第24話 神域の技巧
「うわぁ、何あれ関わらんとこ」
地下最奥部にて繰り広げられる神話が如き戦いを目にした
彼女はその尋常ではない戦いを目にすると、すぐ様回れ右をして、スタコラサッサとその場を後にしていた。
「たぶん、あっちは大丈夫だから……、方針変更してデリットのデータ取れるだけ取っといた方がいいかな」
確証などない。
二柱の天使の戦いを見ても一周回って“何あれやっば”という感想しかでなかった。
だけど、己の勘が大丈夫だと確信していた。
ならば、何も問題はない。
理論的な戦いは苦手だと言いながらも普通に天才的な頭脳を持ってるハイブリットな八神と違い、普通にポンコツ知能な静はその反面、八神よりも遥かに直感に優れている。
故に、頭で考えるより直感に身を任せる方が良いのだ。
(というか、
“これが意識高い系か……”とかなり脱線したアホ思考を脳内で展開しながらも、大気と同化した身体は直感に従ってダクトを通り目的地っぽい場所へと到達した。
「……なに……これ……」
辿り着いた場所は人一人入れるくらいの大きな培養槽が所狭しと並んだ空間だった。
空間自体は大きな公園くらいの広さはある。
しかし、人一人入るサイズの培養槽や研究資料、何に使うのかよく分からない機材や配線のせいで手狭な印象を受ける。
床の配線も大樹の根が如く無作為に張り巡らされており、動線が整っているとはお世辞にも言えない状態だった。
静は、誰かに見つかると面倒なので、大気と同化したまま目についた培養槽の中を覗き見る。
「うぅわぁ……。これ、全部? ……きもぉ」
培養槽の中には中肉中背の白髪の男性が浮かんでいた。
中にはまだ培養中の肉の塊としか言えない個体も存在したが、おおよそ部屋の中の培養槽全てに白髪の男性は入っていた。
「一体何のためッ——!」
カシュッ、プシュー。
という空気が抜けるような音を立てて、培養槽の一つが配線から培養液を排出する。
そして、その中から白髪の男性が出てくる。
静は咄嗟に気配を消して、文字通り空気に徹する。
「ふぅんんん〜。不味い事態になりました。まさかこのタイミングで奴らが動き出すとは……」
ねっとりと粘着質な声を漏らしながら培養液に塗れた身体でヒタヒタと歩き、奥の机に無造作にかけられていた白衣を羽織る。
残念なことに裸白衣の男性という変質者が爆誕してしまったが、本人は気にせずブツブツと呟く。
「海外支部は全て制圧済み。日本支部も特務課や一般警察によって全て制圧済み。ここも
デリットの国内支部がここ東京都千代田区のものだけでないことはルークからの情報により詳細位置まで把握しており、別働隊が日本各地の支部を制圧していた。
だが、海外支部の情報まではなかった。
“奴らとは一体何者だ?”そう考えていた静だったが、白髪の男性は更に気になる呟きをする。
「ああ、そういえば。彼らが提供してくれた場所がありましたね。事が成れば彼処に移動して首輪の処置を行いましょうかねぇ。うん、それがイイ」
ガシャンッ!
突如、ダクトが閉鎖され、出入り口にロックが掛かる。
裸白衣の男性は大気と一体化しているはずの静と明確に視線を混じわせる。
「ねぇ。アナタもそう思いませんか?」
ギョロっとした目つきに三日月の如く引き裂けた笑みが背後にいた静に向けられる。
静は背筋を走った悪寒に従って、反射的に腕を一瞬だけ具現化して男の意識を刈り取った。
だが、思いの外あっさりと意識を刈り取れたことに内心驚いていた。
「えっ、こういうのって意外と戦闘もできちゃう系マッドサイエンティストじゃないの? ええ〜」
シリアスが途切れてポンコツに戻った静は普通に声に出して驚いていた。
「取り敢えずふん縛って、情報収集をしようかな。この変態が言ってたことも気になるし」
再び大気と同化した静は情報収集と培養液内に浮かぶ白髪の男性の身体の処分方法を探り始める。
と、そぶりを見せて背後に高圧空気の衝撃波を放った。
ゴシャァァアア!!
という培養槽を破砕する凄まじい破壊音を響かせて、大きな黒い影が吹き飛ぶ。
それは全長三メートルはある丸々とした巨体だった。
闇に溶け込むような
ポヨンっと跳ねるように培養槽の残骸から身を起こしたそれは静と対峙する。
『フヒヒヒヒ、ヒャハハハハハハァ!! ……んふ、いけませんね。この研究施設は廃棄予定ですが、研究資料を持ち出されると少々困るのですよ。なのでぇ、大人しくその貴重な紋章を寄越して死んでください』
機械音声故に、そこからは個人特定できない。
しかし、この笑い方は先程気絶させた研究員のものと同一だ。
先程気絶させた者が横たわっているのを見るに、それとは別の個体なのだろう。
どちらが本体なのかクローンなのか、
「ご自慢のパワードスーツなんだろうけど、その程度で私を殺せるとでも?」
『んふ、思いませんねぇ。ですが、慢心した紋章者の寿命は短いということをお教えいたしましょう。フヒヒヒヒ』
気味の悪い笑い声と共に、全身に微量のシビれが走ったことを静は知覚する。
『フヒヒ、気付きましたかね?
「急に早口でキモ」
紋章を封じられたという危機的状況にも関わらず、悠長な態度で鳥肌の立った腕を
そんな彼女に静かな怒りを覚えた科学者は、更に絶望の底へと叩き落とす一手を切る。
天井が機械音を響かせて開いたかと思うと、真上から数多の機械が降り注いできた。
ガシャガシャガシャッ!
と培養槽や機材を下敷きに破砕しながら、科学者が乗るパワードスーツよりも一回り小柄のロボットが降り立った。
両肩にはガトリングガンが搭載され、両手は
ゴツゴツとした無骨で統一されたフォルムは、量産品でありながらその頑丈さを外見から表していた。
その数はおよそ三〇機。
『紋章、使えなくはないですが暴走すること必至なのでオススメはしません。諦めて私の素材になりましょうねぇ。ンヒヒヒヒヒヒヒ!』
「AMFだとか三〇機のロボットよりもお前のキモさのが一〇〇倍ヤバいんだけど」
『死ね! この貧乳がぁ!!』
ゴシャァアアッッ!!!
凄まじい爆音が轟く。
紙屑と化した研究資料や粉塵が衝撃波で吹き荒れた風によって巻き上げられ、視界が不明瞭となる。
それは幸いだったのかもしれない。
紋章を封じられてただの女性となった彼女の凄惨な死など、直視できるものではない。
紋章を封じられては、人の何十倍もの出力を発揮するパワードスーツやロボットに抵抗することなど不可能だ。
ルークだって、そのせいで紋章者としては大したことのない鮫島に敗北を
だが、無慈悲にも惨劇を覆うヴェールは時と共に脱ぎさられる。
粉塵が晴れて明瞭となった室内には、臓物を撒き散らした彼女の姿は——なかった。
轟音を響かせて吹き飛んでいたのはパワードスーツを来て殴りかかった科学者の方であった。
『バ、バカな……。紋章術はおろか、魔力すら使えないはず……。なのに、な、なぜ吹き飛ばされているのだ。……何故私が吹き飛ばされているのだ!!!』
全長三メートルもの巨体を誇る丸々としたフォルムが全身を覆うパワードスーツを着用する科学者はその内部にて狂乱する。
あり得ない。
あり得ない!
あり得ない!!
その頭に浮かぶのは先の不可思議な現象を否定する言葉だけだ。
しかし、科学者としての冷静な思考回路が事実を
人の何十倍ものパワーを誇るパワードスーツの拳を受け流されて、数トンはあるパワードスーツを掌底で吹き飛ばす。
そんな
そして、不可思議な現象はそれだけにとどまらない。
『ガフッ。は、ハァ? なぜ、パワードスーツの内部にいる私にダメージが?』
パワードスーツの内部にいるにも関わらず、科学者の身体にはダメージが通っていたのだ。
損傷した内部のダメージが
『ハハ、あり得ない。アトランティスの技術によって造られたパワードスーツだぞ。あらゆる物理的衝撃を有機素材の皮下脂肪が吸収、分散することで身を護る。ただの人はおろか、レート6相当の紋章者の攻撃すら通さない——』
「それはただ殴った場合の話でしょ?」
ご自慢のパワードスーツの性能をまるで自己暗示をかけて安心を得るかのようにひけらかす科学者。
その言葉を呆れたような彼女の声音が遮る。
「私の使う
彼女は既に一度彼に攻撃を加えている。
その時の手応えであのパワードスーツが皮下脂肪のような弾力素材で守られていることは察していた。
故に、後はそれを貫き通すだけの話だった。
普通ならばできるはずもない。
発勁をただ打ち込むだけでは、内部に浸透する衝撃波でさえ皮下脂肪に吸収、分散されてしまう。
だが、彼女の人間離れした技巧は不可能を可能としたのだ。
皮下脂肪でも吸収しきれない。
分散しきれない。
鋭い槍が如き衝撃波が貫く発勁を。
武術で名を馳せた偉人格の紋章者でも難しいまさに神業だ。
「紋章を封じられた程度でどうにかなる
背後から奇襲を仕掛けてきていた量産機のドリルも、ひらりと風に流れる木の葉の如くかわす。
そのまま背部による当て身——
ベクトルをその神がかった技巧で自在に操る彼女にとって鉄の装甲など紙同然。
自身に向かいくるベクトルを相手を穿つ一撃に加えて、収束させることで彼女は鋼鉄だろうが粉砕する。
『ば、化け物め……』
声が震える。
残る二九機の量産型無人機が次々と紙屑のようにひしゃげて、粉砕されていく
なんなんだあれは。
人間が魔力も紋章術もなしに金属の塊である無人機を破砕するなどあり得ない。
人間じゃない。
そもそもこれは現実なのか?
あり得ざる
二五、二四、二三、二二。
まるで無双ゲームのように無人機がひしゃげて宙を舞う光景に、一周回って現実感を喪失した彼は身体の震えが止まる。
そして。
本能のままに。
一目散に逃走した。
研究資料などどうでもいい。
デリットへの忠誠など
人の身にて天上の意思に辿り着く者だってもうどうだっていい。
今はただ、この埒外の化け物から一刻も早く逃げたい。
「バーカ。逃がすわけないでしょう」
気がつけば先程まで無人機を相手に無双していた化け物がパワードスーツの真上で逆立ちしていた。
そのまま身体を折り畳むようにしてパワードスーツの顔面に両膝蹴りを叩き込む。
不安定な体勢かつ震脚すらしていないにも関わらず、当然の如く両膝で放たれた発勁は皮下脂肪に遮られながらも確実に内部へダメージを与えて吹き飛ばした。
『ひ、ひぃ!? いやだ、だ、誰か助けてくれ! シェリル! 鮫島ァ!! こ、こんな……、こんな化け物がいるなんて聞いてない!!?』
「うら若き可憐な女性に向かって化け物、化け物と、失礼な人だわ」
裏拳、ハイキック、
パワードスーツを纏って横たわる科学者の元へ向かう足を止めるべく無人機達が絶えず襲いかかるも、全てが一撃で粉砕される。
そして、最後の一機がアッパーカットで天井に突き刺さったのを最後に、彼女は科学者の元へ辿り着く。
「じゃ、お仕置きの時間よ。貧乳の尊さをその身に染み込ませてやるこのクソヤロー!!」
うら若き可憐な女性が放つとは思えない私怨一〇〇パーセントの暴言を吐き捨てると、その拳をパワードスーツの土手っ腹に叩き込んだ。
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