第81話 覚醒紋章者



「さて、それじゃあ俺も本気で相手してやんねぇとな」


 自分の原点を再認識し、やる気を見せた瀬戸せとの姿に気分が乗った東城とうじょうはその本領を発揮する。


 ズオォッッ!!


 解放された莫大な魔力が周囲の木々を薙ぎ倒し、草木を揺らす突風を巻き起こす。

 莫大な魔力の発生源である東城の肉体には、次第にあかいアザのようなものが浮かび上がる。


「……あの……、ここにきてパワーアップするなんて聞いてないんスけど……」

「バカヤロー、第三班班員があの程度な訳がねぇだろうが。心配すんな今のテメェなら生き延びることくらいならできる」


 東城はそう述べるも、どうしても生き残れるビジョンが浮かび上がらない。

 一発でも当たれば、いや、掠っただけでもミンチになるのでは? と思わせる程に今の東城から溢れ出る力強さは異常だ。


「…………」


 逃げ出したいというのが本音だ。

 しかし、妹の為に頑張ると決めたのだ。

 情けない自分だけれど、カッコいい所を見せたいと思ったのだ。

 だから、彼は震える足を殴りつけて、勇気を振り絞る。


浅井あざい先ぱぁぁぁああああああああああああああああああああああい!!!! ヘルプ、ミィィィィィイイイイイイイイイイイイ!!!!」

 

 きびすを返し、全速力で浅井の元へ走り出した。

 もう涙や鼻水でデロッデロになったひっどい面構つらがまえで、なりふり構わず全力で逃走した。


「ハァ!? お前やる気出したんじゃねぇのか!?」

「バッキャロー!! 人はそうそう簡単に変われねぇんスよぉ!! ヘタレ根性なめんなっス!!!」


 どこまで情けないやつなんだ、と最早もはやため息が止まらない東城は頭を抱える。


「浅井せんぱぁぁ——うぇい!!?」


 浅井とルキフグスが戦闘している地点まで戻ってきた瀬戸は、愛しの先輩へラブコールを送ろうとする。

 しかし、返答として返ってきたのは頬を掠めた槍だった。


「気持ち悪い声出してんじゃねぇよ!! それと背後には気をつけろっていつも言ってんだろうが!!」


 浅井の言葉に背後を振り返ると、先の槍を防いだのか、東城が吹き飛ばされていた。


「せ、先輩……!! なんだかんだ言って助けてくれたんっスね!!」

「うるせぇ!! 悪いが本当に余裕はねぇんだ! レート7クラスの相手をしながらレート6最上位クラスを相手するなんざできる訳ねぇだろうが!!」

「……レート……7……?」


 ルキフグスの猛攻をしのぎながら話す浅井の言葉に、瀬戸は口を開けて呆ける。


 ルキフグス。

 偉人格幻想種:ルキフグス・ロフォカルスの紋章者である彼女は、特務課へ入職するまで戦争代理人を自称して傭兵活動を行なっていた。


 捜査班アンダーグラウンドのトップであるルーク・スペンサーも表の顔の一つとして戦争代理人の異名を取るが、その意味合いはいささか異なる。

 彼の場合はその戦闘力もさることながら、戦争に使われるあらゆる電子機器を無力化できるという点を評価されてそう呼称されていた。

 

 しかし、彼女は違う。

 彼女一人いれば戦争に勝てるからだ。

 事実、特務課に入る前、傭兵として活動していた時のことだ。

 彼女はたった一人で三カ国の連合軍を壊滅させ、戦争を勝利に導いたことがある。

 相手にはレート7相当の紋章者も三人いた。

 レート6相当に至っては数十人存在した。

 それでも彼女は、たった一人で全てを蹂躙じゅうりんして見せたのだ。


 後に特務課第三班班長であるクラウスに敗北し、特務課に向かい入れられたことで彼女の首にかけられていた賞金は取り消された。

 しかし、今でも幾つかの国ではその首に賞金が掛けられている。

 

「そう、私は傭兵時代に恨みを買っちゃったから幾つかの国では賞金もかけられてる。レートは7。懸賞金は日本円で……22億くらい?」

「テメェに掛けられてる額くらい覚えとけ!! 32億6600万だ」

「さ、ささささ32億6600万んんんん!!??」


 新人故にルキフグスの過去も懸賞金も知らなかった瀬戸はその事実に驚愕する。

 

(っていうかもしかしなくても第三班ってみんなクラウスさんがボコったアウトロー出身者だったりする?)


 東城は元日本有数の規模を誇る極道の組長。

 ルキフグスは三カ国の連合軍を壊滅させ、その恨みで32億もの懸賞金をかけられたレート7のお尋ね者。

 他にも猟奇殺人犯や一〇〇〇年以上生きてるらしい死刑囚も班員であるとの噂がある。


(戦力的には頼もしいのかもしれないけど、ちゃんと制御できてるのかそんな人達!?)


 ルキフグスを始めとした第三班の顔ぶれにおののく瀬戸を他所よそに、彼女らの戦闘は更に激化していく。

 その斬撃の余波だけで森林が切り刻まれていく。


「つーわけだからそっちはテメェで何とかしてくれ! せめて時間くらいは稼げ!!」

「いや、でも」

「こいつの相手代わってやろうか?」

「精一杯時間稼ぎさせていただきます!!」

 

 十、二十と扱う武器の数が増えていき、しまいには空間に数百という武具を現出させて射出してくる始末だ。

 それも、その一つ一つが大地を当たり前かのように抉り飛ばす馬鹿げた威力。

 そんな規格外の相手をするくらいならまだ掠るだけでミンチになる極道組長を相手する方がマシだ。

 

「覚悟決まったならさっさとやろうぜ!!」

「うぎゃぁぁああああ!! やっぱどっちもいやぁぁぁああああ!!!」


 わざわざ正面に回り込んで殴りかかってきた東城の拳を泣きながら受け止める瀬戸。

 だが、泣き叫びながらもある名案が思い浮かぶ。


「そうだ、このまま全動作に生じる運動量をゼロにすれば何もできないんじゃ?」

 

 有言即座に実行。

 東城が動こうとする度にその動作に生じるスカラー量をゼロにすることで、完全に身動きを封じ込めることに成功した。


「やった!! これで痛い思いせずに済む!!」

「強ぇ技なのになっさけねぇなぁ!」


 この技は常時術を掛け続けている訳ではなく、瀬戸が認識した動作を逐一ゼロにしているだけだ。

 正直な話、彼が全身の至る筋肉を別々に動かせば処理落ちさせることもできる。

 しかし、久しぶりにルキフグスの戦いを見たい気持ちもあった東城はこの状況を利用して観戦することにした。

 

 だが、その思惑は叶わない。


 突如として空間が歪んだ。

 それは、ルキフグスのハルバードによる振り上げと、浅井の槍による振り下ろしが丁度衝突する位置だった。

 突如現れた何者かに彼女らの凄まじい威力を秘めた一撃が直撃する。


「ぬぅう、八神め。小癪こしゃくな真似をしおるわ」


 現れた人物は高槻厳たかつきげんであった。

 厳はルキフグスのハルバードを左手で、浅井の槍を右手で完全に受け止めていた。

 そして、彼女らの武器は瞬く間に溶解されてしまう。

 突然現れたげんを警戒して双方距離を取る。


「おいおい、八神の野郎とんでもないもん送り込んできやがって……」

「厳おじさんか。ちょっとめんどくさいな」

「マジかよ。マグマ親父の相手なんてしてらんねぇぞ」

「今から入れる保険ってあるっスか?」


 島中を必死こいて逃げ回っていた八神は、千里眼によって島全体を俯瞰ふかんして見ていた。

 未来視も併用することで、絶好のタイミングも掴んでいた。

 そんな彼女が五人まとめて足止めできるこの好機を逃すはずがない。


 まんまと八神の策略にハマった厳はわずらわしいとばかりに眉間のしわを濃くする。


「まぁええわい。貴様ら全員始末してから追いかけりゃええ話じゃ」


 厳はグツグツと身体を溶岩へと変化させる。

 それに伴って、周囲からも地面を引き裂いて溶岩が噴き出し始め、気温が急上昇する。


 だが、それを黙って見ている筈もない。

 初めに動いたのはルキフグスだった。

 星の記憶アカシックレコードからかつてアーサー王が用いたとされる、世界で最も有名な聖剣を具現化する。

 其は、黄金に輝く刀身を持つ、星の光を秘めた聖剣。


勝利を齎す聖光の剣エクスカリバー・臨界励起オーバーロード


 聖剣の光が限界を越えて充足する。

 その一撃は伝説の武具に秘められた神秘の力を限界以上に引き出す諸刃の刃。

 一撃放てば武器はその出力に耐えられず自壊する。

 しかし、その威力は絶大。

 限界以上に引き出されたその力は紋章絶技にすら匹敵する。

 

 無人島を真っ二つにするほどの莫大な閃光がほとばしる。

 

「うわぁぁぁあああああああ!!!! な、なんスかこれぇぇぇえええええ!!!」

「これがあいつの全力だよ。レート7ってのも頷けるバ火力だろ?」

「油断すんなよ。まだ、終わりじゃねぇ!」

「いや、さりげなく人を盾にするなっス!!!」


 ルキフグスが動き出した瞬間、東城と浅井は最も安全な瀬戸の背後へちゃっかり移動していた。

 彼ならルキフグスが放った攻撃の余波もスカラー量をゼロにすることで完全に防ぎ切れると判断してのことだ。


 ギャーギャーと瀬戸はわめくが、浅井の言う通り、ルキフグスの攻撃はこれで終わりではない。

 ルキフグスは続けて、星の記憶アカシックレコードより参照した新たな伝説の武具を再現する。


 其は、紅蓮の刀身を持つ、灼熱の焔を宿す聖剣。


転輪する太陽の聖剣ガラティーン臨界励起オーバーロード


 アーサー王伝説の主要人物。

 円卓の騎士ガウェインが用いたとされるエクスカリバーの兄弟剣。

 太陽の力を秘めたる転輪する太陽の聖剣ガラティーンが限界以上の力を引き出して砕ける。

 

 限界を越えた横薙ぎの一撃は莫大な熱量を生み出し、扇状に放たれた炎の斬撃は射線状の一切を焼き尽くす。


 ルキフグスの猛攻はまだ終わらない。

 次なるは、同じくアーサー王伝説の主要人物。

 ガウェインと双璧を成す円卓最強の騎士ランスロットが用いたとされる聖剣。

 

 其は、湖面が如き透き通るような蒼の刀身を持つ、清廉せいれんなる光を内包した聖剣。


湖光満たす聖剣アロンダイト臨界励起オーバーロード


 湖の妖精よりたまわった、かの聖剣はあらゆるものを両断する頑強さを誇り、その刃で切り裂けぬものはない。


 万物を両断する聖剣。

 聖剣の限界を越えた逆袈裟の斬撃は、蒼白い半月状の刃となって大空をも斬り裂いた。


 否、斬り裂かれたものは大空などではない。


「は?」

「仮想空間が……」

「斬られただぁ!!?」


 斬り裂かれた大空の裂け目からは異なる空模様が見えた。

 つまり、仮想空間を切り裂いて現実世界にまでその斬撃は届いたということだ。

 幸い、結果が分かっていたルキフグスの機転によって斬撃は大空へ逃げるように放たれた為、人的被害はない。

 しかし、もしもこれが上空以外に放たれていれば現実世界の観客は今頃真っ二つとなっていたことだろう。


「こ、これなら流石に倒せたんじゃ……」


 これまでの常識が崩されるかのような絶大な一撃。

 本来ならたった一撃で勝負が決まるような絶技。

 それが三連続で放たれたのだ。

 いくら班長クラスの実力者であろうとオーバーキルなのでは、とすら考える瀬戸。


 だが、


「いや、まだ油断するな。気を抜いたら余波だけで死ぬぞ」

「そうだな。あのマグマ親父がこの程度でくたばる訳がねぇ」


 あの天災という表現すら生温い三連撃を目にしても、浅井と東城の二人は気を抜いてはいなかった。

 二人は知っているのだ。

 班長と同等の強さ。

 この言葉が意味する本当の意味を。


「やりおるのぉ。流石はクラウスの部下じゃ。よう鍛えられとるわ」


 転輪する太陽の聖剣ガラティーンによっていまだに炎上する炎の中から溶岩の化身が現れる。


 マグマが人の形を取ったようなその風貌からはダメージを受けている様子は伺えない。


「嘘……だろ……!!? 今のを喰らって無傷だっていうんスか!!?」

「よく見ろ。自然格だから分かり辛いが、無傷じゃねぇ。確実にダメージは通ってる」

「だが、あれを喰らってあの程度のダメージっていうのは信じたくねぇな」


 二人の言葉通り、厳の身体には致命傷こそないものの、ダメージは確かに通っていた。

 左腕は焼け爛れ、額からは血が流れている。

 

 だが、それだけだ。


 無人島を両断し、島の四分の一を焼き払い、仮想空間すらも切り裂いた三連撃でさえ、たったそれだけの傷しか与えられなかったのだ。


「高槻一等陸佐は自然格の紋章者っスよね!? なのにどうやって防いだっていうんスか!?」


 あれほどの斬撃をマグマの紋章で防ぎきった方法が全く分からない瀬戸は困惑の表情を見せる。


 彼が困惑するのも無理はない。

 互いに“超克”が使える以上、彼の紋章では避けるか、相手の魔力を上回るしかない。

 けれど、厳の魔力がルキフグスを越えられるわけがない。

 限界以上の力を引き出した聖剣の魔力を越えるなど、それこそ紋章絶技を使わなければ不可能だ。

 にも関わらず、彼は避けずに正面から向かい撃った。

 その上で、防ぎきってみせたのだから。


「決まってんだろ。焼き尽くした・・・・・・んだよ」

「え?」


 浅井の言葉に瀬戸は訳がわからないという表情を浮かべる。


「マグマ野郎の紋章は覚醒してんだよ」

「つまり、マグマ親父のマグマは権能に等しい力を持ってるっつう訳だ。権能に理由なんざねぇ。マグマだからそれが何だろうと燃やし尽くせるんだよ。たとえ、それが魔力みたいなエネルギーだろうとな」

 

 自然格の紋章者は覚醒すると、神格を獲得する。

 その紋章術は最早もはや権能となり、あらゆる要素を度外視して何よりも優先される。

 だが、ここで新たな疑問が生まれる。


「いや、でも! 覚醒した紋章者って朝陽あさひさんと、後はアトランティスの何処かにいるっていうケルベロスしかいないんじゃ……」

「んな訳ねぇだろうが。覚醒紋章者の情報なんざ最重要国家機密だ。ケルベロスは昔大暴れしたから知れ渡って、朝陽さんは他国への威圧手段として覚醒していることをおおやけにしてるだけだ。覚醒者なんざ程度の違いこそあれ、実際はもっといる」

「といっても世界で有数なのに変わりはねぇけどな。だが、レート7クラスは殆どが覚醒紋章者らしいぜ」

「え? っていうことは……」


 瀬戸は思わずルキフグスを見る。

 レート7の殆どは覚醒紋章者。

 ということは……


(ルキフグスさんも……覚醒紋章者?)


「瀬戸、絶対に気を抜くなよ。そしてしっかり見てろ。覚醒紋章者同士の殺し合いなんざ滅多にお目にかかれねぇぞ」

 

 浅井はポンと瀬戸の右肩に手を置くと、その背にそっと隠れる。


「そうだな。坊主にもいい経験になると思うぜ」


 東城も同じように肩に手を置くと、瀬戸の背後に隠れる。


「いや、だからなんで人を盾にして仲良くなってんスか!!? さっきから一緒にいるっスけど東城さん敵っスよね!? ていうかさり気なく固定してないっスか二人とも!?」

「バッカヤロー。あんなバケモノが出てきた時点で共闘に決まってんだろ。つっても戦うのはルキフグスだけどな」

「覚醒してない私らは足手纏いにしかならねぇしな」

「あの、逃げちゃだめなんスか?」

「「こんな戦い見逃すとか勿体ねぇだろうが」」

「ま、真面まともな上司が……欲しい……」


 瀬戸の切実な叫びは覚醒紋章者同士の激突によって虚しく消え去った。

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