第41話 突然だが模擬戦だ!!


「や、柳生先輩と模擬戦!?」


 八神との修行を始めてから二週間が経過した頃。

 音速戦闘程度ならば熟せるようになってきたので、そろそろ対人経験を積んだ方が良いと考えた八神は試合を組んできたのだ。


 当然、まだ勝てるとは思ってはいない。

 柳生寿光は前大会の優勝者。

 “超克”が使えるのは当然として、音速戦闘にも対応できる彼の実力はともすれば、既に推定レート6に至るものかもしれない。

 そんな憧れに最も近い紋章者との試合を組んだことことを突然知らされた風早は驚愕し、身体が震えた。

 別に怖気付いたわけではない。

 強者と戦えることを喜ぶ武者振るいというやつだ。


「……あの、お断りすることって……」

「できないね」


 武者振るいなのである。

 震えて動こうとしない風早を肩に担いだ八神は、柳生との試合会場である模擬戦闘用訓練施設へ向かった。



    ◇



 そこはバトルドームにあるシュミレーターと同じく、室内で起こった事象を全て仮想として処理できる空間であった。

 つまり、室内の環境は自由自在で死傷を負っても問題ない。

 魔力を消費しても全てなかったことにできる仮想空間というわけだ。

 

 既に環境設定は終えているようで、一〇〇メートル四方の畳張りの道場中央に柳生寿光は座禅を組んで待っていた。


「ま、胸を借りるつもりで行ってきなさい。大丈夫。負けても死ぬほど痛いだけだから」

「死ぬほど痛いから嫌なんですけど!?」


 “ずべこべ言わず男なら覚悟を決めろ”と八神は肩に担いでいた風早をシミュレーターの中へ放り込んで、観戦室へ移る。


 そこには先客がいた。

 柳生の教育担当者である高槻たかつきあきらだ。

 ところどころ赤髪が混じる黒髪のボブカット。

 目つきが鋭く、眉間に皺が刻まれた年若い女性。

 二〇歳にして三等陸佐に上り詰めた才女。


 しかし、彼女は幼少時代を紛争地域でたった一人で過ごしていたという。

 幼い彼女は生きる為に死体を貪った。

 盗みをすれば銃か紋章術か、いずれかで容易く殺される。

 その場面を幾度と見ていた彼女は、行き倒れや死体置き場、戦場跡地に転がる死体を食べることで生き延びていた。

 後に彼の現上司でもある高槻たかつきげんに拾われて養子になるまでのおよそ一〇年間。

 その地獄と呼ぶのも生温い環境で生きてきた。


 その過去があったからこそ彼女は今の地位を得るだけの強さを得たとも言える。

 彼女の紋章は偉人格幻想種:酒呑童子の紋章。

 人間を食えば食う程強くなる彼女の紋章は皮肉にも、その地獄を糧として彼女に強大な力を与えたのだ。


「初めまして。高槻暁です。噂は聞いてます。私と同じ偉人格幻想種の紋章者で、私と同じような酷い過去を持つ人だと」

「……初っ端からヘビーな話題過ぎない?」


 自己紹介から胃もたれするようなヘビーな話題に気まずい沈黙が流れる。


「……冗談……のつもりだったのですが。……やはり狭間先輩のように上手くはいきませんね」

「無理に誰かを真似る必要はないと思うよ。貴女には貴女の良さがあるだろうしね」


 真顔のまま落ち込んだ雰囲気を出す彼女にフォローを入れると、彼女は僅かに口角を上げる。

 過去の境遇から表情筋があまり動かない彼女なりの笑みだ。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」

「ううん。こっちこそ今回は模擬戦の申し出を受けてくれてありがとう」

「礼の必要はありません。彼にも良い経験になると判断したから受けただけです」


 柳生寿光は“超克”や音速戦闘といった対紋章者戦闘における基礎と呼べる技術は既に習得していた。

 故に彼に必要なものは対人戦闘の経験。

 彼とまともな戦闘が成り立つのは最低でもトーナメント出場選手程度の実力者。

 しかし、トーナメント出場選手とはそう簡単に試合を組むことはできない。

 それは即ち手の内を明かすに等しい行為だからだ。

 同じトーナメント出場選手であり、教育担当者も同じである染谷と滝澤とは模擬戦を行う機会があった。

 それでも彼にとっては新鮮な相手と戦うことには大きな意味がある。

 

 その意味は、彼の戦いを見ていれば分かる。

 シュミレーターの中で行われる風早と柳生の戦い。

 音速駆動で翻弄しながら神速の槍撃を繰り出す風早の隙を的確に突く。

 そうして、大きくした隙に畳み掛けるように眼にも留まらぬ連撃を繰り出す。


 先程述べた意味とはここにある。

 何度見てもその剣を見切ることができないのだ。

 当然、八神ならば彼の剣戟を避けることも防ぐことも容易い。

 だが、見切ることだけはできない。

 恐らくは彼の紋章、偉人格:柳生宗矩の紋章によるものだろう。

 剣術無双と称された彼の剣豪が持つ特殊な技法を用いているからこそ、幾度見ても見切れないのだろう。


 だからこの試合を受けたのかと八神は得心がいった。

 柳生は相手に剣筋を見切らせず、自身だけが相手の戦法、癖、太刀筋といった戦闘データを得られる。

 その上で戦闘の経験も積むことができる。

 柳生にとってはローリスクハイリターンな申し出であったというわけだ。

 しかし、


(関係ない。大会当日の彼は今の彼とは別人に仕上げるんだから、どれだけ今のデータを取られようと問題はない……はず!)


 それに、こちらにリターンがないわけではない。

 貴重な格上との戦闘経験が得られるのはもちろん、剣筋は見切れずとも相手の癖は知ることができる。

 剣筋は柳生宗矩のものであろうと、癖は柳生寿光のものであるからだ。

 

(逆に、変に一矢報いて彼に火を付けられるのが一番困るんだよねぇ)


 人、これをフラグと言ふ。

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