第25話 一矢報いた想い
(ありえない。コンピューターの紋章を持つ私の思考の上を行くなんて……、そんな事ができるはずない!)
縦横無尽に光るラインが走る機械的な室内は、吹雪荒れ狂う極寒の氷獄と化していた。
シェリルが装着する黒い龍を想起させる鋭角的なパワードスーツ。
これは腕部のカートリッジを切り替えることで、カートリッジに内蔵された様々な紋章を行使できる紋章武具だ。
両腕に搭載された機構は現在、左腕『閃光』、右腕『反射』の紋章を起動している。
「……消えろ!!」
シェリルは廃工場にてスパイダーを消し飛ばした極太の閃光を放つも、一瞬で凍結される。
それを囮として放った本命の乱反射するレーザーすらも、まるで安全地帯が分かっているかのように最低限の動きで躱されてしまう。
パチン、と指を鳴らす音が響く。
それに呼応する様に、シェリルを挟む形で巨大な氷柱が形成されて押し潰さんと迫る。
「こんなもの!」
左右に両手を広げ、左は極太レーザーで焼失させ、右は運動エネルギーを反射して粉砕した。
「貴様の攻撃はあまりに機械的で読みやすい。もう少し人間性を織り込んだらどうだ」
パチン、と指を鳴らす音が響く。
それを合図に、空間に凍結されていた衝撃波が解放されて爆風が放たれる。
「そんな攻撃が当たるものか!!」
しかし、自身の紋章によって未来を演算していたシェリルはその攻撃を予測していた。
右手の『反射』によって爆風を弾く。
そして、続け様に左手の五指から鍵爪が如きレーザーを放出して凍雲を切り裂かんとする。
演算通り、ほぼ一〇〇パーセントの確率で当たるはずの指の動きで、複雑な動きを織りなす光の爪撃は凍雲の身体を正確に捉える。
「甘い」
しかし、演算通りなら確実に当たるはずの爪撃は彼に近づいた途端、不可解な軌道に逸れてしまった。
「まさか、氷の屈折!?」
氷が一般的に白く目に映るのは、そこに空気などの不純物が混じっているからだ。
不純物の存在しない氷は限りなく透明に近い。
彼は不純物の混じった白い氷を派手に攻撃手段として活用することで、本命である不純物のない透明な氷の盾を隠していたのだ。
それを演算に組み込まなかったことで、歯車は狂った。
確実に当たるはずの爪撃は、彼の周囲に展開された透明な氷の盾によって屈折させられてしまったのだ。
パチン、と凍雲が指を鳴らすと彼女の背後の氷粒子が収束して小爆発を引き起こす。
「ッああ!」
不意に放たれた衝撃波に吹き飛ばされるシェリル。
吹き飛ばされた先には、先程放って空間に凍結保存されていた極太レーザーが待っていた。
光エネルギーのまま凍結されているそれに触れれば焼失は免れない。
しかし、咄嗟に右手を突き出してエネルギー塊を凍雲の方へと反射することで難を逃れた。
反射されたレーザーが凍雲に襲い掛かるが、それさえ予測していた彼は既にその場を移動してシェリルの頭上にいた。
だが、それは彼女の予測通りの結末であった。
演算通りの位置に来た凍雲の頭をレーザーが正確に撃ち抜く。
「だから貴様の考えは読み易いというのだ」
頭部を流動化させる。
レーザーより少し広い半径一〇ミリメートルの穴を当たる直前に開けることで回避し、女性だからといって一切
「ブェハァアッ!!」
床にクレーターを作るほどの勢いで殴りつけられたシェリルは地面を這い
けれど、先の一撃で
グラグラと揺れる視界に、思考回路も虚ろ。
それでも、彼女は鮫島に対する忠誠心だけで無理矢理行動を起こす。
(負けるわけにはいかない。あの人が私を見ずとも、私だけはあの人の夢を護らなければならないんだから!!)
脳震盪で身体は動かずとも、彼女の未来すら演算してみせるコンピューターの紋章を活用すれば、魔力を信号としてパワードスーツに伝達させることで無理矢理動かすことはできる。
動かぬパワードスーツは魔力で無理矢理起動する。
無理を通して動かした指は筋が切れる音を鳴らしながらも、彼を標的に定める。
そして、最後の閃光は放たれた。
しかし、それは所詮
一発逆転の奇跡は起きない。
彼女の放った最後の閃光は、凍雲の頬に一筋の傷を刻むに留まった。
凍雲は再びパチン、と指を鳴らすと、シェリルの首から下を空間に凍結して動けなくする。
全く身動きが取れなくなり、諦めたシェリルは呆然と天井を見上げながら凍雲に話しかける。
「お前、覚醒者だったのか」
シェリルは最後のレーザーの避け方を見て理解した。
概念格の覚醒者は司る概念を完全支配できる。
つまり、自分自身を概念化することもできるようになり、自然格のように流動化することもできる。
シェリルは情報として概念格:凍結の紋章者であることは知っていたが、彼が覚醒していることまでは知らなかったのだ。
「ああ。特に隠しているつもりもないが、進んで広める情報でもない。上にも申告していない、うちの班長しか知らない情報だ」
「ふっ、道理で情報にないわけだ。最後にもう一つ聞かせてくれ。お前はどうしてコンピューターの紋章者である私の思考の遥か上をいけた」
シェリルは幾ら考えても分からなかった。
スーパーコンピューターにも匹敵する最高峰の演算能力を持つ自身の思考を、まるで読み切ったかのように行動できる彼の秘密が。
「言っただろう。貴様は機械的で読み易いと。演算結果に基づく機械的思考ならば、状況から逆算するだけで次に何を行うのか手に取るように解る。だからこそ、貴様の最後の足掻きだけは俺の予測を越えてみせた。忠義か執念かは知らぬが、その想いを最初から表に出していれば結果は変わったかもしれんな」
彼の言葉を受けて内心で彼女は、
(……最後の最後に自分の想いを自覚してしまったんだから……、しょうがないだろう)
「ハッ、スーパーコンピューターの演算結果を状況から逆算するなど人間業じゃないな。化物め」
いっそ清々しいといった表情で
「人間業だとも。失うことを恐れて、無限の
その雪解けの春の日差しのような柔らかな笑みからは、何処までも人間の可能性を信じている彼の心が映し出されていた。
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