第38話 学生会長としての信念
精神世界でミカの“トラウマ待ったなし!? ドキドキ⭐︎天然ミカちゃんの殺人レッスン♡”からルシファーによる“論理的超克講座”へ移行していた頃。
現実世界では悪寒を感じながらも、風早の意識は明瞭さを取り戻し、修行に移っていた。
「それじゃ早速修行に移ろうか」
「はい! よろしくお願いします!」
八神はまず風早のできないことを洗い出すべく、自覚済みの欠点を聞き出していく。
「最初の出会いからして自分の速度域に身体がついていっていないことは分かるけど、他に何かできないことや短所はある?」
「えっと……」
風早の話を纏めると、彼の欠点は大きく分けて二つ。
①自分の速度域に身体がついてこない。
②音速を越える速度域で瞬時の判断ができない
つまり、どちらにしろ自身の速過ぎる動きに身体も頭もついていけていないということだ。
「なるほど。……自身が動く速度の調整はできる?」
「あ、はい。それならできます」
「よし、じゃあ方針は決まった!」
そういうと、八神は空間転移で雨戸をセーフティゾーンまで退避させて風早から離れた位置に立つ。
「自分の速度に身体がついていかないのも、元を正せば思考が追いついていないからってのが大きい」
高速移動中の繊細な重心制御。
これも慣れれば感覚でできるが、慣れるまでは頭で考えて重心を制御しなければ慣性によって重心が乱れてしまう。
「だから、風早くんは兎に角自分が制御できる速度ギリギリで動き回って欲しい。だけど、ただ動き回るだけじゃない。動きながら色々問題を出すからそれに答えながらね」
「分かりました。よろしくお願いします!」
そうして、現実世界の修行も幕を開けた。
◇
「颯くん……」
雨戸は観覧用に設けられたセーフティゾーンから彼らの修行風景を見ていた。
正直言うとホッとしている。
八神と出会う前までの風早は遥か高みを見据えて強くなるために、無理に無理を重ねて身体を壊すような真似ばかりをしていた。
憧れである特務課に追いつけるように。
追いかけても追いかけても突き放される憧れに、いつの日か並び立つ為に……。
だけど、憧れである特務課のメンバーにその努力と才能、何よりもその在り方を認められて、こうして直々に鍛えてもらう機会にだって恵まれた。
やり方は少々怖い気もする。
けれど、それでも彼の心身に配慮していることが伝わってくる。
彼自身も憧れに認められたことで、あの怖いくらいの気迫はなりを潜めたように思える。
だから、これまでのあの追い詰められているかのような感じが無くなったことにホッとしているのだ。
「良かったな。雨戸君」
「え?」
声のした方を振り向くと、そこには紋章高専学生会長染谷一輝が立っていた。
「が、学生会長!? どうしてここに?」
「彼を気にかけていたのは何も君だけではないということだよ」
「会長……も……?」
学生会長が風早と一緒にいるところなど見たことがなかった。
それに学年も違う。
そんな彼が風早のことを気にかけてくれているとは思っていなかった雨戸は首を傾げる。
「不思議かな。確かに彼とは学年も違えば接点も少ない。しかし、私は学生会長だ。生徒を気にかけるのは当然だと思うがね。……まぁ、忙しさにかまけて彼と向かい合ってあげられなかった不甲斐ない私ではあるが」
染谷一輝は学生会長の責務として全校生徒のことを気にかけていた。
本来、学生会長がそんなことをする義務などない。
しかし、彼は高専の頂点である学生会長として、生徒全員を正しき道へ導くことを信念としていた。
だからこそ、学年は違えど、遥か上を目指して身体を壊してしまいかねないほど努力を重ねていた風早の姿はよく目に留まった。
止めようとは何度も思った。
そのような無理ばかりしていては、強くなるより前に二度と戦えない身体になってしまうことは目に見えていた。
だが、学生会長としての業務に加えて、全校生徒に目を配っていた彼には、風早一人に多くの時間を割くことができなかった。
懸命に割いた僅かな時間では彼を救うことはできなかった。
不甲斐ない。
全校生徒を正しき道へ導くことを信念としておきながら、破滅の道へ突き進む生徒一人救えないなど不甲斐ないことこの上なし。
誰もが彼の奮闘を讃えようとも、彼自身がそれを認められない。
だからこそ、今の彼の姿を見て安堵すると共に、僅かな悔しさが込み上げる。
自分では救えなかった彼を、たった一度の会合で救ってみせた彼女に僅かばかりの嫉妬を覚える。
「会長は不甲斐なくなんてないです! 颯くんのことを気にかけてくれていたことは知りませんでしたが、それでもいつも高専生のために身を粉にして頑張ってることは知っていますから! …………不甲斐ないのは私です。小さい頃からずっと一緒だった幼馴染なのに……救ってあげることができなかった……」
結局は特務課の誰かこそが、この問題の最適解であったという話だ。
幼い頃から一緒だった幼馴染の言葉よりも。
全校生徒を心底大切に想う学生会長の言葉よりも。
何度も憧れて、何度も挫折させられた特務課の誰かの言葉が届いたというだけだ。
そんなことは二人とも分かっている。
だが、それが納得できる理由になりはしないというだけだ。
「ありがとう。雨戸君。……お互い、今度こそ後悔のないようにな」
「はい。もうあんな無茶はさせてあげません!」
フンスッと意気込む雨戸にフッと微笑ましげな笑みを浮かべると、染谷は背を向けて立ち去ろうとする。
そして、背を向けたまま誰にでもなく言の葉を紡ぐ。
「彼に無茶をさせてしまったのは私が憧れるに足る実力を持っていなかったが故だ」
風早は学内の強者ではなく、学外の本物にこそ憧れた。
それは仕方のないこととも言える。
学生会長といえど未だ学び、精進する未熟者。
遥か高みでこの国を守る英雄たちに及ぶべくもないのは仕方のないことだ。
「だから、今度は私が彼の前に立ちはだかろう。無視できぬ巨壁となり、彼をも憧れさせる学生会長としての意地を見せてやろう」
だが、それを仕方がないで済ませられないのがこの男だ。
学生だから。
相手は国を護る英雄だから。
そんな言い訳を免罪符にできないからこそ、彼は学生会長という紋章高専最強の名を手にしているのだから。
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