第62話 風紀委員長vs学生会長
『それでは皆様お待たせいたしました! これより、トーナメント第二回戦を始めさせていただきます! では選手!! 入場!!』
昼食を兼ねた小休止が終わり、遂に第二回戦の幕が開ける。
司会進行者の大音声を合図に仮想空間内に二人の選手が転送される。
フィールドは山岳地帯。
荒涼とした岩肌が露出する岩山。
石切場も近くにあり、切り立った岩壁や、長らく放置されて緑生い茂る遺跡のような採掘跡も存在している。
それこそが二回戦第一試合を飾る舞台であった。
『紋章高専三年A組!!
一人は篠咲倫也。
彼は切り立った崖の上に立つ。
いつもの穏やかな笑みはなりを潜め、今はただ、何処までも真剣な瞳で勝利を見据える。
『紋章高専四年A組!!
対するは染谷一輝。
対照的に、彼は何処までも普段通りだ。
常在戦場を掲げる彼は、一切の妥協をしない。
一回戦から全力をもってあたり、この第二回戦でも手を抜くことなどありえない。
その腰に履く一振りの刀に手をかけ、岩壁の上に立つ敵を見据えて臨戦体制を取る。
「二回戦は風早君と戦いたかったんだけどね。まぁ、決勝で会えばいいか」
「人気者だな、彼は。だが、今は目の前の戦いに集中するべきだ。強いぞ、私は」
「そうだね。今は君を倒すことだけを考えようか」
『では、早速始めましょう! 二回戦第一試合! Ready. Fight ! 』
開幕速攻。
「神騎抜刀」
神速の居合い切りが切り立った岩壁をブロック状に斬り刻む。
突如足場を切り崩された篠咲は至極冷静。
ブロック状に切り分けられた岩壁を蹴り飛ばそうとする。
「
しかし、それよりも早く染谷が手を打つ。
彼が左手を翳すと、周囲の岩石が篠咲を中心核として収束する。
篠咲に吸い寄せられるように収束した岩石群は瞬く間に彼を閉じ込める。
その様はまるで星のようでもある。
常人ならばこれだけで勝負が着く。
岩石に押し潰されてお終いだろう。
けれど、篠咲倫也は硬化の紋章者だ。
この程度の圧砕ではびくともしない。
とはいえ、その膂力は所詮概念格のもの。
魔力で強化しようと、偉人格や動物格でもなければこの巨岩の牢獄から抜け出すことはできない。
普通ならば。
「甘いよ」
瞬間、巨岩の牢獄は内側から爆散する。
「魔力放出か」
彼が行ったのはただ、魔力を放出しただけだ。
紋章者なら誰でもできる基本技能。
しかし、彼のそれは通常とは異なる。
放出する魔力の先端を硬化することで、エネルギーにはない強固な物質性を付与したのだ。
エネルギーの推進力に加え、物質化した魔力の硬質さを得た魔力放出は推進力ではなく、それそのものが矛となる。
魔力放出によって加速した篠咲は、上空から凄まじい回転をしながら染谷へ踵落としをキメる。
位置エネルギー。
魔力放出による推進力。
回転による遠心力。
硬化したことによる硬質さ。
それらが組み合わさった強力無比な踵落としは盾とした鞘をも砕き、染谷を粉砕する。
その直前、染谷がその姿を消す。
鞘を砕いた踵落としはターゲットを失い、大地を粉々に砕く。
あまりの威力に土砂崩れが起きるも、周囲に染谷の姿はない。
「何処に行った?」
魔力放出によってソナーのように辺りを探知するが、反応はない。
忽然と姿を消した染谷を追うべく、周囲への警戒を絶やさぬまま、彼は歩み出す。
染谷の居場所は分からない。
しかし、分からないのなら、誘い出すまでだ。
故に、彼の向かう場所は決まっている。
石切場として石材の採掘が進められ、エアーズロックのように台地状に切り取られた山。
フィールド内で最も目立つその山頂にて、彼が出てくるのを待つ。
◇
その頃、染谷は石材採掘によって、古代遺跡のような中抜き構造となった坑道の中。
吹き抜けとなり、燦々と陽射しが差し込む岩場に腰掛けていた。
ザザァ、という風に揺れる木々の音が場の静寂さを際立てる。
先の一戦。
鞘で受けると同時に、自身をこの坑道へ収束させることで、引き寄せられるようにして回避していたのだ。
(やはり硬いな。たった一太刀で刃が欠けるとはな)
染谷は篠咲が立っていた岩壁を切り崩した際、一太刀だけ彼の首筋に浴びせていた。
しかし、結果は見ての通りだ。
擦り傷さえ負わせられず、彼の持つ刀はあまりの硬度に刃毀れしてしまっていた。
当然、“超克”は使っていた。
けれど、“超克”も万能な技能ではあるが、絶対的な技能ではない。
染谷の“超克”では、彼の“何者にも傷つけられない”という“超克”によって強化された紋章術を斬り裂くことはできなかったのだ。
別に染谷の技量が篠咲に劣っているわけではない。
ただ、概念格は他の紋章と比べて司る概念としての格が高く、“超克”でその概念を捻じ曲げるには他の紋章以上に技量と出力を必要とするというだけだ。
けれど、これは証明でもある。
染谷の攻撃では何をしようと篠咲を傷つけられないという何よりの証左なのである。
それが分かっているから篠咲も無防備に身を晒すことで染谷を誘い出そうとした。
それが分かっているから染谷は一度身を隠した。
(内臓も硬化できるのか、岩石によるダメージも見られなかったな)
多量の岩石を収束させた一撃は束縛するという意味合いもあったが、収束時の衝撃も目を見張るものだ。
仮に、体表しか硬化できないのならば収束時の衝撃によって内臓に少なくないダメージを負うはずだ。
けれど、篠咲はそういったダメージを受けているようには見受けられなかった。
つまり、彼は内臓すら硬化させて保護できるということだ。
斬撃は通じず、打撃による衝撃も通じない。
電気や炎といったエネルギー攻撃ならば通じるかもしれないが、そういった攻撃は染谷の紋章術ではできない。
唯一、そういったエネルギー攻撃の技があるが、魔力消費が馬鹿げているため、一度しか撃てない欠陥技だ。
確実に当てられる自信はあるが、篠咲が相手ならば防がれる可能性が高い。
つまり、染谷の攻撃は何一つ篠咲には通用しないということだ。
(……これは、彼との戦いまで取っておきたかったのだがな)
だから、彼は決意した。
(出し惜しみして勝てるほど、甘い相手ではないな)
奥の手を解禁する。
風早を討ち破る為に編み出した必滅の刃を解き放つ決意を固める。
(後は、この技をどうやって当てるかだ)
彼の編み出した技は諸刃の剣。
使用回数は一度のみ。
成功しようが失敗しようが、その一度を終えた後、彼の刃は消失してしまう。
故に、絶対に外すわけにはいけないのだ。
(
地縛収斂は収束点を高出力のエネルギーで吹き飛ばされてしまえば無力化されてしまう。
その弱点は一度体感した彼ならば見抜いているだろう。
何より、見抜いているかもしれないという可能性が僅かにでもある時点で採用に値しない。
成功とは、絶対的な下準備の末に得られる当然の結果でしかないのだ。
(かと言って、他の技で捉えようにも、私が奥の手を隠していることは察しているだろうな)
奥の手がある。
それが分かっているだけで警戒度は段違いに跳ね上がり、成功率は著しく低下する。
故に、問題は『どのようにして動きを止めるか』ではなく、『どのようにして奥の手を隠すか』なのである。
その方法を考えていると、彼の視界にあるものが目に入る。
彼はそれを拾い上げると、
「フッ、まるで何処ぞの騎士の真似事だな」
彼は拾い上げた物を懐へ仕舞うと、決戦の地へと歩み出す。
下準備は終えた。
後は当然の勝利を得るだけだ。
◇
台地状の山の頂上。
総面積二〇〇〇平方メートルはある滑らかな平地にて、篠咲は思案に耽っていた。
(会長は間違いなく奥の手を有している。それも、当たれば一撃で勝利が決まるような決定的な一撃を)
染谷の攻撃は何一つ自身には通用しない。
だからといって油断するほど彼は甘くない。
何一つ通用しない、にも関わらず一時戦線離脱した。
ということは、この状況を覆す一手を隠し持っているということだ。
そう考えた彼はその奥の手の正体、ではなく、どのように回避するかを考えていた。
(俺に通用するということは、俺の硬化すら貫通するほどの何か。つまり、防御は不可能。その防御不可能の一撃をどうやって回避しようかな)
フェイントで無駄撃ちさせる?
不確実だ。
フェイントに引っ掛からなければ確実な敗北を迎える。
第一、フェイントなんかに引っかかるような奴が学生会長にまで上り詰められるわけがない。
そもそも発動する隙を与えない?
これは無理だ。
速度で言えば染谷が上回る。
どれだけ猛攻を仕掛けようが彼の手を全て潰すことなどできるわけがない。
あえて喰らう?
あえて隙を作れば間違いなく勘づかれる。
しかし、篠咲はまだ全力の速度を出していない。
先と同様の速度で戦い、その末に隙を作らされれば、染谷は迷いなくその隙を突いてくる。
その一瞬に全力の速度を注ぎ込んで、腕でも犠牲にすれば回避は出来ずとも致命傷は避けられる。
——まぁ、これが最適解なんだろうな。
「さぁて、覚悟決めるかぁ」
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