第40話 八神シェフによる華麗なる飯テロ


 今日は土曜日。

 紋章高専も特務課も今日は休日だ。

 八神はジーパンに英語が印字された白いシャツ。

 その上から薄手のカーディガンを羽織った、春から夏に移り変わる涼しげな今の季節にあった私服である。

 そんなカジュアルな彼女は朝から紋章高専を訪れて、風早に修行をつけていた。


 今日の修行場所は野外訓練用に用意された緑豊かなグラウンド。

 広さはこれだけで東京ドーム一個分はある。

 修行内容は降り注ぐ光弾を避けながら宙に舞う羽根を槍で撃ち抜くというものだ。

 これによって高速戦闘に身体を慣らしながら槍の精密性を鍛えているのだ。


 それはそれとして、八神の頭の中にあるのは別のことであった。

 昨夜、ミカから伝えられたルシファーが感じたという良からぬものの気配。

 彼曰く、その脅威度は彼自身に匹敵するほど。

 つまり、世界崩壊の危機レベルの何かがこの学園に潜んでいるということだ。


 もちろん、特務課第五班だけでなく、第一班から第五班までの全班にこの情報は通達されることになった。

 確証はないとはいえ、全能の存在といっても過言ではないルシファーの証言。

 警戒するには充分すぎる要素であった。


 件の気配に関しては、ソロモンや土御門、ルミといった捜査が得意なメンバーに加えて、捜査班アンダーグラウンドも総力を挙げて調査している。

 故に、気を配る必要はあれど、八神を始めとした教育担当者達は生徒達の修行に専念できている。

 

 しかし、それでも気になるものは気になる。

 加えて、昨日風早に言ってしまった“ご褒美”の件も頭を悩ませる一因であった。

 昨日、風早の修行を終えてバトルドームにある寮の一室に帰宅してあと。

 静に電話で相談するも、“そんなもんおっぱいでも揉ましてやりゃいいのよ。カーッ! 青春しやがって! チクショー!!”とちょっとキレ気味に切られて碌に相談できなかった。

 早出残業しても尚間に合わず、疲労困憊な彼女はいつも以上に頭がパーになっていたのだ。

 そういうことにしておくのだ。


 流石に彼に好意を持っているであろう少女を知っている身としては、おっぱいを揉ませる訳にはいかない(倫理的にも)。

 なので、今度はマシュに相談したところ、“あら、それならやっぱりアレよアレ。男の子が喜ぶものと言ったらアレしかないわぁ”とアドバイスを貰った。

 その結果と、一応自分でも考えた“ご褒美”をもう一つ用意したのだが、果たして彼は喜んでくれるだろうか。


 と、考え事をしながら修行をつけていたところ。

 センスが良いのか、二日目にしてまだ動きに粗はあるものの、音速駆動程度ならばモノにしつつあった。


 時刻もそろそろ昼時。

 ここらで一度小休止を取ろうと光弾の雨を止める。

 あたりに舞わせていた羽も、光弾を適当に操って瞬時に消し去った。


「さ、もう良い時間だしそろそろお昼にしようか」

「なんか今凄い絶技を見たんですけど。アレ操れたんですか」


 降り注いでいた光弾の幾つかを操って瞬時に羽を消し去って見せたことに驚いたのか、風早は眼を開いて口をポカーンと開けていた。


「自分が起こした現象なんだからこれぐらい普通だよ」

「普通はそんな器用なことできませんから」


 “ということはこれから難易度が上がっていけば、いずれ全方向から乱れ飛ぶ光弾の嵐を避けなければならないことに?” とゾッとする想像をかぶりを振って払い、考えないようにする。

 八神が紋章術で出したレジャーシートの上に上がると、


「わぁ、これ八神さんが作ってくれたんですか!?」

「そうだよ。男の子が喜ぶご褒美が何か思いつかなくて、マシュっていう特務課の先輩に聞いたら手作り料理が一番って言ってたから今朝作ってきたんだ」


 これこそがマシュに相談した“男の子が喜ぶご褒美”である。

 女の子の、それも胸も大きくて腰も括れたスタイル抜群の美少女の手作り弁当に勝るものなどないというのはマシュ談である。

 事実、古今東西どこを見ても美少女の手作り弁当というだけで、その味がどんなものであろうとご褒美になることは確定的に明らかであろう。

 古事記にも載っている日本古来より伝わる当たり前の事実である。


 お弁当箱の中にはだし巻き卵に唐揚げ、ハンバーグと言ったお弁当界の主役たち。

 その他、肉じゃがや生春巻き、タルタルソースのかかったアジのフリットなど様々なおかずが入っていた。

 別容器には新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダも用意されていた。

 サラダには自家製ドレッシングの他、牛蒡と玉ねぎをフライしたチップスやくるみも散りばめられていて食感を楽しくさせている。


 彼女は研究所では料理を作る機会こそなかったが、知識はインストールされていた。

 そして、特務課に所属して美味しいものを食べるようになってからグルメに目覚めた彼女は、自身でも凝った料理を作ることが趣味になっていたのだ。


 控えめに言ってもプロレベルのお弁当を前に、風早は思わず口内に涎が溜まるのを自覚して飲み込んだ。


「沢山あるからいっぱい食べてね」

「はい! いただきます!」

「いただきます」


 もう待てないとばかりにがっつく風早の姿に嬉しくなり、フッと笑みを溢す。


「美味しい! 外はサクサクで中はふわふわ! 美味しい上に食感も面白いです!」

 

 アジのフリットを食べた風早はその食感と味に驚嘆する。

 サクッとした衣を破ると、途端に口の中にアジの旨みと香りが弾ける。

 アジには軽くスパイスによる下味をつけているのかそのまま食べても美味しいし、タルタルソースをかければ薄味のスパイスと相まってさらに旨みを増す。


「卵焼きも美味しい! 僕の好きな関西風の味付けだ!」


 関東の甘みが強い卵焼きは八神の好みではなかった。

 なので、関西の出汁が使われただし巻きを作ったのだが、風早の口にもそちらの方があったようだ。


 ふわっとした卵を噛むと、中からカツオや鶏ガラから取った出汁がジュワッと染み出す。


 そのまま食べてももちろん美味しい。

 添えられた大根おろしと一緒に食べても美味しい。

 そこに醤油を加えても美味しい。

 一度で何度も味変ができて飽きさせないどころか物足りなさすら感じさせる。


「凄い! このサラダも今まで食べたことないくらい美味しい! くるみとフライチップスが良いアクセントになってますね!」


 保冷機能のついた容器で新鮮さそのままのサラダ。

 ガーリック醤油ベースに玉ねぎやニンジンといった野菜のピューレを混ぜたオリジナルドレッシングによって、旨味を一段階も二段階も昇華させている。

 さらに、牛蒡と玉ねぎのフライチップスとくるみが食感にアクセントを加えて、香ばしい風味もプラスする。


「喜んでもらえて嬉しいよ。今日は一段と腕によりをかけて作ったからね」

「もう最高です! こんなに美味しい料理初めて食べました!」

「それは良かった」


 そうして和やかな食事を終えた所で、用意していたもう一つの“ご褒美”を渡そうとする。

 だが、バッグに手を入れたまま逡巡し、やはり渡すのはまた今度にしようと思い直す。


 これを渡してしまえばまず間違いなく喜んで貰えるだろう。

 だけど、そうなると次のご褒美のハードルがとてつもなく高くなってしまう。

 それこそおっぱいを揉ませなければならなくなってしまうかもしれない。

 風早に淡い想いを抱いているであろう雨戸の為にもそれだけは避けなければならない。

 なので、これは最後のご褒美として取っておこうとバッグにしまったままにしておく。

 せっかく喜んでくれているのだし今回のご褒美はお弁当だけで良いだろう。


「さぁ、もう少しゆっくりしたら午後もまたビシバシ鍛えていくから覚悟しててね」

「はい、よろしくお願いします!」

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