幕間1 紫姫のおっぱいはやぁらかい



「それじゃ! 私のこれまでの頑張りとこれから待つ書類地獄に乾杯!!」

「風早くんの頑張りに乾杯」

「乾杯」

「か、かんぱーい」


 四人は海鮮と天ぷらが名物の創作居酒屋を訪れていた。

 もちろん、飲酒できる年齢ではない風早は麦茶。

 飲酒できる年齢である八神、静、ルミはそれぞれ梅酒、ビール、魔王という芋焼酎を頼んでいた。


 その際、見た目年齢小学生高学年、贔屓目に見ても中学生が精一杯なルミは、当然のように幼児に言い聞かせるように店員に宥められていた。

 その様を見て爆笑する静を可愛いお手手でぶん殴り、店員は免許証を提示して黙らせていた。


「かっー!! 美味い! ひと暴れした後のビールは全身に染み渡るわ〜」

「ああ、この一杯の為に働いてる。一杯で済ます気はないけど」

「風早くんはこんなダメ人間になっちゃダメだからね」

「は、ははは」


 約二名がまだ食事も頼んでいないのに速攻で醜態を晒し、それを躊躇なくダメ人間と称する八神に風早は乾いた笑みしか出ない。

 とりあえず何か頼もうかなと思いメニューを開くと横から覗き込むように八神が横からメニューを見る。

 あまりに近い距離。

 しかし、これまでの八神による数々の無自覚な誘惑に晒されてきた風早はこの程度では最早動じない。

 仄かに香る女性らしい良い香りに惑わされたりしない。

 頬を赤く染め、多少動きが硬くなるもメニューを見るだけの余裕は残っていた。


「へぇ、天ぷらの種類が多いですね。タケノコにタラの芽、コゴミ?」

「天ぷらと海鮮が主力の居酒屋だからね。他の店にはあまりないメニューも多いよ。ちなみに、コゴミは山菜の一種。苦味が少なくて風味も大人しいから苦手な人でも食べやすい山菜だね。美味しいよ」

「へぇ、本当だ。海鮮も有名どころもあるけどよく知らない魚も多い」

「私のオススメは山菜ならコゴミとコシアブラ。海鮮ならハマグリとアナゴかな」

「じゃぁ、僕もそれ頼みます」

「私たちのも適当に頼んじゃって〜」

「枝豆と鳥軟骨の唐揚げはマスト」

「はいはい。すいませーん」


 八神は店員を呼び止めると目についたものを片っ端から注文していく。

 今回の代金の半分は静持ちだし、八神自身も普段そこまでお金を使うタイプでもない。

 この前入ったばかりの初任給も殆ど残っており、お金はたんまり持っているのだ。


 暫くして、料理と追加の酒が届く。

 届いた料理は、

 山菜の天ぷら盛り合わせ

 海鮮天ぷら盛り合わせ

 カツオの藁焼き

 カワハギの刺身

 黒枝豆の塩茹で

 鳥軟骨の唐揚げ

 ヒラメと鯛のカルパッチョ

 合計七品だ。


 天ぷらは結局盛り合わせなら色々食べられるとのことで、そちらを頼むことにしたのだ。

 山菜は八神オススメのコゴミとコシアブラを始め、タケノコやふき、原木椎茸など色々な種類が盛り付けられている。

 海鮮も同じように初カツオとニンニクの天ぷらを始め、アナゴ、オコゼ、白海老のかき揚げと種類豊富でどれも美味しそうであった。


「最高。日本酒と天ぷらの相性は神」


 料理を待ってる間に魔王を飲み干し、追加注文した獺祭という日本酒を冷酒で飲みながら、山菜の天ぷらをつまみに至高の領域へと至るルミ。


 その横では静が既に三杯目のビールを飲み干していた。

 初カツオの藁焼きをつまみに飲み下し、プハァーというおっさんくさい息を漏らす。

 “こいつらと一緒に食べるの恥ずかしいな”と思いながらも、案外この雰囲気が嫌いではない八神は仄かな笑みを浮かべながら初カツオの天ぷらに舌鼓を打つ。


「うん、やっぱりここの店の天ぷらは世界一ね」

「はい、どれも本当に美味しいですね」

「ねぇねぇ! 風早くんは好きな子とかいないの?」

「ブッッ!!?」


 突如として酔っ払いから投げかけられた爆弾に危うく咀嚼していた天ぷらを噴き出しかける。

 ゲホッゲホッと咳き込み、酔っ払いを睨む八神に背中を撫でられながら、彼の脳裏には二人の人物が浮かんでいた。


 一人は幼い頃から仲の良い女の子である雨戸梨花。

 純朴で心優しい彼女は一緒にいて気を使わないし、安心できる。


 もう一人は師匠でもあり、憧憬と尊敬の念を向ける女性である八神紫姫。

 厳しくも優しい彼女は正直一緒にいて気が休まる時がない。

 抱き締める、頭を撫でるといったボディタッチの多い彼女は無自覚に誘惑してきて動悸が止まらない。

 弟子としてしか見ていないからこそのアレなんだろうが、正直嬉し……ゲフンッ恥ずかしい。


「その反応はいるね。八神? それとも学校の子?」

「え、あ、いや、そのぉ……」

「あ……、いやまぁ、誰でも良いじゃない。あんまそういうのは突っ込まずそっと見守ってあげるのが大人の余裕ってものでしょ」


 思わず“雨戸さんじゃないの?”と言いそうになってしまった八神は慌ててそれっぽいことを言って誤魔化す。

 ここで彼女の名前を出せば“何故彼女の名前が?”となって回り回って雨戸さんが抱く淡い恋心がご本人にバレてしまう未来が見えたのだ。

 内心で“私ナイスファインプレー”とガッツポーズをしていると、静が“ブーブー! 気になるぞう! お姉さんとっても気になるんだぞう!”と酒臭い息を吐きながら騒ぎ立てる。

 彼女に大人の余裕など一〇〇年早かったようだ。


「どうせあれでしょ! このおっぱいに悩殺されたんでしょ!!」


 と、突如八神の背後に回り込んだ静は、彼女の豊満な胸を背後から鷲掴みして揉みしだく。

 千変万化と柔軟に形を変える彼女の胸に周囲の男性客が“おお!!” と騒めきたつ。

 風早は臨界点に達したのか鼻血を垂らして顔を背ける。

 しかし、男の子の性か、横目でしっかりと彼女の胸を凝視しているのを対面のルミはニヤニヤとおちょこを傾けながら眺めていた。


「ちょっ、やめ! こんなところで神がかった技巧を無駄遣いしてんじゃないわよ! ひゃぁっ!」

「やぁらけぇ。お前さん一体何をしたらこんな大きくてやぁらかくて感度も良い最強おっぱいになるんだい? お姉さんに教えてみなさい。ねぇ」

「別に何もしてないし! デリットにでも聞けや!!」

「ハッ! 奴らは悪の秘密結社ではなく理想の美少女を創るオタク集団だったのか!? クソッ!! あの時もっとデータを精査してれば豊胸技術が手に入ったかもしれなかったのか!!」


 “ガッデェェエエエム!!”と叫びながら更に八神の胸を揉みしだく速度を上げる。

 そんな酔っ払いの蛮行に、良い加減キレた八神の割と本気の裏拳が鼻っ柱をへし折る。


「ぶべらッ!!」


 周囲に被害が出ないように固定された空間と板挟みになる形で殴られた静は鼻血塗れで血に沈む。

 

「店員さん! ごめん、この生ゴミ捨てといて!」


 着崩れた服を整えて、ズレた下着を紋章術で服を着たまま整えた八神は血に沈む静を指差して頼む。


「ご、ごべんなざい。捨てないでぐだざい」


 ヨロヨロと立ち上がった静はへし折られた鼻っ柱を抑えて静々と席に戻った。

 流石に同席する友人が鼻っ柱へし折られたまま血塗れというのも見るに堪えないので、仕方なく鼻を治癒して血で汚れた部分も綺麗にしてやる。


「これに懲りたらもう揉まないこと」

「ちょっともダメ?」

「ちょっともダメ」

「つっつくのもダメ?」

「ダメ」

「どぉぉ〜〜〜〜してもダメェ!?」

「……ハァ、じゃぁ何かのお礼とかならいいよ」


 目尻に涙さえ浮かべて懇願する静に溜息を吐いて仕方なく折れて妥協案を出したのであった。


「よっし、なんとかして恩を売ろう」

「静には一生無理な難題を提示したね」


 恩を売られることは数あれど、その恩を返し切った上で売ることなど不可能なこと。

 もちろん、八神はそれを理解して、きちんとあらゆる未来を見て確認した上で提示していた。

 精神世界で晩酌をしていたミカが“それフラグですよ”と呟くもそんなわけがない。

 不可能に近い条件にも関わらず、再びあの至高の感触に至る為に燃える静をよそに、“哀れな静に代わり私がいつか揉みしだこう。そして乳神様の恩恵を賜る”と密かに恩を売る計画を企てるルミであった。


 そして、思春期真っ只中の風早の頭の中はおっぱいでいっぱい。

 お疲れ様会が終わるまで彼の頭には数々の無自覚おっぱいと鼻腔をくすぐる彼女の甘い香りが巡り巡っていた。

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