第82話 ドキドキ!? 死と隣合わせのツイスターゲーム!!



「うわぁ、想定通りとはいえ凄いことになってるなぁ」

「レート7相当の実力者同士の死闘なんだ。ここまで余波が来る事もあり得ない話じゃない。常に警戒を怠るなよ」

「りょーかい」


 げんの相手をルキフグス達に押し付けた八神やがみ達は、小高い丘の上にある遺跡に辿り着いていた。

 彼女らがいる地点は死闘が勃発ぼっぱつしている地点から数十キロメートルは離れているとはいえ、油断はできない。

 先程だって閃光の斬撃に島ごと両断されかけた所だ。

 故に、迅速かつ警戒しながらお宝を探さなければならない。

 

 幸い、お宝の入手方法は既に分かっている。

 お宝の周囲にはAアンチ・Mマジック・Fフィールドが展開されて紋章術が使用不可能になる。

 故に、八神の全能でさえも入手方法を暴くことはできない。


 だが、そこに辿り着いてみれば一目瞭然いちもくりょうぜんであった。


「もう! エンタメ性重視し過ぎじゃないかな!?」

「ボヤくな。早くしないと流れ弾で死ぬぞ」

「いや、ホントそうなんだよね。今紋章術使えないから割と洒落にならないし」


 お宝の入手方法とは、ツイスターゲームだったのだ。

 立体的なツイスターゲームとなっており、地面だけでなく、格子状こうしじょうに張り巡らされたジャングルジムのような室内の至る所にマス目が存在する。


 ゲームは始まってから幾らか経過しており、約一名既にあられもない姿を晒していた。

 具体的に言うと、M字開脚する八神の上から凍雲いてぐもが覆い被さっている状態だ。


 言うまでもなく、モニターには水着姿でM字開脚する八神が画面いっぱいに映し出されている。

 現在の会場は彼女のセクシーシーンと、レート7同士の死闘、二種類の興奮を同時に味わうという興奮のバーゲンセール状態となっている。


 その様子を見ることしかできない観客席の風早かざはやは、嫉妬とあられもない八神の姿を見た興奮とで複雑な心境だったとか……。


「とりあえず早くスイッチを押せ。後二回だろう」

「分かってるけど、この態勢めちゃくちゃキツいんだって」


 遺跡の柱に備え付けられたスイッチを、腹筋と背筋はいきんを最大限に活用して、プルプルと震えながら伸ばした脚で押す。


 スイッチを押すと、人工音声が流れ出した。


『先攻、右手を青』


 先行である八神は青のマス目を探す。

 しかし、手近なところにはない。

 ふと、凍雲の後ろを見ると、彼の背後の格子に青のマス目が存在した。

 

 だが、彼女は躊躇ちゅうちょする。

 別に手が届かない訳ではない。

 体勢的にキツいだろうが、鍛えているのでさしたる問題でもない。

 問題なのは……、


(これ、絶対おっぱい当てちゃうよね)


 凍雲の顔面に自身の胸を押し付けなければ届かないということだ。

 散々風早に押し付けてるじゃねぇか、と思うかもしれないが、あれは別。

 本人は別に押し付けてるつもりもないし、年下の可愛い弟や弟子程度にしか見ていない。


 だが、今の状況は自分から意識的に押し付けるという状況だ。

 加えて、恋愛対象としてはかけらも意識していないが、毅然きぜんとした態度を貫く凍雲は男らしく、異性としては意識せざるを得ない。

 故に、どうしても羞恥心が顔を出してきて躊躇ちゅうちょしてしまうのだ。


(とはいえ、やらないことには進まないんだし、モタモタしてると流れ弾で殺られちゃうからね)


 こうしてもたついている間にも、遠く離れた地点ではレート7相当の実力者による死闘が繰り広げられている。

 いつ流れ弾で殺されるか分かったものではないのだ。


「凍雲、さっさとボタン押して終わらしてよね」

「? 当然だろ——ブッ!!?」


 覚悟を決めた八神は勢いよく手を伸ばし、凍雲の背後の格子を掴む形で青マスに触れる。

 彼女の意図することを察せられなかった凍雲であったが、突然顔面を覆った柔らかな感触に全てを察した。

 このままでは物理的に窒息死するだけではない。

 社会的にも死んでしまう。

 ただちにこの危機的状況を脱する為に、後ろへ跳ね上げるように素早く上げた足でスイッチを押す。


『後攻、左足を紫』


 視界はゼロ。

 八神の柔らかな双丘によって視界が閉ざされている為、マスの位置を確認することはできない。

 

 だが、この男にはそんなものは障害になりえない。

 ゲーム開始前に全マスの位置と配色を記憶していた彼は、紫マスが何処にあるかを正確に把握していた。

 

「……!!」


 紫マスは八神が触れている青マスの並行の位置。

 即座に答えを導き出した凍雲は二重の死を回避する為、全力で身体を捻って紫マスを蹴り抜く。


『ゲームクリア。賞品をお受け取りください』


 パッパラパッパッパ〜という気の抜けたラッパ音と共に台座が出現する。

 その上には目当ての代物であるゴブレットお宝が納められていた。

 ゴブレットの出現に呼応して、周囲を取り囲んでいた格子も、ガシャガシャと音を立てて地面へ収納されていく。


 ツイスターゲームを終えた二人は即座に離れる。

 八神は水着という薄着姿で胸を押し付けるのは流石に恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて胸を腕で隠した。

 

(緊急だったから勢いで誤魔化したけどやっぱり恥ずかしい……!!)


 八神は羞恥に悶えるが、凍雲はそれどころではなかった。

 不意に呼吸器を塞がれたのだ。

 そんなことをされれば、幾ら特務課職員とはいえ酸欠にもなる。

 結果、凍雲は照れなど感じる余裕などなく、息を荒げて死にかけていた。


「ぜぇ……ぜぇ……、生きた、心地が……せん」

「…………あー、なんかごめん」


 そんな彼の姿を見て、恥ずかしがっているのもバカらしく思えてきた八神は尻餅をついていた体勢から立ち上がる。

 息を整えている凍雲はソッとしておこうと考えた彼女は、台座に納められたゴブレットを手に取る。


「何はともあれ、お宝ゲットだね」

「ハァ、ハァ、……そうだな」


 不意に訪れた死の危険に文句の一つでも言ってやろうかと考えた凍雲は考えた。

 けれど、予測できなかった自分自身の落ち度でもある為、文句は飲み込んで先を急ぐことにする。

 何せ、これで後は……


「それじゃ——」


 八神は視線を話し相手である凍雲に向けたまま、背後の森に対して重力場を発生させる。

 通常の数百倍の重力が降りかかった森の木々は瞬く間にひしゃげて木片と化し、地面には大規模なクレーターが生じる。


「気づいていましたか。私の存在に」

「当然。未来視持ちだよ?」


 彼女の背後。

 数百倍の重力場によって押し潰された森の中。

 その中でただ一人、平然と立ち、八神らの元へ歩いてくる人物がいた。


 ところどころ赤髪が混じる黒髪のボブカット。

 目つきが鋭く、眉間に皺が刻まれた表情の乏しい女性。

 黒色のビキニにラッシュガードを羽織り、その隙間からはうっすらと割れた美しい腹筋と着痩せで普段は目立たない巨乳が見えた。

 

 陸上自衛隊三等陸佐。

 偉人格幻想種:酒呑童子しゅてんどうじの紋章者である高槻暁たかつきあきらである。

 

 ゲームクリアと同時に展開されていたAアンチ・Mマジック・Fフィールドも解除されたため、彼女がゲーム終了後に現れる未来は見えていた。

 そして、不意打ちで放った過重力場をものともしないことも、過重力場を放たなければ凄まじい速度で胴体を両断されていたことも見えていた。


 それでも、改めてこの目で見ると彼女の強さを痛感する。

 もし、同じ攻撃を風早が喰らえば成す術なく地に叩き伏せられ、断頭を待つ囚人に成り下がっていたことだろう。

 だと言うのに、アキラは重力など掛かっていないかのような自然な動作で数百倍の過重力場を歩む。


「貴女はゴブレットの場所だけでなく、それを納める場所も既に視えているのですよね?」


 八神が未来視できることは特務課全員が知ることだ。

 未来視を持つ八神らなら宝の地図は不要。

 誰かがゴブレットを納めている未来をみれば場所は分かるからだ。

 だからこそ、必ずゴブレットの入手を優先することは分かっていた。


 故に、アキラは厳と別れた後、お宝ではなく宝の地図を探す事を優先した。

 地図さえ見つければ、お宝は八神らから奪えば良いと考えていたからだ。


「宝の地図は既に入手しました。後は、貴女が持つゴブレットを奪って納めれば、ゲームセットです」


 無表情で告げる彼女は刃渡りだけで彼女の背丈程ある大剣を肩に担ぐ。


「八神、奴の相手は俺がする。援護と第三者の警戒は頼んだぞ」


 凍雲は一歩前へ出ると、パチンっと指を鳴らす。

 すると、突如無人島上空を分厚い雲が覆い尽くした。

 そして、雪が降り始めたかと思うと、秒単位でその勢いは増していく。

 たちまち、無人島全域は猛吹雪に見舞われることとなる。


「なるほど。第三者に居場所がバレることを防ぎましたか」


 アキラは即座に凍雲の考えを看破する。

 彼女の読み通り、この猛吹雪は視界を閉ざし、第三者の観測を阻害する為のものだ。


「ああ、これで存分に力を振るえるだろう」


 凍雲の両手に吹雪が収束する。

 収束した雪は形を成し、その姿を二丁の拳銃へと変化させる。

 デザートイーグルを模した二丁の大型拳銃。

 透き通るような氷で形成された二丁の拳銃は周囲の風景すら映し出す。


「互いに」


 アキラは数百倍の重力場、凍える猛吹雪なぞ関せずとばかりに、平然とした装いで身の丈以上の大剣を構える。

 その身体から溢れ出す魔力は凄まじい。

 溢れ出す魔力全てを凍雲が凍結させていなければ、この猛吹雪の中であろうと容易く居場所が割れていたことだろう。


「ああ、さむさむ」


 そうして二人が対峙する中、八神は少し離れた位置で吹雪をバリアで防ぎ、紋章術で創造したヒーターで暖まっていた。

 その手にはホットココアまで用意されている徹底振りだ。

 完全に身体の芯からぽっかぽかに暖まろうとしてやがる。


 と言っても、すべき事はしている。

 広範囲に重力を掛けていると凍雲にまで作用してしまう。

 故に、アキラの存在を観測してからは、彼女だけに重力を作用させていた。


 それに、全能たる彼女に有効射程距離などあってないようなものだ。

 千里眼によって地球の裏側だろうと観測できる彼女にとっては、この地球すべてが有効射程距離だからだ。

 安全地帯でぬくぬくしたままでも援護くらいはできる。

 

「がんばれ〜」


 気の抜けた声で声援を送る八神に、“後で背中に氷でも押し付けてやろう”と考える凍雲であった。

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