第46話 ファンクラブの存在


 いよいよ七夜覇闘祭当日。

 普段は関係者以外立ち入りできないバトルドーム。

 しかし、この日だけは特務課のオフィスなど一部施設を除いた全域が開放される。


 大会種目が行われるメインスタジアムはまだ準備段階だというのに満員。

 誰もが今か今かとその瞬間を待ちわびている。


 楽しみにしているのは何も一般大衆だけではない。

 初日の花形を飾る紋章高専の生徒たちこそ最も沸き立っていた。

 この初日だけはトーナメント出場権を勝ち取った十二名だけでなく、一般生徒も栄光ある七夜覇闘祭に出場することができるのだ。

 浮き足立たないわけがない。


 当然、これだけの人の出入りがあるお祭りでは普段を遥かに超える警備人数が求められる。

 一般警察を始め、特務課下部組織の捜査班アンダーグラウンドと陸上自衛隊からも多くの人員が配属され、警備態勢は万全であった。


「ハァ、俺も大会見たかったなぁ」

「愚痴るな。俺だって見たいさ。だけどな、誰かがやらなくちゃいけないんだよ」


 そう愚痴るのは陸上自衛隊より配属された若き青年だった。

 恐らく入隊して二年目程度なのだろうか、姿勢や身嗜み、目線などは一人前だが、何処か気の緩みを感じる。

 それを嗜めるのは上官であろう壮年の男性だ。

 それなりの修羅場は潜っているのか、その眼光は鋭い。

 彼らはメインスタジアム内選手控室に続く裏口の警備を行っていた。

 裏口は公園から青々と茂った木々の道から続く。

 今日は天気も良く、良い風は吹いているため、警備しながらも森林浴を楽しめる。

 とはいえ、ずっと立ちっぱなしのため、その額には汗が浮かんでいた。


「パトリックさんの警備システムだけで充分だと思いますけどね。第一、陸上自衛隊の将校は特務課の穴埋めで全国各地の治安維持に駆り出されてるとはいえ、ここにはあの平和の象徴を始めとした特務課の紋章者方が全員集合してるんですよ。こんなとこに襲撃かける自殺志願者いないでしょ」


 彼の言う通り、警備システムは陸自や捜査班アンダーグラウンドによる人的なものに限らない。

 監視カメラや赤外線センサー、警備ロボットに始まり、目視不能なサイズの空中浮遊ユニットによる警備まで行われている。

 ネズミどころか虫一匹見逃さない厳戒態勢が敷かれているのだ。


 加えて、日本の最強紋章者集団である特務課。

 大会参加する陸自の実力者達。

 錚々そうそうたる顔触れが集結しているのだ。

 紋章高専の生徒達だってその実力は侮れない。

 選抜メンバーに至ってはレート6相当の猛者だっているだろう。


 仮にレート7相当の犯罪者が襲撃してきても数分で撃退できるだけの大戦力が揃っているのだから、自分たちのような下っ端の存在意義が薄れるのも仕方のないことだろう。


「愚か者が。だからこそだ。万が一これだけの警備態勢を敷いている所に襲撃を仕掛けてくる者がいれば、そいつらはこの大戦力をなんとかできるだけの勝算がある者たちだ。もしもそんな奴らが襲撃してくれば俺たちのような下っ端には成す術はないだろうが、いち早く情報を伝達することくらいはできる。その為に俺たちはいるんだ」


 “全てには意味があるんだよ”と若き自衛官を叱責する。


「うへぇ、それって死兵ってことじゃないですか。やだなぁ〜」

「それが国を護るということだ。お前にも護りたい者がいるだろう。その為にも気を緩めるなよ」

「そう……ですねぇ〜」


 彼の脳裏には未だ幼い、笑顔が可愛い妹の姿が浮かんだ。

 可愛い妹の為なら頑張れるか、とやる気を出した所で、ふと、前方に影ができていることに気づく。

 バッと上を見上げると、翼を生やした金髪巨乳の美少女が緑髪の少年と黒髪ロングの少女を抱えて舞い降りてきていた。


(チッ、長ズボンか)


 スカートではなく、スーツの長ズボンだったことに内心で舌打ちをするも、美少女には変わりないので静かに敬礼しながら目の保養とする。


「お疲れ様。まだ間に合いそうかな?」

「お疲れ様です。ギリギリではありますが、まだ間に合いますよ」

「そっか。良かった。ほら、二人とも急いで行ってきなさい」


 地面に着地した八神は抱えていた二人を降ろすと、背中をそっと押して促す。


「は、はい! 行ってきます!!」

「八神さんありがとうございます! もう、颯くん明日からは寝坊しないようにね!」

「ご、ごめん! 楽しみで眠れなくってさ」


 慌てた様子の二人はわいわいと騒ぎながら駆け足で選手控室へと向かって行った。

 その後ろ姿を見守っていた八神に、若き自衛官は声を掛ける。


「八神さんは入らないので?」

「ん? 入るよ。でも、その前にこれあげるよ」


そう言って八神は亜空間から清涼飲料水を取り出すと二人に渡す。


「今日は暑いから。倒れないように気をつけてね」

「ありがとうございます!」

「……あ、ありがとうございます!」


 突然の美少女ムーブに一瞬呆気に取られるも、上官の声に倣って彼女の後ろ姿に敬礼する。


「美少女って中身も美少女なんですねぇ」

「そんな訳あるか。美少女じゃなくてあの人だからこそ気遣いのできる良い子なんだ」

「……それもそうか。ファンクラブでも作ろうかな」

「ファンクラブならとっくの昔にできてるさ」


 そう言って上官は会員カードらしきものを見せる。

 それは特務課のシンボルである、日輪を背に鷲が翼を広げている紋章が背景に印字された黒色のカードであった。


「うわ、会員番号一桁とかガチファンじゃないですか。それに、特務課のシンボル刻まれてるってことはこれ公式だし。特務課史上最速じゃないですかこれ?」

「あのルックスに性格の良さ、それに強さもかなりのものらしい。SNSに流出した彼女の画像がバズったのをきっかけに特務課上層部が非公式ファンクラブができる前に手を打ったんだと」

「なるほど。商機を逃さないとは特務課上層部も中々に強かですね。ちなみにこれ本人知ってるんですか?」

「……知らないだろうな。ファンクラブ内ではこの存在を知って驚く様を会長殿がSNSに上げてくれるのを楽しみにしている者も多いようだ」

「ファンクラブ会長が彼女の関係者とか業が深いですね」

「そうだな。だが、皮肉にもそれがきっかけで会長殿にも男性ファンが増えつつあるから良いと思うがな」

「へぇ、一瞬で会長が誰か分かっちゃいましたよ俺」

「言うな。みんな気づいてるけど言わないのが暗黙の了解と言うやつだ」

「沈黙は金ってやつですね。とりあえず、後で入ろ」


 周囲を警戒しながらもファンクラブトークはしばらくの間続くのであった。

 ファンクラブ会長とは一体、何処の女性ファンばかりの武術家なのだろうか……。


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会長「私が欲しいのはこんな業の深いファンじゃなぁぁあああい!!」

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