第61話 水底に眠るもの
『以上をもって第一回戦を終了といたします。これより、一時間の昼休憩を挟んだ後に第二回戦、そして、決勝戦を行います!第一回戦よりも更に熱い激闘が繰り広げられること必至なので、絶対にお見逃しなく!!』
司会進行者のアナウンスと共に一同トーナメントは一時小休止を迎える。
「二人とも、教え子のところに行くの?」
そう尋ねるのはルミだ。
ソロモンに水を飲まされて多少酔いが醒めたのか、頬はほんのり朱いままだが呂律は正常のようだ。
「いや、会わないよ。今会ったら、約束が違うからね」
「俺も会わん。馴れ合うような間柄でもないからな」
「じゃあ、二人とも暇なんだね。みんなの分のご飯買ってきて」
そう言ってルミはその小さな手に相応しい掌サイズのガマ口財布を手渡す。
(なんで財布だけあばあちゃんセンス?)
今時珍しいガマ口財布を目にして目を丸くする八神。
まぁ、暇なのは事実なので、と買い出しは了承するものの、その間みんなはどうするのか気になった彼女は尋ねる。
「私と静はお水飲んで酔い覚まし兼場所取り。流石にこれ以上飲んだくれたらマシュに怒られちゃうしね。で、班長は私達の見張り。マシュと
(ああ、素直に酔いを醒ますと信じられてないのね。まぁそりゃそうなんだけどさ)
前科があまりに多く、酷すぎる二人には見張りは必須だろうな、と結論づけた八神は、そこには触れないで凍雲を連れ立って買い出しへと向かうことにした。
◇
二人が買い出しに訪れた場所は先日も焼肉を食べに訪れた、遊歩道沿いに仮設飲食店が立ち並ぶ美食フェスティバル。
イートインは勿論として、テイクアウトにも全店対応しているため、持ち帰りも可能なのだ。
二人はそこで昼食を調達する為に定食屋でテイクアウトの注文をしていたのだが、そこで何やら外が騒がしいことに気づく。
当然、祭りなので騒がしいのが普通なのではあるが、これは普段の喧騒とはまた違う。
トラブルがあった時の騒がしさだ。
そう感づいた八神は注文を凍雲に任せて、手っ取り早く鎮圧する為に定食屋の外へ出た。
「こらこら、お祭りだからって浮かれすぎるのもほどほど……に?」
定食屋の外へ出た彼女の眼前にはトラブルを起こす人物。
ではなく、既に鎮圧されて地面に這いつくばっている男性二名と、それを踏みつけている男性。
逆立つ短い銀髪のオールバックからは、前髪が二房垂れている。
眼鏡こそかけていないが、その鋭い黒の瞳は凍雲にそっくりだ。
けれど、凍雲が『凍てつく冬』を連想させるのに対し、彼は『鋭く研ぎ澄まされた刃』を連想させる。
彼は、騒動を止めようとした八神を一瞥する。
「お前の教え子、勝ち進んだようだな」
そういうと、彼は部下と思わしき純白のロングヘアーの女性に指示を出して、地を這い蹲る男性二名を連行させる。
「当然、私の弟子は強いからね。そういう貴方は、警察関係者?」
「俺の顔を知らないか。そうか、お前は最近入ったばかりだから知らないのも無理はない」
男を連行させていたところから警察関係者であることは間違いない。
それも、部下を持つそれなりの地位の人物なのだろう。
だが、その程度の当たりしかつけられない八神に、目の前の男性は懐から警察手帳を取り出す。
「俺の名はクラウス・バゼット。特務課第三班班長にして、水上叶恵の教育担当者だ」
その言葉を聞いて八神は驚く。
彼が、あの最強を追い詰めた少女を育てた教育担当者なのか、と。
彼女の強さは元来のものも多分にあったのだろう。
しかし、どれだけの才能があろうと、彼女の強さはそれだけで説明しきるには無理があった。
“超克”はまだしも、紋章術の拡大解釈に至っては最早プロレベル。
彼女の技の練度に関しても学生の域を逸脱していた。
その彼女の独力でなし得なかった部分を彼が埋め合わせたのだろう。
第三班班長というならそれも納得だ。
なにせ、年季が違う。
教えられる戦術も、応用も、知識も、経験も、他を凌駕してあまりあるだろう。
「あの子、めちゃくちゃ強かったね。まさか、柳生くんがあそこまで追い詰められるだなんて誰も思わなかったでしょ」
「敗北してしまったがな。だが、あの子も悔いはないだろう。彼女の強さは存分に世に知らしめられた。何より、彼女の弟たちは讃えていたよ。彼らの姉の勇姿を。それこそが何よりもの報酬だろう」
「そうだね。そういう意味では彼女も勝者だったのかもしれないね」
それだけ話すと、クラウスは踵を返して立ち去る。
その去り際、一枚の書類を投げ渡し、一つの言葉を残して
——警戒は怠るな。お前の内に眠る龍が告げた何者かは確実に存在するぞ。
今までは確証のない懸念事項でしかなかった。
しかし、彼はその存在が確かに存在する証拠を見つけた。
彼から投げ渡された書類には、一枚の写真が添付されていた。
その写真には、バトルドーム程近くにある東京湾、その水底に眠る巨大生物らしきものが写っていた。
推定の全長は一〇〇〇メートル。
その姿を一言で表すならば、白い外骨格に覆われた巨人。
そんな得体の知れない怪物が東京湾の海底にて、うずくまるように膝を抱えて眠っていた。
仮にこんなものが動き出したとしたら、その被害は計り知れない。
水上はその生物の三倍もの大きさで暴れ回っていたとはいえ、それは仮想空間での話だ。
彼女には劣るとはいえ、こんな巨大生物が暴れ回れば甚大な被害が出ることは容易く予想できる。
そして、最も危惧するべきところはこの巨大生物ではない。
これほどの巨大生物を使役できる存在だ。
書類に記載されたデータによると、これは機械ではなく、生物。
つまり、術者はこれほどの巨大生物を造る、ないしは、召喚するだけの力を持ち、尚且つ制御可能であろうということだ。
そして、書類にはこの生物のいた東京湾沿岸には、七夜覇闘祭公式グッズのキーホルダーが落ちていた。
そのキーホルダーからは巨大生物に付着したものと同じ魔力が検出された。
これが意味することは、術者は確実に七夜覇闘祭に潜んでいるということだ。
クラウスの言う通り、祭りにばかりかまけてはいられないようだ。
より一層気を引き締めた八神は、定食屋から出てきた凍雲と情報を共有して、皆の下へ戻るのあった。
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