第54話 紋章高専トーナメント開幕
七夜覇闘祭二日目。
この日は遂に紋章高専から選び抜かれた十二名の選抜メンバーによるトーナメント戦の日。
選手は各々に用意された控室にて、ある者は精神統一を、ある者はウォームアップを、ある者はゲームをして緊張を紛らわせる、と各々の時間を過ごしていた。
そして、ここにもまた固唾を飲んで見守る一人の少女がいた。
「大丈夫や。あいつかてこの一ヶ月間、いや、それよりも前からずっと鍛え続けてきてたんや。心配せんでも勝つで。あいつは」
緊張と心配で震える雨戸を気遣った
「そ、そうだよね。颯くんならきっと、ううん、絶対勝てるよね」
「当たり前や。護りたいもの、背負うべきもの、それを自覚した今のあいつに勝てるやつなんかいてへん」
“それでも”と芦屋は続けて、
「心配ならこれ持って祈り」
そう言って芦屋は小さなお守りを手渡す。
「そん中にはワシが丹精込めて作った呪符が入っとる。つってもなんかの加護がある訳やない。部外者が手助けする訳にはいかんから、所詮なんの効果もない気休めでしかあらへん」
“でも”と続けて芦屋は無邪気な笑みを浮かべる。
「今必要なんはそういう気休めやろ。それ持ってあいつの勝利を祈ろうや」
「うん! ありがとう、芦屋くん」
少女はただ祈る。
少年の勝利を。
彼の想いが実り、憧れにまた一つ近づくことができるようにと。
◇
風早が待機する控室から対戦フィールドまで続く通路。
そこに八神と風早の姿があった。
「大丈夫。風早くんならきっと勝てる。なんてったって私の一番弟子なんだからね」
そういって激励する八神に風早は苦笑する。
「一番弟子って、弟子は僕だけじゃないですか」
「バーカ、未来も含めてって意味だよ。過去、現在、未来。全てを通して君が一番努力家で、一番真面目で、一番強い」
“心も身体もね”とウインクする八神にほんの少し頬を赤らめる。
彼は、その言葉に確かな勇気と自信を授かった。
緊張と不安で震えていた。
というのが正直なところだ。
ついこの前まで紋章術すらまともに使いこなせなかった自分が本当に勝てるのか。
彼女の顔に泥を塗ることになるんじゃないか。
そういった不安が頭の中を堂々巡りしていた。
けれど、その不安も払拭された。
憧れで、最も尊敬する師匠が手放しで褒めてくれるのだ。
己こそが一番弟子であると認めてくれるのだ。
だから、彼はその言葉を信じることにした。
己の強さではなく、己の強さを信じてくれる師匠の言葉を信じることにしたのだ。
「絶対、勝ってきます」
「うん。優勝して、また会おうね」
「はい、信じて、見ててください」
彼は進む。
その背からは不安も、緊張も感じられない。
少しだけ大人になった、
◇
『それでは、皆様! お待たせいたしました。これより七夜覇闘祭二日目。メインイベント! 紋章高専選抜メンバー十二名によるトーナメント戦の開幕です!!』
司会進行者の声を皮切りにスタジアム全体が割れるような大歓声に包まれる。
『では、簡単では御座いますがルール説明をさせていただきます! ルールは簡単! 仮想現実空間にて一対一のガチンコ対決を行い、相手を倒す、又は降参させた方の勝利です。尚、仮想現実空間では死亡を含む一切の傷が仮想処理されるため、現実に持ち越すことはありませんのでご安心ください! また、戦闘は超高速戦闘が予想されますが、仮想空間内の時間はある一定以上の速度は緩やかに見えるように配慮しておりますのでご安心ください!!』
司会進行者が述べたように、スタジアムで直接死闘を繰り広げるわけではない。
スタジアムを結界で多い、その中に仮想空間を投影することで、野外版シミュレータールームを構築したのだ。
この仮想空間と外界を隔てる結界には、マッハ三以上の速度を、可視できる程度の速さまで減速させる機能がある。
仮想空間内で行動する者が実際に減速するわけではなく、あくまで外界から見て本来の速度よりも減速し、可視可能レベルにするというものだ。
『ではでは、早速第一回戦を始めたいと思います。選手!! 入場!!!』
司会進行者の大音声を合図に仮想空間内に二人の選手が転送される。
フィールドは廃工場群。
至る所に鉄骨や鉄パイプ、タバコの吸い殻などが散乱し、壁にはスプレーで落書きが施された不良の溜まり場といった環境設定だ。
『紋章高専二年A組!
一人は風早颯。
錆びついた、何に使うのかも分からない機材が所狭しと並ぶ廃工場内で一人佇む。
『対するは紋章高専二年C組!!
一人は宍戸翔駒。
鉄球クレーン車やダンプカーといった重機を保管する広々としたスペースに一人佇む。
それぞれ、相手を知覚できない別々の場所に配置された二人は、試合が始まるその時を待つ。
『それじゃ、早速始めましょうか! 一回戦第一試合! Ready. Fight ! 』
アナウンスと共に風早は動き始める。
室内にいては不利だ。
速さを売りにする風早は広々とした空間でこそ真価を発揮する。
室内にいても機材が動きの邪魔となり、死角を生むだけなので利点は殆どないのだ。
そう考えた風早は一先ず屋上に出るべく工場内の階段を登って行く。
一度外へ出ないのは、外に出ても別の廃工場や倉庫などがあるため、結局は障害物に塗れているからだ。
それならば、廃工場内で身を潜めたまま屋上に出た方が賢明なのだ。
「甘ぇんだよクソ雑魚が」
突如壁が粉砕されて、巨大な鉄球がその凄まじい重量で廃工場ごと風早を粉砕する。
鉄球クレーン車を操作した宍戸が廃工場ごと風早を粉砕すべく鉄球を叩きつけたのだ。
「グァッ!!」
幾つものコンクリート壁を粉砕しながら吹き飛ぶも、それを利用して粉塵に紛れ、一度姿を隠そうとする。
此処で無闇に突っ込むよりも、もう一度身を潜めて広い空間に出ることを優先したのだ。
しかし、そこで風早の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。
(室内にいたのにどうして正確に僕の位置を知ることができたんだ?)
彼は廃工場内、つまり外部から見えない室内にいた。
窓にも気をつけて移動していたため、位置を知ることはできないはずだ。
だが、考える暇もなく第二撃が迫る。
ダンプカーが壁を突き破って風早を勢いよく跳ね飛ばす。
「——ッッ!」
先程の鉄球といい、このダンプカーといい、本来ならばこの程度の攻撃ではアキレウスの紋章者である風早には傷一つつけられないはずだ。
しかし、これらの攻撃は加護を突き破って風早に如実にダメージを刻んでいた。
(設置面だけを魔力で覆って“超克”を使っているのか!)
紋章術で生み出したものでない無機物には魔力で覆わなければ“超克”が使えない。
そして、紋章術と違い、刀や銃のような小さな無機物ならば魔力を込めたり覆ったりすることは簡単で消耗も少ないが、これほどの大質量となると話は変わる。
魔力を大きく使うばかりか、その扱いも途端に難しくなるのだ。
それを、彼は部分的に魔力で覆うことで消費魔力を最小限に抑え、魔力制御も簡略化していた。
ダンプカーに跳ね飛ばされた風早は空中で体制を整えて地面に着地するも、そこであるものを目にする。
ダンプカーの燃料タンクに穴が空いており、そこから大量の燃料が溢れ出していたのだ。
(ヤバっ——!!)
気がついた時には既に手遅れだった。
廃工場の屋上から天窓越しに見下す宍戸が投げ入れたライターが溢れ出した燃料に引火する。
凄まじい大爆発を引き起こして廃工場を木っ端微塵に吹き飛ばす。
工場一つを消し飛ばすほどの火力には流石に“超克”を使うことはできないが、そんなものを使う必要がないほどの破壊は風早に少なくないダメージを刻んでいた。
「ゲホッゲホッ!」
瓦礫の山と化した廃工場跡地で風早は咳き込む。
ダメージは火力によるものだけではない。
大爆発による粉塵や煙は身体の内部から肺を
そして、咳き込む獲物に出来る隙こそを彼は狙っていた。
ドォォオオオンンッッ!!!
上空から重力を味方につけ、更に獣化することで膂力が増強した宍戸の踵落としが風早に炸裂する。
寸前で左腕で受けられたものの、地を割るほどの一撃を受けた左腕は骨が砕けて、肉は抉れ、
「しぶといな。これでキメる腹づもりだったんだがな」
全てはこの一撃をキメるための布石であった。
位置が分かっているのだから初手で強襲し、肉弾戦に持ち込むこともできたが、それではこちらの消耗も大きい。
確実にダメージを与えた上でこちらの消耗を最低限に抑える。
そのために鉄球クレーン車やダンプカーといった外部の力を借りて、決定的な隙を生み出した。
確実な場面が訪れるまで、ひたすら陰から仕掛けて、獲物が弱った所で漸く姿を現す。
まさに豹の紋章者に相応しい狩人の戦い方だ。
「やっぱり強いや。僕の位置を割り出せたのは動物格特有の鋭敏な五感によるものだよね」
「今更気づいた所で遅ぇよ」
宍戸が室内にいる風早の位置を正確に知覚できたのはその優れた五感によるものだ。
遠くの風早の臭いを辿り、廃工場の階段を登る彼の足音を聞くことでおおよその位置を割り出していたのだ。
「でも、勝負はまだ着いてないよ」
「さっきの爆発で拓けたから調子に乗ったか? 俺がお前の前に姿を現したってことは勝ちが見えたってことなんだが、その点どうも理解できてねぇようだな三下」
豹の力を全開放し、まるで獣人のような姿の宍戸は膨張させていた筋肉を収縮させる。
否、これは圧縮だ。
莫大な筋肉を細胞単位で操り、圧縮させることで膂力を増強させた上で敏捷性も上昇させる技。
“超克”を身につけ、“豹はしなやかでスマートな筋肉を持つ”と紋章を拡大解釈をすることによって膨張した筋肉を圧縮させてみせたのだ。
「理解はできてるよ。環境は僕有利になっても、さっきの一撃で決めきれなくても、それでも勝機が充分あるから出てきたんだよね」
風早は立ち上がる。
使い物にならない左手は使わず、右手一本でトネリコの槍を構える。
「でも、それでも僕が勝つよ。
身体を半身にし、右手一本で槍を構えた風早は笑みを浮かべる。
その顔には諦めなど微塵もない。
その瞳はどこまでも勝利だけを見据えていた。
「甘く見ねぇよ。狩人は最後の一瞬まで油断しねぇから狩人足り得るんだよ」
普段の粗暴さでありながら、激情を内に秘めた冷静な狩人としての視線が獲物を射抜く。
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