第35話 憧れに認められた少年
「それに、既に選手の目星はついてる」
そう言って彼は八神が持つレポートに記載されたある人物を指差す。
「射撃部部長、
「ん〜〜〜〜〜」
「…………なんだその不服そうな面は」
彼の選出が不服なのか、膨れっ面で唸り声をあげる八神。
そんな彼女に面倒臭そうな雰囲気を感じ取りながらも仕方なく問い掛ける。
「……別に、不服ってわけではないけど。いまいちしっくりこないんだよねぇ。こう、……なんというか……。彼には失礼だけど、コレジャナイ感っていうのかなぁ……」
「なら、貴様は誰を育てたいんだ?」
「そう言われるとそれはそれで困っちゃうんだよなぁ〜」
ふんわりとした考えで指名を拒否された凍雲はこめかみをひくつかせる。
そして、レポートと睨めっこしながら云々と唸るバカの脳天へ拳骨を叩き込もうとした直前のことだった。
「わぁ〜!! どいてどいてぇぇぇええええええええええええええええ!!!!」
「ん?」
超高速で接近してきた何者かが八神に激突した。
しかし、八神はこれでも人の身にて天上に至る者として創られ、これまでも激戦を潜り抜けてきた身だ。
音速すら容易く越えて突っ込んできた何者かをその豊満な胸に抱えると、クルクルと回る。
突っ込んできた勢いを円運動を利用して殺すことで怪我なく抱きとめた。
「君、大丈夫? 怪我はないかな?」
「ふぁ、ふぁふぁふぁふぁい!!! ふぁいほうぶでふ!!!!」
彼女の胸に抱かれて顔どころか全身を真っ赤にした少年。
彼は八神の豊満な胸に埋まりながらくぐもった声で無事なことを伝える。
「あ、あの、すいませんでした!! 紋章術の訓練をしてたらここまで突っ込んできちゃって……」
「大丈夫だよ。でも、私たち以外に当たってたら絶対大きな怪我をしていたと思うから次からはちゃんと施設内で練習するようにね」
慌てた様子で謝る少年の額を人差し指で軽く
「い、いえ。ちゃんと施設内で練習していたんですけど、あまりに速すぎて施設の壁を突き破ってここまで来ちゃったんです」
「ん? ちなみにどの施設からきたの?」
「えっと、ここです」
そう言って八神が広げて見せた高専のパンフレットに載った地図を指差す少年。
そこはここからかなり離れた施設だった。
間には施設を覆うドーム状の壁以外に障害物はない。
とはいえ、霞んで見えるほど遠くから一瞬で移動した彼の素早さは全力の八神に
そしてもう一つ。
その少年はどこか見覚えがあったのだ。
気弱で純朴な性格からは連想できない引き締まったスポーティな肉体。
爽やかさを感じさせつつもどこか田舎臭さも内包する。
何よりも目立つ芝生のような緑髪のソフトモヒカンは……。
「ねぇ、君ってもしかして
「えっと、そうですけど……。どうして僕の名前を?」
「よし、君に決めた!」
スパァン!
戸惑う風早に指を指して勝手に指名した八神の尻を、情け容赦なく凍雲の回し蹴りが襲う。
乾いた良い音を響かせた八神はかわいいかわいいお尻を抑えて無様に這い
「乙女のお尻を蹴るなんてありえない……」
「教育的指導だ。それほど痛くないように蹴ったんだ。痛がるフリは止めろ。そして、勝手に決めるな。これは特務課第五班の威信が掛かったものなんだぞ」
「あ、あの……、大丈夫ですか?」
柔らかなお尻を摩りながら這い
凍雲にはないその純朴な気遣いに感動しながら、“大丈夫だよ、君はああなっちゃ駄目だからね”、と
そんな彼女に風早は苦笑いを浮かべざるを得ない。
「
「へぇ〜。貴方は吉良くんじゃないと勝てないんだ。へぇ〜、ダッサ」
「……ダサい……だと……」
確実な勝利を狙う為の選択をダサいと称された凍雲は怒りよりもショックの方が大きかった。
意外なその反応に八神の内心言い過ぎてしまったと反省するも、吐いた唾は戻らない。
気まずい沈黙が場を支配する。
「あ、あの……。たぶん七夜覇闘祭のトーナメントの話ですよね? 僕、正直優勝できる気しないんで吉良先輩の方についてあげてください。
沈黙を破ったのは風早。
話の内容から七夜覇闘祭のトーナメント戦のことだと理解はしたが、彼には優勝できる自信がなかった。
それならば、凍雲の言う通りに優勝候補でもあり、自分よりも凄い吉良赫司に着いた方が双方にとって良い話なんじゃないかと考えたのだ。
だが、
「努力を惜しまないのは君もでしょ? 掌の豆は潰れて硬くなってるし、身体中も傷跡だらけ。その筋肉も生半可な努力で身につくものじゃないよ」
八神は彼を抱き留めた際、彼の鍛え上げられた肉体に関しても驚いていたのだ。
紋章高専の生徒だからと一言で表せない程度には彼の身体は鍛え上げられていた。
それこそ、身体の仕上がりだけならば特務課職員にすら匹敵するレベルだった。
それだけの肉体を持つ彼が努力を惜しむ人間な訳がないのだ。
「それに、私は他の誰でもない、君を育てたいと思ったんだ。君のことは正直まだ全然知らない。……でも、君からは可能性を感じたんだ。私の直感が言ってるんだから間違いないよ」
風早颯という少年は自己評価の低い少年だった。
高専での成績はそれなりで、努力だって惜しまずしてきたつもりだ。
幼馴染の少女だっていつも褒めてくれる。
だけど、憧れは遠い。
かつてテロリストから助けてくれた、誰かを助けるヒーローになりたいと思うきっかけとなった
去年の七夜覇闘祭で準優勝を納めた静の研ぎ澄まされた美しい体捌きは、幾ら映像を繰り返し見て血反吐を吐く思いで何度練習しようとも、再現できるビジョンさえ浮かばない。
日課のジョギングをしている時に見かけた、天空すら凍てつかせる戦いは感動と共に自身の至らなさを突きつけてきた。
見上げれば見上げるほどに、自身の弱さが浮き彫りとなって卑屈な考えばかりが過ぎる。
だけど、そんな自身を認めてくれる人が現れた。
幾度も憧れ、その度に現実を突きつけられた特務課のメンバーである女性に認められた。
嬉しかった。
これまで憧れても憧れても。
努力をしても努力をしても遠かった彼らの背が漸く見えた気がしたのだ。
「本当に、……僕なんかでいいんですか?」
「君なんかじゃない。君だからいいんだよ」
憧れに認められた。
それだけで、覚悟を決めるには充分だった。
「僕、絶対に優勝してみせます! 吉良先輩だって、学生会長だって、柳生先輩だって! 全員ぶっ倒してみせます!!」
「よく言った少年!!」
よしよし、と胸に抱かれて頭を撫でられる
そんな彼らを見て凍雲も踏ん切りがついた。
「分かった。ならば貴様が風早颯を育てろ。俺は吉良赫司を育てる。第五班が受け持つ教育担当枠は一名だったが、……まぁ、なんとかしてやる」
その言葉を受けて八神は風早を抱き締めながら喜色満面で凍雲に礼を述べる。
「ありがとう! 流石、凍雲。頼りになるね!」
そして続け様に、
「でも、トーナメントで勝つのは風早くんだけどね!」
「精々気張れ。俺が教えるんだ。
互いに譲らない頑固な二人はそこで二手に別れることとなる。
凍雲は彼女と別れて、一人吉良赫司のいる射撃訓練場へと向かう。
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