第37話 精神を二つに分ければ二倍修行できるね♪
その日の授業を終えて、
縦三〇〇メートル×横二〇〇メートル×高さ二〇〇メートルの大型地下施設。
他にも似たような地下施設が隣接しており、ここに来るまでにも何人かの出場選手とすれ違った。
その中には優勝候補筆頭格である
すれ違いざまに軽く挨拶をした程度だが、それでも分かる。
彼の強さは特務課ですら充分通用するレベルだと。
改めて気を引き締め直した一行は部屋の中で方針決めを行なっていた。
「先に一つ聞きたいんだけど、
「いえ、催眠術や参考書とかでなんとか修得しようと励んではいるんですが、今一つの結果です」
「なるほど。じゃあまず課題としては“超克”の修得だね。これができないと自然格には無力だし」
トーナメント出場選手には自然格:火炎の紋章者である
“超克”ができなければ、もし彼女と当たってしまった場合ほぼ一〇〇パーセント詰んでしまう。
自然格は砂なら濡らせば良い。
雷なら絶縁体を使う。
そういった弱点を突く戦法である程度対応はできるが、それは能力に慢心している素人に限る。
紋章術を研ぎ澄ました、一流の自然格は濡らされても砂の乾きで一瞬で無駄となる。
絶縁体など高圧電流による絶縁破壊でどうとでもなる。
日向夏目は優秀とはいえ、未だ高専で学ぶ身。
現段階では弱点である水の対処法はないだろう。
しかし、彼女にも教育担当者がつく。
そんな初歩中の初歩の弱点をそのままにするはずがない。
「無酸素空間を作り出せれば対処できるけど、風早くんの紋章じゃそれはできないしね」
全偉人格最速の紋章である。
視界に映る距離なら一瞬で移動でき、
加えて、彼には複数の強力な武器もある。
鍛治神ヘパイストスが鍛造したどのような武具の攻撃も防ぎ、動きの邪魔にならない鎧。
世界すら内包した盾。
世界樹の力を内包するトネリコの槍。
これら全てを併せ持つ偉人格でも最強格の紋章ではあるが、真空空間までは作り出せない。
紋章の力を
「でも
たった一ヶ月という短い期間。
雨戸の懸念も当然のものだ。
普通ならば全て鍛えて器用貧乏になるよりは、どれか一つを極める方針にすべきだろう。
しかし、八神にはある考えがあった。
「そこは風早くんの頑張り次第かな。もちろん、私もそれなりの工夫はするけど」
「工夫……ですか……?」
「何をするんですか?」
こてん、と可愛らしく首を傾げる二人にフフ、と八神は意味深な笑みを浮かべる。
「精神を二つに複製して、片方は私が作った精神世界で“超克”の練習をしてもらう。精神世界なら時間の流れをある程度調節できるから大会までには間に合わせることができると思うよ。そして、もう片方は現実世界で戦闘技術や紋章術の扱いを鍛えてもらう。すると、修行を終えて元の一つの精神に戻った時には両方の経験を得られるという寸法よ!」
「それ、本当に元に戻れるんですか?」
マッドサイエンティストもニンマリと笑みを浮かべる頭の中バイ◯ハザードな発想に、口端をヒクヒクさせてドン引きする二人。
「当然。生徒を二重人格にしたりするわけないじゃない。……まぁ、私はその辺不器用だからミカとルシファー頼りなんだけどね」
後半、顔を背けてボソボソと何か怖いことを言っていた彼女にブルっと身体を震わせる風早少年。
アキレウスの“辞めておけ!絶対ろくでもないことになるから! 神に類する奴に碌な奴はいねぇから!”という聞こえるはずもない警告が聞こえたような気もするが、これで強くなれるのだからと意を決する。
「わ、分かりました。よ、よよよろしくお願いしみゃす!」
「よっし、それじゃぁ頑張ろっか!」
そう言って八神は風早の頭に手を置くと、彼の身体から一瞬だけ力が抜けて崩れ落ちる。
八神が抱えたので彼女の胸に埋まる形でもたれかかった風早は、いつもなら赤面ものな状況にも関わらず、もたれたまま
その様子に慌てたのは幼馴染である雨戸だ。
「だ、大丈夫!? 颯くん! あ、あの八神さん、本当に大丈夫なんですよね?」
「うん、無事成功したよ。暫くは意識が朦朧とするだろうけど、すぐに良くなるから今はちょっと休もうか」
すぐに意識が
そのまま頭を上げて膝枕をしようと考えるが、
「雨戸さん、膝枕する?」
「します!!」
ちょっと食い気味な雨戸が膝枕をして彼の意識がハッキリするのを暫し待つことにした。
◇
緑豊かな草原。
気がつくとそこに立ち尽くしていた。
どこまでも続く地平線。
暖かく世界を照らす太陽。
地平線の先には大海原が広がっていた。
「綺麗……」
これほどの絶景を見たのはあの時の夢以来だった。
紋章術の修行のし過ぎでぶっ倒れた時にも、これと似たような大草原を見た気がする。
その時は鎧を着た銀髪の男性がいたような気もするなぁ。
そう、ふと思い出していた時、後ろから声を掛けられる。
「始めまして、風早くん。私はミカ。
「俺様はルシファーだ。経緯は貴様の記憶に直接刻んでやる。ありがたく思え」
振り返り、腰まで届く金の髪を
そして、その横にいた白銀に輝く長髪を腰まで伸ばした男性。
彼らを認識した途端、とてつもない頭痛と共にあるはずのない記憶が流れ込んできた。
「〜〜〜〜ッッッッ!!!!」
「ちょ! 何をしているんですか! このバカ!」
「ほう、言うようになったではないか。この俺様をバカ呼ばわりとは」
「いきなりこんなことをする人はバカ呼ばわりされて当然です! 今日のおやつのホットケーキはなしですからね!」
「貴様……!!」
バカなやりとりが僅かに聞こえてくる中で、風早はありもしない記憶を見ていた。
そこでは銀髪の男性——ルシファー——とミカ、八神の両名が本当に同じ人間とは思えない超常の戦いを繰り広げ、そしてその末にルシファーに勝利した二人の様子があった。
「もう大丈夫ですよ。気分は如何ですか?」
優しく頭を包み込まれるように抱き締められると、不思議と頭の痛みは和らいだ。
「あ、あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「挨拶はそのあたりで構わんだろう。修行に移らんで良いのか」
そう言われて此処に来た理由を思い出した。
「そ、そうでした。あの、お二人が僕に修行をつけてくれるということでいいんですか?」
「ええ、そうですよ」
「俺様は見ているだけだがな」
そう言うとルシファーは創造した椅子に座って腕を組む。
「手伝ってはくれないのですか?」
「小僧にトラウマが刻まれても良いのなら地獄を見せてやるが?」
右手に地獄の業火を現出させてみせるルシファーに呆れた目を向ける。
分かっているのだ。
本当に彼が言いたいのは“自分では加減が出来なくて怖がらせてしまう”ということだと。
ミカは“まったく、素直じゃない”と思いながら、それはそれとして手伝ってくれないルシファーへの不満を零す。
「酷い人ですねぇ。さ、風早くん。修行を始めましょうか。区切りの良いところまで行ったらご褒美のスイーツを作ってあげますからね」
「は、はい! よろしくお願いします!!」
結局は自身の分も作ってくれる未来を見て、密かに笑みを溢しながら少女らの修行風景を優雅に紅茶を嗜みながら見届けるのであった。
その後、ルシファーでさえ見通せなかったとんでもない修行内容に優雅に含んだ紅茶を全て噴き出すのは数十秒後のことであった。
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【修行風景ダイジェスト】
「う、うわぁああああああ!!! ほ、炎の雨って何さぁぁあああああ!!!!」
「大丈夫です。焼けても直ぐに治癒しますので、何度でもトライしましょう!」
「痛っ、痛たたたたた痛ぁぁああああ!! え、何、毒!?」
「ご安心ください。日光を殺人光線へ変換するフィルターを構築する魔術です。 “超克”をモノにすればその程度弾けますよ」
「ほ、炎の精霊っぽいのが追ってくる! 熱ッ! 無理無理無理!! こんなの触ったら一瞬で黒焦げになっちゃいますってぇぇえええええ!!!!」
「頑張ってください! 気合いでブッ飛ばすのです!」
「さぁ、次は太陽でも落としましょうか」
「貴様は小僧を殺す気なのか?」
「? そんなわけないじゃないですか。太陽といっても多少焦げる程度の見た目だけのものですよ?」
「そうか。貴様は致命的に教育者に向いていないな」
「?」
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