第52話 障害物競走〜年末特番かよ〜



 クサントス、バリオス、ペーダソスの三頭が引く戦車に乗って第二スタジアムに到達した風早。

 そこに到達した途端、紋章術の調子が突如悪くなり、三頭の引く戦車は空中で光の粒子となって霧散してしまう。


「へ? う、うわぁぁああああ!!!」


 突然紋章術が使えなくなったことで、空を戦車で駆けていた風早は地面へと落下する。

 このまま地面に墜落してしまえば紋章術が使えない今、死にはしなくとも確実に骨折して明日のトーナメント戦に響いてしまうだろう。


 それだけはなんとしても避けたい。

 冷静に空中で体勢を整えて、足から身体を捻りながら倒れ込むことによって落下の衝撃を足先、脛の外側、尻、背中、肩の五箇所に分散させる五接地転回法によって怪我なく着地に成功する。

 紋章高専は将来的に自衛隊や特務課などの戦闘職を目指す教育機関であるため、五接地転回法のような技術も授業で習得しているのだ。


「あ、危なかったぁ。ここの会場にもあの紋章術を阻害する機構が備わってたのか。しかも、さっきの会場よりも出力が大きいのか槍すら出せないし……」


 周囲を見渡すと、まるで某有名番組TASUKEのようなアスレチックゾーンが広がっていた。

 水場に点在する足場を飛び移っていく第一ステージ。

 底の見えない大穴の空いた第二ステージ。

 幾つもの扉が用意されている第三ステージ。

 スタート地点から見えるのはそこが限界で、その先があるのかは分からなかった。


 そして、スタート地点には有効活用しろとばかりに様々なアイテムが置かれていた。

 ロープ、ワイヤー、角材、ナイフ、金槌、フルフェイスのヘルメット、傘、ドライヤー、孫の手、Pt-c07の同型機の腕らしきものなど様々だ。

 そうして、アスレチックゾーンを見渡しながら、紋章を使えない環境下でどのようにして攻略しようかと考えていると、後続が追いついてきたようで、


「余裕ブッこいてんじゃねぇぞカスが!!」


 動物格:豹の紋章者にして同学年C組の生徒、明日のトーナメント出場選手でもある宍戸翔磨。

 金髪に染めた襟足を靡かせて走る速度を緩めぬまま彼は瞬時に状況判断し、必要だと判断したロープと角材、ナイフのみを奪い取るように持つと第一ステージの水上に点在する足場を飛び移り先に進んでいった。

 それを見て思いの外、後続との差がなかった事を知った風早は慌ててアイテムを選択する。

 受け取ったアイテムは一本の傘だけ。

 素早く受け取ると、水上に点在する足場を飛び移っていく。

 この程度のアスレチックならば紋章高専の生徒は余裕でクリアできる。

 当然、風早も数秒とかからずクリアすると、第二ステージ、底の見えない大穴の前に立つ。

 

 大穴の上部には鉄棒があり、この鉄棒とスタート地点にあったアイテムを駆使して関門を突破する必要があるようだ。

 先に進んでいた宍戸はナイフで角材に返しのような傷をつけて、そこをロープを噛ませることで即席の鉤ロープを作り、それを鉄棒に引っ掛けることで大穴を乗り越えたようだ。

 ご丁寧に後続に利用されないようにロープは中途で切られている為、再利用はできない。


 だが、風早にもスタート地点で入手した傘がある。

 大穴は底が見えないほど深く、直径もかなりある。 

 助走をつけてジャンプすればギリギリ鉄棒には届くが、鉄棒からそのままの勢いで恐れず飛ばなければ、飛距離が足りず奈落の底へ落ちてしまうのは明らかだ。

 加えて、紋章術も使えない為、正直足が竦む思いではある。

 しかし、ここで竦むようなやつが憧れに追いつけるはずがないだろうと自身を鼓舞する。

 そして、勇気を振り絞って大穴へとジャンプする。


 なんとか傘の柄の部分を鉄棒に引っ掛けると、勢いそのままに振り子の要領で傘を手放してもう一度ジャンプする。


「と、……ど、けぇぇぇええええええ!!!!」


 それでも飛距離が足らず、あわや奈落の底へ落ちそうになるも、必死に伸ばした腕がなんとか大穴の縁を掴むことができた。


 大穴の縁をよじ登り、後ろを振り返ればB組の学級委員長がドライヤーを鉤ロープのように用いるも、体重が重過ぎたのかドライヤーのコードが切れて、そのまま奈落の底へと転落していった。


 一瞬、奈落の底に落ちて死んでしまったのではないかと考えるも、これはあくまで七夜覇闘祭お祭り

 死者が出るような仕掛けを用意するはずがないと考え直して注意深く見てみる。

 すると、スタート地点に転落したはずの学級委員長の姿があった。

 どういう仕掛けかは分からないが、奈落の底へ落ちた生徒は自動的にスタート地点へ転移させられるようだった。


 それを見て安心した風早は悠長なことをしてる場合じゃないと思い直して駆け出す。


 第三ステージへ到達すると、そこには年末のバラエティ番組のように全身真っ白な粉まみれになった宍戸がいた。


「どうしたのそれ?」


 思わず込み上げる笑いを噛み殺しながら言うと彼は怒涛の勢いで噛み付いてきた。


「ニヤけてんじゃねぇぞクソが!! ……不正解の扉を選べば粉まみれにされて所定の位置に戻される。加えて扉も元通りだ。先頭が粉まみれになって手当たり次第に扉を開ける様を後続が見て分析し、正解の扉を導出するっつうクソ意地悪い仕掛けだ」


 罵倒しながらも懇切丁寧に解説してくれる彼はやはり根はとても良い人なのかもしれない。


 それはそうと、第三ステージは後続にこそ有利なステージなようで、先頭はヒントなしで同じ模様の扉をぶち抜いて進むしかないようだ。

 何かヒントはないのかと扉をよく観察するも、白い粉の足跡がくっきりと残る床以外はなんの変哲もない同一の扉だった。

 彼の言う通り、足跡という形で後続にヒントを残す後続有利のステージということだ。

 先頭である風早らはそれこそ手当たり次第に扉を開けていくしか方法はない。


 そう結論づけた風早はまだ宍戸の足跡がついていない扉をぶち破ろうとするも、よく見ると足跡がついていない扉など最早存在しない。

 立ち並ぶ無数の扉の前には全て宍戸のものと思われる足跡がついていた。


「バカかテメェは。速攻で絡繰を見抜いたんだ。対策を講じねぇ訳がねぇだろうが」


 そう、宍戸は第三ステージの仕掛けを見抜いた時点で後続へヒントを残さぬ為、全ての扉の前には全く同一の足跡を残しておいたのだ。

 こうすることで本来後続を有利にするための仕掛けを自分だけがより多くのハズレ扉を知る先頭の特権へと転じさせたのだ。


「みみっちいことするなもう!!」

「智略と言えクソ野郎が!!」


 宍戸の罵倒を背後に適当な扉を選んだ風早はぶち抜こうと走り抜ける。


 ゴチィィン!!


 ぶち抜こうとした扉は金属製の開かずの扉だったようで肩口を痛めた風早は第三ステージ入口へと強制転移させられる。

 

 眼前では、宍戸が未だ試していない扉をぶち破るも、ハズレだったようで今度は墨汁塗れにされて入口へ強制転移させられていた。


「ベェッ、クソが! 舐めた仕掛け作りやがって!!」


 後続は第二ステージで随分苦戦しているようでまだ余裕はあるが、それも時間の問題。

 じきに彼らも追いついてくるだろうから早めに正解の扉を見つける必要がある。


 またもやハズレを引いて、今度はシュールストレミングの汁塗れになって吐き気を催す宍戸の臭気から逃げ出すように適当な扉に体当たりする。


 すると、まさかの正解だったようで、風早はそのまま第二スタジアムの外へと強制転移させられた。


 そのすぐ後を追ってくる、凄まじい臭気を放つ宍戸から半ば逃げるように風早は第三スタジアムへ向けて再召喚した戦車を走らせた。

 


 

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