第79話 ソロモンと例の人物



『ソロモン、ジャミング解除の進捗しんちょくはどうなっている?』


 メインスタジアム関係者専用通路。

 陸自と特務課による合同競技が始まり、関係者の多くは暫しの小休憩を利用して競技を観戦している為、人通りは少ない。

 そんな閑散とした通路にて、ソロモンは特務課課長である時透ときとうと通話をしていた。


 通話内容は時透のアガリアレプトの紋章による“機密の開示”を妨害する、ジャミングに関してだ。


「ダメですね。僕の使い魔を総動員させればなんとかできるかもしれませんが、手数が限られている現状ではまだ暫くかかりそうです」

 

 ソロモンは七十二柱の魔神を従えている。

 しかし、現在は例の人物以上に得体の知れない、日本各地に発生した謎の現象、黒いもやの対処にその大多数を割いている状況なのだ。


 ジャミングがただの紋章術魔術によるものであったのならば、ソロモンなら使い魔を用いずとも容易に対処可能であった。

 確実に無効化できる奥の手があった。


 しかし、件の人物が仕掛けたジャミングは龍脈をエネルギー源とした霊装——術式を刻むことで紋章術魔術を起動するようにした道具——によるものだった。

 なので、何処かにある霊装を見つけて破壊しない限り、無効化はできないのだが、黒い靄の対応で大半の使い魔を割いている現状では使える使い魔も少なく、未だ霊装の発見にすら至っていなかった。

 

『お前の使い魔は例の現象の監視、封印も任せているからな。そちらをおろそかにするわけにもいかない。……仕方ない。ジャミングの方は切り上げて良い。会場の監視、防衛に専念してくれ』

「承知しました」

『……ついでに聞きたい。未来視に関してだが、報告では例の人物が関わる未来に関してのみ見えないとのことだったが、見えない未来から奴の企みを逆算することはできそうか?』


 例の人物に関して、八神に命じて幾つかの未来を見てもらい、その結果は特務課全体で共有していた。

 時透が言うように、結果は芳しくなく、例の人物が関わると思わしき未来はそのことごとくが黒く閉ざされて見えなかった。

 けれど、見えない未来が幾つもあれば、そこから共通点を抽出することで、点と点を線で結び付けて逆算することができる。

 

「難しいですね。八神に複数の未来を見てもらいましたが、見えている未来の中には僅かな違和感を覚えるものも幾つか見受けられたそうです。恐らくはダミーの可能性でジャミングされているのでしょう。そうなった以上、見えない未来にすら疑念が生じてきます」


 見えている未来にダミーを挟めるということは、未来視そのものに具体的な干渉が可能であるということ。

 これが単に自身に関する未来を見せない結界のようなものだったならば、そういった具体的な干渉ができない以上、点と点を繋ぎ合わせて逆算することは可能だ。

 

 だが、未来視に干渉できるのならば、見えない未来の中には例の人物に関わりのない未来も含まれているかもしれないのだ。

 そうなってしまえば、点と点を線で結ぼうとも、それは術師が描いたミスリードにしかならない。

 

『見えなくするだけでなく、未来視にすら干渉するか。……分かった。では、十分注意をしてくれ』

「承知しました。失礼します」


 通話を切ったソロモンはポケットにスマートフォンをしまうと、地面に幾何学模様の魔法陣を展開する。

 すると、数瞬と間をおかずに魔法陣から幾多の気配が生じる。


「みんな、話は聞いていたね。ジャミング対策は打ち切り。会場の監視と防衛にシフトするよ」


 ソロモンが方針を改めて伝えると、その言葉に相槌を打つかのように魔法陣が明滅する。


「イポスとグラシャラボラスは姿を隠して上空から会場全体の監視。ブネとキマリスは悪霊に命じてバトルドーム敷地内全ての人間の護衛と監視。フラウロス、フェニックス、ザガンはいつでも例の人物を抑えられるように神殿内部で待機」


 彼が統べる七十二柱の魔神。

 現在彼が自由に扱える七柱全員に命令を下すと、ソロモンは無造作に腕を振って魔法陣を掻き消した。


「——ッッ!!」


 その直後、何者かの気配を感じたソロモンは即座に振り返る。

 すると、そこには……


「君は確か——」


 そこにいた人物に声をかけようとすると、眼前の人物は目視不可能な速度でソロモンの意識を刈り取った。

 眼前の人物に油断していたソロモンは呆気なく意識を刈り取られるも、魔神たちにそのような油断は微塵もない。


 瞬間、魔法陣が起動する。

 主人の危機を察したイポス、グラシャラボラス、ブネ、キマリス、フラウロス、フェニックス、ザガンの七柱の魔神が異空間にある神殿から飛び出す。


——術式展開:五行鎖縛ごぎょうさばく


 しかし、それよりも早くその人物は魔法陣を手で押さえつけ、上から術式を書き込むことで封印した。

 封印された魔法陣は最後の足掻きとばかりに一際強く輝くが、更に封印術を重ねられることで完全に掻き消された。


 現世と神殿を行き来する出入り口を封鎖された魔神には最早何もできない。


——厄介な敵は潰した。後は……。


 気を失ったソロモンを異空間に封じ込めると、謎の人物は通路を歩き、何事もなかったかのようにその場を後にした。


  

    ◇



「うぃーす、戻ったで〜。今どんな感じ?」


 メインスタジアム関係者観覧席。

 そこで風早、かざはや雨戸あまどは観戦していると、トイレから戻った芦屋あしやが席に戻ってきた。


「すっごいよ!! 陸自の高槻厳たかつきげんさんがもう大暴れしてて、でも八神さん達も何か狙いがあるみたいで今は逃げにてっしてるよ! 他の人達はお宝探しを優先して今は交戦を控えてるみたい」


 初っ端から天変地異のようなド派手な紋章術が立て続けに放たれてテンションが上がった風早は鼻息荒く解説する。


はやてくんったらさっきからこの調子でテンション凄いんだよ。芦屋くんも相手してあげて。私はちょっと疲れ気味」


 そんな彼の相手をしていたのか、雨戸は既に疲れ気味だ。

 彼女も特務課には憧れを抱いているし、派手な戦いは好きな方だ。

 しかし、横でこうもハイテンションでいられると逆に冷めるというものだ。


「しゃーないなぁ。……お? 風早、遂に状況が動いたみたいやで」


 仮想空間内を映し出すモニターには各選手事にスポットされた映像が映し出されていた。

 そのうちの一つ。

 芦屋が指さした映像を見ると、第三班代表と第二班代表が接触していた。


「おお!! 第二班の瀬戸せとさんはまだ新人で経験不足な感じは否めないけど、その紋章はまさに規格外!! 紋章の強さだけでスカウトされたっていう噂も頷ける強力無比な紋章だからね! それを相方の浅井あざいさんがどれだけカバーして、場に慣れさせられるかがキーポイントだね!!」

うるさい、やかましい、黙れ。雨戸ちゃんやっぱ交代して。この特務課オタククッソダルいわ」

「やだ。芦屋くんがトイレ行ってる間我慢してたんだからその分くらいは我慢して」

「うへぇ〜めんどくさ……」


 仕方なく、未だに一人自分の世界に没入して喋り続ける風早に適当な相槌を打って相手をする。

 

(にしても、めっちゃ際どい展開になるんとちゃうのこれ? 水着と火ってもうポロリ展開しかないやろ)


 普段の服装でさえ、戦闘時は破れたりして下着が露出してしまうことだってある。

 だというのに、今の格好は水着だ。

 それも耐火性や防刃性などない極々普通の水着。

 そんな格好で戦闘を繰り広げればポロリもあり得るのでは? とよこしまな考えが過ぎる。

 そして、その考えは正しかった。

 

 厳から逃れる八神らが映るモニターを見ていると、飛び散ったマグマがビキニの紐を燃やしてしまう。


「よっしゃ!! そこやいけ!! 燃やせぇぇぇえええええええ!!!」

「え!? 急にどうしたの芦屋くん!?」


 突然立ち上がって声援(?)を送り出した芦屋に驚き、目を白黒させる雨戸のことなど眼中にない。

 彼の眼はビキニ紐が燃えて、公衆の面前に晒されようとしている八神の豊満な胸しか捉えていない。

 その瞬間を見逃すまいと、持てる技量の全てを費やして体感時間を加速させる。

 紐を絶たれたビキニトップスがゆっくりと落ちゆく様を、限界まで加速した体感時間の中で捉える。

 あと、ほんの数秒で僅かな布に隠された秘境を目に焼き付けることができる。

 

 しかし、そんな幻想は儚くもぶち殺された。


 未来が見える八神にとって、ビキニ紐が燃えてしまう未来が見えていないはずがない。

 未来視が機能しないのは、例の人物に関係する未来限定なのだから当然だ。

 ビキニ紐は逆再生するかのように再構築されてしまい、その豊満な果実が世に晒されることはなかった。


「……ありえへん。未来視とか反則やん。……俺らの幻想が……」


 幻想を殺された芦屋はガタンっと音を立てて、膝から崩れ落ちるように座席に戻る。

 燃え尽きたかのように真っ白な灰となって項垂うなだれる彼に、状況を察した雨戸は白い目を向ける。


「最っ低」

「どうしたの?」


 別カメラにて繰り広げられる浅井とルキフグスの戦いに熱中していた風早は、今更ながら真横の惨状に気がついた。


「気にしないで。バカが一匹燃え尽きただけだから」

「?」

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