第51話 障害物競走〜対峙するは無機質な戦闘兵〜


 七夜覇闘祭一日目も大詰め。

 日も沈みかけ、夕暮れ刻の朱い陽射しが選手たちを照らし出す。


 最終種目は障害物競走だ。

 競技は各学年ごとにA〜Cクラスの選抜メンバーで行われる。

 A組選抜メンバーの一人として選ばれた風早はスタートラインにてアップをしていた。

 隣には同じく選抜メンバーの芦屋と、玉入れでも活躍していた概念格:凪の紋章者である音無おとなし伊織いおりがいる。

 黒のショートカットに猫目、口元をマスクで隠した彼女は甲賀忍者の末裔である。

 玉入れでは忍者修行で培った暗殺術を存分に奮って、最速の紋章者である風早の次にB組の生徒を討ち取った猛者でもある。


『さぁ、七夜覇闘祭初日も遂に大詰め!! いよいよ最終種目! 障害物競走が始まります!!』


 司会進行者のアナウンスがドーム場に響き渡る。

 アナウンスを契機に騒ついていた選手達も静まり始める。

 障害物競走はただ速力に優れた者が勝つ競技ではない。

 例年、速力だけでなく、戦闘力、対応力、判断力など総合的な実力が測れるように工夫が凝らされている。

 そのため、七夜覇闘祭初日は紋章高専生が将来の就職先である特務課や陸上自衛隊、捜査班アンダーグラウンドにアピールできる最大の好機でもあるのだ。


 ルートとしてはメインスタジアムを抜けて、各スタジアムに用意された障害物を潜り抜けて、またメインスタジアムに戻ってくるという形になる。

 故に、選手たちがメインスタジアムを抜けてからは肉眼で見ることはできないため、空中に投影された映像によって選手たちの姿を追うことになる。


「加減はなしや。ワシも本気でいかせてもらうで」

「うん。もちろんだよ! 僕だって負けない。ううん。絶対に僕が勝つ!!」

「フフフ、大口叩くようになったなぁ。うん、ええこっちゃ。ええこっちゃ」


 孫の成長を喜ぶように芦屋が腕を組んでうなづいていると、チョイチョイ、と服の袖を引っ張られる。

 そちらを見ると、音無が無言でガッツポーズをきめていた。

 おそらく、勝つのは自分だと彼女なりに表現しているのだろう。


「フハハハ! 無口なくせに雄弁なやっちゃ! ええよええよ! 威勢のいい奴らばっかでやりがいがあるっちゅうもんや!!」


 A組三人組が互いに勝利宣言をしていると、遂にアナウンスが障害物競走の開幕を宣言する。


 『では、位置について!! よーい、スタート!!!』


 司会進行者の声と同時に各選手同時にスタートをきる。

 まず、トップに躍り出たのは風早だ。

 最速の紋章者の名に恥じぬ速度で他の追随を許さない。

 次点で式札で召喚した大きな鳥型の式神に乗った芦屋や無音で駆ける音無、豹に変身した宍戸もその背を追うが、その差は大きい。


 しかし、これは何も速力だけがものをいう競技ではない。

 第一スタジアムに到達した風早の眼前には人型のロボットが一機。


 頭部は流線型でフルフェイスのヘルメットにも似た造形。

 体型もスマートであり、無駄を全て省いた戦闘に特化したフォルム。

 関節部にはブースターが搭載された近接戦闘特化型機体。

 本来ならば前腕部にプラズマブレードも搭載されているのだが、今回は非殺傷用に製造したため、武装は加速装置であるブースターのみとなっている。

 機体式別名:Pt-c07。

 特務課第四班班長パトリック・フェレルによって作られた自律思考型近接戦闘ロボットだ。


『ようこそ、第一関門は私ども・・・の手から逃れてこのスタジアムから抜け出すことだ』


 眼前の機体——Pt-c07——の無機質でありながら人間のように流暢な機会音声によって第一関門の説明が簡潔に行われた。

 必要なことだけを述べたPt-c07は、


 次の瞬間には風早の顔面にその右拳をめり込ませていた。


「——ッッ!!」


 人間には魔力が流れる血管のようなもの——魔力回路——が存在する。

 だからこそ魔力を扱え、紋章術、ひいてはその発展的技術である“超克”を使用できる。

 しかし、機械であり、魔力回路を持たないPt-c07は魔力を持たない。

 故に、紋章術はもちろん、“超克”を扱えないため、風早には全くダメージを与えられなかった。


 本来ならば。


「〜〜ッッ! どうして“超克”も使えないはずなのに僕にダメージを……?」


 Pt-c07の拳は風早に明確なダメージを刻んでいた。


『この会場には内在力場を掻き乱す魔力波を発生させる機構が備わっています。出力を調整しているので、紋章術が使用不可にはなりませんが、貴方や自然格のような自動防御は機能しないものとお考えください』


 Pt-c07は懇切丁寧な説明を終えた。

 直後にまたもやブースターを噴かせた超高速移動にて風早に襲い掛かる。

 しかし、初見では説明からの即戦闘という緩急の差によって一撃をもらってしまったが、一度学習してしまえばそれも対応できる。

 Pt-c07の拳を受け流して槍で一突きにする。


 そう考えていた風早であったが、Pt-c07の拳はあまりに重く、全く受け流せなかった拳が鳩尾へと突き刺さる。


「グフッ!」


 間一髪後ろに飛ぶことで衝撃を逃し、拳の重さに息を詰まらせながらもPt-c07に向けてトネリコの槍を投げつける。


 音速など遥かに超える速度で放たれた槍は大気を引き裂き、赤熱しながらPt-c07の鳩尾を穿つ。


 しかし、投槍は鳩尾を穿つ寸前でPt-c07の手に受け止められてしまった。


「これで! どうだぁ!!」


 風早は油断などしない。

 あれだけの速度、あれだけのパワーを持つPt-c07が音速を超えた程度の槍を受け止められないはずがない。

 故に、彼は槍を投げると同時に駆け出していた。

 そして、槍が受け止められたとほぼ同時に石突を掌打することで再度運動エネルギーを得たトネリコの槍は今度こそPt-c07を抉り抜いてスタジアムの壁まで吹き飛ばされる。

 

 同時に風早も真横へ吹き飛ばされる。


「いっつぅ〜。……え、嘘、でしょ……?」


 スタジアムの崩れた壁の瓦礫に埋もれながら、攻撃を受けた方を見る。

 そこには、先程戦っていたPt-c07と瓜二つの機体が十数体以上いた。

 一体倒すだけでも苦労した機体が十数体。

 いや、それ以上の数現れたことで風早は漸く最初の言葉の意味を正しく理解する。


(アイツが初め“倒せ”と言わず“このスタジアムからの脱出”しろって言っていたのはこういうことか!!)


 だが、悠長に状況を理解する時間を与えてくれるほど彼らは甘くない。

 真上から襲いかかってきた機体を影で察知した風早は転がるようにその場を離れる。

 背後では地面を穿つ轟音が鳴り響くが、そんなものを気にしている場合ではない。

 四方八方からブースターを噴かせた機体が音速を遥かに超えた速度で襲いかかってくる。


 パワータイプではないとはいえ、それでも偉人格の強化された肉体でさえも受け流せない重みを持った攻撃を放つ彼らの攻撃を相手に、まともに取り合うだけ馬鹿らしい。

 地面を踏み砕いて、包囲網を築いていた彼らがバランスを崩した隙を突いて空中に躍り出ると、高らかに指笛を鳴らす。


 ピュィィィィイイイイイイイイッッッッ!!!


 会場全体に響き渡る甲高い指笛を合図に、何処からともなく三頭の馬が引く戦車が現れる。

 クサントス、バリオス、ペーダソス。

 彼らは精神世界で“超克”を習得したもう一人の自分と合一した時に習得した新たな紋章術である。


 精神世界では“超克”を習得すると同時に紋章術の訓練も行なっていた。

 その中で、紋章の拡大解釈という技術によってアキレウスが使役していた不死身の馬クサントス、バリオス、そして不死ではないがアキレウスと戦場を共に駆け抜けた名馬、ペーダソスの引く戦車を召喚することが可能となっていたのだ。


 戦車に乗った風早は三頭に繋がる手綱を引いて全力で空を駆ける。


「さぁ、行くよ! クサントス、バリオス、ペーダソス!! 全速力だ!!!」


 三頭の嘶きと共に戦車は瞬間移動に等しい速度をもって、立ち塞がってきた数体の機体を纏めて轢き潰しながら第一スタジアムを後にする。


 後方を見ると、怪鳥の式神に乗った芦屋は地上へ引き摺り落とそうと襲い掛かる機体達を呪符による炎や水流で牽制し、無数の折り鶴に似た式神を召喚して迎撃していた。

 その後方から続々と追い縋る生徒たちも各々の紋章術を活かして第一スタジアムを切り抜けようとしていた。


 そして、そうこうしているうちに第二スタジアムへと到達する。

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