
神が、何気ない所作で被造物を壊してしまわない為の安全装置。
この腕輪をつけている限り、彼女がどれほどの速さで動こうとも、周囲に余計な被害が出ることはない。
「って言うことは……本当に光よりも速いって言うんスか!? そんなの、勝てるわけないじゃないっスか!!」
「騒ぐな煩っせぇ。黙って見てろ。レート7の領域じゃ、大した個性でもねぇって分かるからよ」
音速ならばまだ目視もできる。
しかし、光速以上の速度など目視できるはずもない。
予測を立てて尚、対応できない速度域だ。
そのことに騒ぎ立てる瀬戸であったが、浅井の理不尽なビンタで黙らされていた。
「……いや、大した個性ではあるけどな」
東城が誰にも聞こえない小声でツッコミを入れる中、厳たちの方にも動きが見られた。
「ああ、確かに見えんわい。しかし、その腕で先と同じように戦えるとでも思うとるのか?」
ルキフグスの両手は焼き焦がされていた。
厳はルキフグスの攻撃を見切ることはできなかった。
しかし、彼の身体はマグマそのもの。
それも、全てを焼き尽くす権能を持ったマグマだ。
それが覚醒した紋章者であろうと、触れれば容赦なく焼き焦がす。
「うん。痛いけど、それだけでしょ?」
ルキフグスはそう言うと、頭上に現出させた水を頭から被る。
すると、両手の火傷はみるみる内に再生してしまった。
「ほう、傷も癒せるとはな」
「できないことの方が少ないからね」
彼女が
スラヴ民話におけるバーバ・ヤーガという人喰い魔女が管理していたとされる霊薬。
そんなチート級のアイテムを彼女は魔力が続く限り湯水のように、再現できる。
そして、彼女に魔力切れなど存在しない。
紋章が覚醒して以来、悪魔ルキフグスの心臓が彼女のものとなった。
地獄を支配する三人の悪魔。
ルシファー、ベルゼビュート、アスタロト。
彼ら三人の王に仕える六柱の強力な悪魔である、赤き龍の六柱。
その序列第一位、悪魔ルキフグス・ロフォカルスの心臓は龍の心臓と同様、呼吸によって魔力を精製できる。
故に、呼吸さえできれば無限に魔力を精製できるのだ。
だからこそ、彼女は三カ国の連合軍をたった一人で壊滅できた。
魔力残量など気にせず、常に最大火力を振り回せたからだ。
「それじゃ、戦いを再開しよっか」
背後に無数の刀剣を展開する。
そのどれもが世界各地の神話、伝承に語り継がれる伝説の武具。
これから始まる大戦争を予期して、厳はただその瞳を鋭く尖らせる。
「迎え討ってやるわい」
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