第47話 七夜覇闘祭開幕
「遅いぞ」
「しょうがないでしょ。風早くんが寝坊しちゃったんだから」
スタジアムの関係者観覧席に着くと、既に特務課第五班のメンバーが勢揃いしていた。
凍雲は相変わらずの仏頂面で八神を迎え。
ルミと静はソロモンにビールを強請り。
押しに負けたソロモンは苦笑いを浮かべてビールガールから人数分のビールを受け取っていた。
「ほらほら、そんなことより早く座っちゃいなさい。長ったらしい開会宣言もそろそろ終わるわよ」
片手にビールを持ったマシュに促されて彼の隣の席に着く。
彼の言う通り、丁度長ったらしい開会宣言が終わりを告げるようだった。
「それでは!! これより七夜覇闘祭を開催します!! みなさん! 盛り上がっていきましょぉぉぉおおおおおお!!!!」
司会進行役のシャウトが効いた開幕宣言に触発されるように、会場中が揺れるような歓声に包まれる。
「うるっさ。私こういうの苦手だなぁ」
「あら、派手なの好きそうなのに意外ね」
「派手なのは好きだけど、観戦は静かに見ていたい派かな」
「なるほどねぇ。一理あるけど、私はこういう会場一体になって騒ぐのも醍醐味だと思うわぁ。私も気分が上がってきちゃうものぉぉおおお!!」
“オホホホホホ!!”と頬に手を当てて凄まじい顔芸を披露しながら気分を上げるマシュに苦笑する。
(でもまぁ、マシュの言う通り偶には騒ぐのもアリかな)
ソロモンから受け取ったビールをクイっと飲む。
入れ方が上手いのか泡の割合が絶妙で美味しい。
会場の雰囲気も相まって普段よりも美味しく感じる。
そうこうしているうちに第一種目が始まるようだ。
種目は玉入れ。
ただの玉入れとはいえ、紋章術ありの玉入れだ。
派手で見応えのある試合になることだろう。
「風早くん!! ファイト!!」
◇
玉入れが始まる。
ルールは簡単。
柄の長い籠をディフェンダーが護り、アタッカーが敵チームの籠に玉を入れてその得点数を競うというものだ。
しかし、ただの玉入れと侮るなかれ。
七夜覇闘祭では全競技において紋章術の使用が許可されている。
故に、毎年全競技が戦争もかくやと言った派手な戦いを披露することとなる。
「いくぞ!! A組! ファイッ! オォォォオオオオオオオオ!!!!」
「ウォォォオオオオオオオオオオ!!!!!」
学級委員長の声を皮切りにA組生徒全員が大音声を挙げる。
対するB組も呼応するかのように大音声を挙げて会場全体が震える。
そして、七夜覇闘祭の第一幕を飾る大合戦が遂に幕を開ける。
「よっしゃ! 行くで! パツキン師匠にええとこ見せんとな!!」
「うん! って揶揄わないでよ! もう! 置いていくからね!」
A組の先陣を切るは風早颯。
親友でありルームメイトでもある芦屋道永に背を押され、その勢いのまま敵陣へと一直線に駆け抜ける。
最早八神と出会う前の、自身の紋章に振り回されていた以前の彼の姿はない。
七夜覇闘祭のトーナメントに選出された選手として相応しい勇姿がそこにはあった。
先陣を駆け抜ける風早は瞬きの間に敵陣中央に躍り出てアタッカー、ディフェンダーの間を超高速で行き来しながら荒らしまわる。
「ほら! みんな風早に続くぞ!! 情けない鼻垂れ小僧にばっかええとこ取られたら立つ瀬もあらへんぞ!!」
風早に続き、級友を煽りながら自身も呪符を指に挟む。
平安時代最強の陰陽師として名を馳せた安倍晴明の終生のライバル。
稀代の呪詛師、蘆屋道満としての力を存分に振るう。
「
暴風が吹き荒れる。
B組から放たれた紋章術や玉を防ぎながらA組の攻撃援助、玉の加速、軌道補正などを同時に行う。
攻防一体となった凄まじい練度の技だ。
芦屋道永。
本来は風早ではなく、彼こそがトーナメントに選出されていた。
けれど、“面倒”の一言で辞退し、次席であった風早が繰り上がりで選出されたという経緯を持つ。
故に、トーナメント出場者でこそないものの、その実力は十二分にその域に達している。
「そらそら! あんまりにも対応遅いから次の手打ってまおうか!!」
芦屋は暴風に身を取られて後手後手に回っている敵陣に対して更なる攻勢を仕掛ける。
吹き荒れる暴風を操作して大気中に莫大な砂塵を巻き上げる。
空間を埋め尽くす砂塵は敵陣に攻め込む風早を始めとしたA組特攻隊の姿を晦ます。
(クソっ! 敵はどこにいる! 探知組! 何してるんだ!! 敵の居場所を知らせろ!!)
B組学級委員長の男子生徒ががなり立てるも、その声は誰にも届かない。
当然だ。
発声しているにもかかわらず、その声は大気に響かないのだから。
A組特攻隊には概念格:凪の紋章者が紛れており、彼女の紋章によって周囲一体の音が消し去られてしまっていたのだ。
周囲の状況は砂嵐によって見えない。
凪の無音空間によって仲間の声は聞こえない。
助けを呼ぶ声すら伝えられず、暴風に吹き荒ばれて自身の向いてる方向さえも分からない。
(俺たちは同じ高専の生徒だろう!? どうして、どうしてこんなにも差が出る!? どうして何もできないんだ!!!?)
恐慌状態に陥った彼は声にならない叫び声を上げて、フレンドリーファイアの可能性すら捨て置いて自身の紋章を解き放つ。
彼の紋章は概念格:蓄積の紋章。
七夜覇闘祭の開幕を飾る第一種目という花形舞台に備えて貯めに貯めたパワーは一撃で城砦を吹き飛ばす程の威力を誇る。
だが、加減すら忘れた。
直撃すれば死体すら残らないであろう彼の右拳は一つの盾によって防がれる。
無音空間によって衝撃波すら伝わらず、その拳は只々不気味な程静かに受け止められた。
そして、砂塵が晴れる。
突如晴れた視界に理性を取り戻した彼は周囲を確認して唖然とする。
周囲には意識なく倒れるB組の仲間たちの姿があった。
アタッカーも、ディフェンダーも、誰もが皆一様に地に伏しており、未だ立っているのは自身だけであった。
「なんで……、どうして……」
現実が受け止められない。
同じ環境下で教育を受けているにもかかわらず、ここまで一方的に叩きのめされるという非現実的な現実に思考が追いつかない。
感覚すら喪失した口からはうわ言のように疑問の声が垂れ流されていた。
彼の拳をその手に持つ、
【天地】
【婚礼・訴訟・戦争】
【耕作・麦穂刈り・ぶどうの収穫】
【牛の放牧・羊の放牧・踊る若者達】
【大海】
それらが五層に分かれる情景を描いた、一つの世界を内包するとされる盾で、静かに拳を受け止めたまま彼の疑問に応える。
「僕たちと君たちの差は殆どないよ」
風早の言う通り、戦力的な差はほとんどなかった。
トーナメント出場者である風早、出場するはずだった芦屋を筆頭にA組には数々の優秀な生徒が在籍している。
しかし、それはB組にも同様に言えることだ。
蓄積の紋章者である学級委員長は単純な戦闘力ならばトーナメントに出場できるだけのものはある。
他にも、優秀な紋章者も“超克”を扱えるものだっていた。
にも関わらずここまで一方的な展開を強いられたのは……
「こちらには凄腕の軍師がいた。僕たちの差はそれだけだよ」
B組は時間をかければかけるほど厄介な敵だ。
B組には長期戦に長けた紋章者が多く在籍する。
学級委員長である蓄積の紋章者は時間をかけるほどその身にエネルギーを蓄積し、手がつけられなくなる。
故に作戦は速攻一択。
初手で風早が先陣を切って場を乱し、その隙に芦屋が戦場を撹乱する。
次いで、特攻隊が突撃して敵陣全体を無音空間で包んだ後は特攻隊と風早によって敵全部隊を闇討ちする。
最後に学級委員長が狂乱に陥って血迷った真似をした時は冷や汗が流れたものだが、それも風早によって事なきを得たというわけだ。
玉入れルールなど度外視。
敵を殲滅した後に大量に投げ入れてやれば良いのだという芦屋の策には皆度肝を抜かれたが、それが功を奏した。
B組もまさか籠ではなく、自分たちが優先目標として狙われるとは思っていなかったようで、闇討ちも容易であった。
「それはもう玉入れじゃねぇだろ」
彼の嘆きに返す言葉を持ち合わせていなかった風早は、申し訳なさそうな表情を浮かべながらシールドバッシュによって彼を気絶させた。
「よっしゃ!! みんな! 敵さんなんか寝てるみたいやから今のうちにめっちゃ玉入れまくったれ!!」
鬼畜軍師の号令に倣い、A組総出で屍の山を踏み越えて籠から溢れるほどの玉を詰めに詰め捲った。
そして、試合終了の合図と共にA組の勝利を告げるアナウンスが会場中に響く。
一瞬、静寂が場を包む。
しかし、徐々に歓声が湧き上がり、数秒後には大歓声がA組の皆を讃えていた。
玉入れというにはあんまりな結末に会場中の皆が戸惑ったものの、これはこれで良しと認められたようだ。
「ねね! 見た!? 見た!? 私の弟子超カッコ良かったでしょ!! ねぇ!!」
関係者用観客席には良い感じに酔いが回った八神が横に座る凍雲をぐわんぐわんと揺らしながら弟子自慢する。
それを鬱陶しそうに顔を歪めながら、彼女の顔を押しのける彼の姿があった。
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